恋よりさきのその先で 短編集

坂水雨木(さかみあまき)

イベントシリーズ

恋さき クリスマスss 新暦3x年

※このお話は本編から数年後のクリスマスになります。(2017年記載)




クリスマス。それは聖なる日。

クリスマス。それは年末のイベント。

クリスマス。それは恋する人のための日。

クリスマス。それは―――。



「「メリークリスマス!!」」

『メリークリスマーーース!!!』


観客の歓声が会場を揺らす。BGM含め、ある程度静かになるのを待ってから口を開いた。


「…今年もやってきたわね」

「ええ…どうしてクリスマスに"あおさき"のイベントをしなくちゃならないのか意味がわからないわ」

「ほんとに…なに?"フィオーレ"はあたしに恨みでもあるの?なんでわざわざ土曜日にずらしてまでイベント開くのよ。みんなもそう思うでしょ?」


観客席に問いかけると、わいわいがやがや、色々な声が返ってきた。だいたいが"あおさき"聞けるから全然ー、みたいな嬉しい言葉。もちろん、"ぼっちですから…。"とか"彼氏彼女とは夕飯からなんでー。"とかもあったけど。


「相変わらずうちのリスナーは変な人が多いわね」

「…あなた、それ当人たちの前で言うことじゃないでしょう」

「え、だって…ねぇ?」


再度リスナーたちに問いかけるも、みんな微妙そうな顔で目をそらした。


「…それより、さっさと進めましょ?早くしないと時間なくなるわ」

「強引に話を変えたわね…まあいいけれど。時間が押しているのも確かだし。さ、まずはいつも通り普通のお便りからいくわよ」

「おっけー。はいこれ。知宵読んで?」

「ええ…"日も低くなり霜が降りる今日この頃、寒さに指先を震わせつつこの文を書いて"…誰かしら?これ入れたの?」

「誰?手挙げてー?怒らないので手挙げてくださーい」


イベントのふつおたは基本目を通していない。史藤さんとかが選別したのランダムで拾ってるから…今みたいなことになるのもあるわ。


「日結花、あっちの方よ」

「んー?…あーいたいた。ごめんなさーい、ぼつにしますねー!はいぼつ、っと」

「私も謝っておくわ。読むのが面倒になっただけなのよ。ごめんなさい」

「…謝りながらびりびり破くのはひどいと思うのよ、あたし」

「あら、そうかしら?」


…よーし、次はあたしが読もうかな。



普段の収録と同じコーナーに加えてクリスマス限定コーナーをやったりと、例年プラスクリスマスエディションな"あおさき"のイベントも終わり。そのまま流れるように家まで帰ってきた。


「うー疲れたー」


お化粧を落として髪も解いてリラックスした状態でベッドに倒れこむ。

これでひと段落…もうなんにもない。時間は夕方過ぎ。郁弥さんとのデートは…ない。あたしが疲れてるからって気を遣ってくれた…うう、デートしたかった。疲れてる…たしかに疲れてるけど。せめてお家デートくらいさせてくれてもよかったのに……。


―――♪


今さらなことを一人悔やんでいたらチャイムが鳴った。

ベッドから動くのも億劫だし、そもそも1階のママが出てくれるはずだから大丈夫。あたしが出る幕じゃない。どうせ通販かなにかでしょ…。


「日結花ー?」

「…なにー?」


下からママが呼ぶ声が聞こえた。あたしも声を張り上げて返事をする。


「お客様来たわよー」

「…今行くー!」


返事しちゃったけど…あたしにお客さん?誰だろ。知宵?ううん、あの子がわざわざお仕事終わってうちまで来るなんてありえないわ。他に友達と約束なんてしてないし…会えばわかるか。行こ。


「…ふぁ」


あくびを飲み込んで下に降りる。なんだかんだイベントをこなして疲れていたらしい。あのまま5分くらい横になってたら寝てたかも。


「あたしにお客さんって…え?」

「や、こんばんは?でいいのかな」

「こ、こんばんは…?」


軽く手を挙げて挨拶をしてきた人。今日会えるとは思っていなくて、さっきからずっと会いたくて話したくて、来てくれないかと思っていたその人がいた。


「…来てくれたんだっ」

「っと、うん。来たよ」


眠気なんて一瞬で吹っ飛んで、ぱたぱた早歩きで玄関に行く。勢いを少しだけ緩めてぎゅっと抱きついた。


「…はぁぁ、安心するぅ…」

「あはは、それはよかったよ」


優しく抱きとめて、頭をやんわり撫でてくれる。抱きしめてくれるときはいつも同じ…こうしてくれるのが一番安心するのよ。


「ほら日結花。いつまでも玄関でイチャついてないでリビングに行きなさい?郁弥くんもコートぐらい脱がせてあげないとね?」

「えへへ…うん、郁弥さん行きましょ?」

「ええと、日結ちゃん離れるつもりは…」

「ないけど?」

「ま、そうだよね。じゃあ僕の首に手まわしてくれる?」


笑顔で頼まれたことにすぐ応えて両腕を首にまわす。さっきよりも密着度が増した。


「…わざわざ正面にいる必要ある?」

「んふふ、嫌なの?」

「ううん…でもこのままちゅーしたくなるからさ…」

「いいのよー?あたしは。いくらだってちゅーしても」


目の前、それこそお互いの鼻先が触れ合いそうな距離で話をする。頬を赤くして照れる彼が可愛い。

あたしの方こそちゅーしたいくらい。この距離ならもうちょっと近づけただけで…。


「だめだよ…だって杏さんもいるし、それにここ玄関なんだよ?」

「私のことは気にしないでどんどん続きしちゃってちょうだい?」

「ほら、ママもこう言ってくれてるし…おかえりなさいのちゅーしましょ?ね?」


せっかく来てくれたんだから。これくらいしてもいいわよね…クリスマスだもん。


「…あー…わかった。ほら…ちゅ」

「ん…な、なんでおでこなのよ…」


嬉しい…嬉しいけどぉ…うう、ずるい。一人だけして逃げるなんて。


「はい終わり!さ、行くからねー」

「…もう」


顔を避けられちゃったらどうしようもない。せっかくいい雰囲気で今日の初ちゅーできそうだったのに…。


「…ねえ郁弥さん」

「なに?」


リビングに着いても姿勢は変えず、ぎゅっと抱きしめあったまま離れない。

…体温も温かくてこのまま眠れそうな勢い…さっきまでの眠気がぶり返してきたかも。


「ううん…ちょっと眠くなってきたから…」

「あはは、いいよ。疲れてるんだよね。ずっとこのままでいるから、少し寝ちゃいな」

「うん…離れないでね……」

「大丈夫だよ。離れないから」


眠気なんて吹き飛んだと思ったのに、安心したからかすぐに意識が落ちた―――。



◇◇



「あら、日結花寝ちゃったの?」

「はい、疲れてたみたいですね」


当の日結ちゃんは僕に体重を預けてぎゅっと抱きついたまま、小さく寝息を漏らしている。安心しきった顔が可愛くて、いつまでもこの時間が続けばいいなと思う。

…イベント後はそりゃ疲れるよね。僕より小さい身体であんなに頑張ってるんだから…すごいよ君は。


「…すぐ眠っちゃったわね。いい顔しちゃって…さすが郁弥くん」

「はは、これでも恋人ですから」


胸を張って"恋人"だ、なんて言い切れる僕を昔の自分が見たらなんて言うだろう…。恋人として、こんなにも愛しい人とクリスマスを過ごせるなんてね…全部日結ちゃんのおかげだ。


「うふふ、それもそうね…さってと。日結花も寝ちゃったし、私は夕食でも作ろうかしら。何かリクエストある?」

「あ、それじゃあ日結ちゃんの好きなもので…」

「…相変わらず日結花のこと大好きよね。親としては嬉しいけれど、そういうことは日結花にも伝えてほしいわ」


今日ここに来ることから泊まらせてもらうことまで許可はもらい済み。というか、積極的に僕用の布団やらなにやらを買ってくれていつ来てもいいよって言ってくれたわけで…日結ちゃんのご両親も大概すごい人たちだよね。さすがに買ってもらうのは気が引けたからお金は払ったけど…なんていうか、僕のこと子供として見てる気がする。いや将来的に子供になる予定だから、ある意味間違ってないのかな…。


「そうですね…でも大丈夫です。世の恋人たちで、僕ほど気持ちを言葉にしている人はいませんから」


これについては自信を持って言える。僕ほど好きな気持ちを全部伝えてる人はいないと思う…伝えたぶんだけ返ってくるのが心地よくて、もう抜け出せないんだよね。


「あら、ふふ、じゃあ日結花が起きたら早速伝えてあげてね?」

「はいっ」


杏さんはぱちりとウインクをしてキッチンへ向かって行った。意識を目の前に戻して日結ちゃんの寝顔を見つめる。


「……ふぁぁ」


ついついあくびが漏れてしまった。日結ちゃんはあったかいし部屋も暖かい。ソファーも座り心地良くて…穏やかで幸せで、人の温もりが嬉しくて…僕も休ませてもらおうかな。少しだけ……。



◇◇



「んぅ…ん…んん?」


…あったかいなぁ…ここは…あぁ、そっか。これ郁弥さんか。


「…寝てる?」


もぞもぞと動いてみても反応がない。あたしの頭に重みがあるから…たぶん寄りかかって寝てる。寝息も少し聞こえるし。あたしが寝てる間に彼も寝ちゃったみたいね。

…どうしよう。ぎゅーっと抱きしめてくれてるおかげで動けない。それに動きたくない。こんなにいい気分でいられる場所から移動なんてしたくない。もうずっとこのままでもいいかもしれないわ。


「…んぅ」


でもあれね。なんか…変な気分になってくるわね。だって、全身は抱きしめられてるでしょ?しかも郁弥さんのちょっぴり甘い匂いするし、温もりだって身体の全部から伝わってくる。それに…こんな風に好きな人とくっついてたら少しはそういう気分になるわよ普通。さっきまでは眠かったから意識すらしてなかったけど、少し考え始めちゃったから…やっぱりちゅーしたい。


「郁弥さーん?」

「…すぅ…すぅ」


小声で呼びかけても起きる気配はない。

気持ちよさそうに寝息立てちゃって…この人定期的に可愛いところ見せてくれるのよね。仕草とか振る舞いとか、細かいところにきゅんとくるのよ。


「……はぁ」


…ちゅーしようにも頭が動かせないからどうにもならない。これは…どうしよう。ちゅーするためだけに郁弥さん起こすのも可哀想だし、起こしたところでしてくれるかどうかはまた別のお話になるでしょ?まあそこはあたしがすればいいんだけど…。


「…いくやさーん」


迷ったのも一瞬。起きたら起きたでしょうがない。とりあえずちゅーするために身体を動かすことにした。彼の背中に回した腕を上に持っていき、そっと肩を掴む。勢いつかないよう気をつけて距離を取っていった。


「…ん…すぅ…」

「……ふぅ」


どうにか起こさずにあたしの頭から離れてもらうことができた。あとはちゅーするだけ……寝込みを襲うみたいで気が引ける。やめないけど。


「…ちゅ」


…あっさりしちゃった…や、やばい照れる。顔が近いし頬熱いしっ。

ちゅーなんて何度だってしてきたのに、なんでこんな照れるのよ…もう一回しようかな……ん?


「え、あれ?」

「……おはよう」


お、起きてるじゃない…いつから?郁弥さんも顔赤くなってるってことは…。


「お、おはよ…いつから起きてたの?」

「日結ちゃんが僕の肩掴んだあたりからかなぁ…ぼーっとしてたらキスされて驚いたよ」

「…もう、起きてたなら言ってよ。罰としておはようのちゅーして」

「いいよ…ん」

「ぁ…ふ……えへへ、郁弥さん大好き」


予想通り、というかもっと前から起きていたらしい。何が罰なのか自分でもわからないのにきちんとちゅーしてくれた。嬉しい。自分からするキスも相手からされるキスもどっちも好きなのはあたしだけじゃない。きっとみんな同じだと思う。


「僕も好きだよ。クリスマスも日結ちゃんと一緒にいられてよかった」

「あたしも…明日も一緒にいてくれるのよね?」

「あはは、もちろんだよ。今日泊まっていくからね」

「…そうなの?」

「うん。杏さんと正道さんにも許可もらってるから」


知らなかった。そうだといいなとは思ってたけど…まさかもう許可もらってたなんて。これ、もともとうち来る予定だったんじゃない?今日。


「…もしかして、前から今日来るって話してた?」

「うん…ちょっとしたクリスマスサプライズ、みたいなね?どうだった?驚いたかな?」

「驚いたのより…ずっと嬉しいの方が大きかったわ。今だって嬉しい気持ちでいっぱいなんだから…」

「そっか…それはよかった。日結ちゃんが喜んでくれてるなら十分さ」


…お泊まりかぁ。今日来てくれただけでも嬉しいのにお泊まりして明日まで一日一緒にいられるなんて…幸せ過ぎる。今日はクリスマスだから添い寝の日ね。くっついて寝ましょ。


「ねえ郁弥さん。お泊りするなら…いつもはあたしの部屋でしょ?」

「そうだね?」

「今日は客室を使うわよ」

「え、どうして?」

「添い寝したいから」

「…いつも日結ちゃんの部屋で起きるとき隣にいると思うんだけど」


そうだったかしら?


「気のせいよ気のせい」

「…まあいいけど。僕も日結ちゃんと一緒にくっついて眠るの好きだからさ」

「えへへ、そうなの?」


さらりと嬉しいこと言ってくれる。

あたしと同じなのね。あたしも郁弥さんとくっつきながら眠るの好きなのよ。


「うん…さっきもそれで寝ちゃったんだ」

「えへ…じゃあ今日はそれでいい?」

「いいよいいよ。添い寝よろしくね」

「ふふ、あたしの方こそよろしくお願いするわ」


添い寝の約束もして、二人ですることは変わらずイチャイチャと。クリスマスらしい過ごし方だと思う。


「冬っていいよねー。これだけくっついてても不快感ゼロだよ」

「あたし、夏だとそんな不快?」

「あはは、違う違う。汗でべたつくからさ。僕個人的にだとそれはそれで悪くないんだけど、暑いものは暑いからね」

「…郁弥さんのえっち」

「…うん。でも日結ちゃんもそう思うでしょ?」


…たしかに。暑い中くっついてるのも幸せになりそう。ていうか、よく考えたら夏にくっつくって家の中なんだから暑くないわよね。クーラーがんがんかけてるでしょうし。


「思うわ。でもクーラーかけてると汗かかないわよ」

「…そういえば今年の夏もそうだったね」


思い返せば今と似たようなことを春夏秋と飽きずに繰り返してきた。夏にも当然イチャイチャとくっついてちゅーして抱き合っていたわけで、べたべたして不快な思いなんてした覚えがない。むしろ空調で涼しくて密着してあったかくて、それが最高だったような…。


「あたしたち何も変わってないわね…」

「…僕は今これで満たされてるから変わらなくてもいいかな」

「…あたしも同じ。大好きな人と一緒に過ごせて幸せよ…」


ゆったりと、穏やかに時間は過ぎていく。クリスマス。こうして郁弥さんと恋人として過ごせるようになるまで長い時間がかかった。あっという間に思えても、積み重ねてきたものはたしかにある。時間をかけてここまで来たおかげで、今この瞬間が大切に…幸せに思えるのだと思う。

…他所の人から見たらあたしたちもクリスマスに浮かれる恋人同士に見えるのよね。でも…あたしたちはこれでいい。これがいいのよ。お互いの想いを大事にして、ちゃんと言葉に、行動にすることが必要だって…あたしも郁弥さんもわかってるから。


「郁弥さん」

「なに?」


クリスマス…あたしたち二人にとって何か特別な日であるわけじゃないけれど、今まで普通に迎えることができなかった。だから今年は…今年だけじゃない。来年、再来年。その次だって、今日みたいに二人で想いを確かめ合える日にしていこうと思う。


「これから先のクリスマスも、ずっと一緒にいてね?」

「僕の方こそ、お願いしたいかな…大好きだよ、日結花ちゃん」

「ありがと。あたしも大好き…ちゅ」


あたしに優しく笑顔を向ける彼に、ふわりと口づけた。驚きと照れを浮かべる郁弥さんを見ながら、今日をめいっぱい楽しもうと深く思う。

来年のこともいいけれど、まずは今日よね?せっかく添い寝の約束までしたんだから、久しぶりの添い寝。楽しまないとっ!



「あ、日結ちゃん日結ちゃん忘れてたよ」

「なにを?」

「言い忘れてたんだ…メリークリスマス」

「んん…えへへ、メリークリスマス」



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