第3話
まず、身を起こすことから始めましょう。シートに挟まれながらも寝返りを打ち、仰向けになります。
膝を曲げ、ふっとお腹に力を入れて上体を起こします。震える腹筋、腰の下敷きになる手の痛み。それでも起き上がることができました。
両脚も縛られているので、この視界不良のなか立とうとすると転んでしまう恐れを抱きました。下手をすると起き上がれなくなる可能性もあるでしょう。なので座ったまま地面を蹴り、後ろへ進みます。お尻にかかる摩擦。それも間もなく、背中にドアらしい壁の感触がして止まりました。
このドアを開ければ外に出られるわけですが、後ろを向いている上に暗闇のため視界ゼロ。取手の位置もドアロックの場所もわかりません。探ろうにも後ろ手に縛られたこの体勢では、壁をなぞるのも至難の業です。
早くも、まさに壁に突き当たったことに心のゆとりが薄れていきました。これ、脱出なんてできないんじゃ。気が付くとやって来たのは焦りと絶望、全容の知れない恐怖。
いやまだ、まだ大丈夫、望みはある、と首を横に振りました。諦めるには早すぎます。何か手があるはずです。
ボクはドアに耳をつけ、聞こえてくる音から外の様子を窺おうとしました。まずこの車がどこに停められているのか、それを知るだけでも大きな進展になります。息を止め、五感を聴覚のみに絞ります。
ドア越しに聞こえてくるのは……まずセミの声。ミンミン、ジワジワ、ツクツク、ジージー。幾重にも重なっています。
他には、何か。それから、後は。セミの騒音をかき分けるつもりで、別の要素を抽出しようと試みます。
ですが、何も耳に拾えません。足音も、話し声も、車が走る気配も、何もかも。人の存在を証明する空気の振動が、ひとつとして感じられないのです。
とすると、この車が停まっているのは、人通りのない森の中とか? セミの声が幾重にも聞こえるのは、そのせいだとでも?
いや、そのセミの声にかき消されているだけで、実は人目のある場所なのかもしれません。サンシェードで目張りされているのも、その人目を遮るためだとしたら、きっと。
ボクは肩をドアに打ち付けます。ドアを破ろうというのではなく、音と振動を立てることで周囲に存在を知らせようと試みたのです。傍から見て窓を目張りされた車が揺れていたら、不審に思う人がいるはずです。
しばらくの間、それを繰り返します。しかし結局、外から人間が近づいてくる気配は現れませんでした。やがて口を塞がれている息苦しさと体温の上昇もあって疲弊したボクは、その動きを止めてしまいます。
肩で息をし、大粒の汗をかきながら、呆然とします。どれだけ耳を澄ませても、聞こえてくるのはセミの声だけ。
焦燥と絶望、そして言いようのないほどの恐怖がやってきました。いや大丈夫、また望みはある、と言い聞かせます。けれども今度は、素直にその気になれませんでした。
脱出できない。助けてももらえない。
じゃあボクは、ボクは、どうなって、どうなってしまうんですか!?
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