2-15軍曹ヴィルヘルミナの采配
「……なるほど。事態はだいたい把握した」
重々しく頷く。話を聞き出すまでにだいぶ時間がかかったが、少年にも思うところがあったのだろう、一度口を開けば早かった。
どうやら彼らは少年の父親の職場仲間らしい。職場の人間が捕まったことを聞き、日頃の不満が爆発して襲撃を計画した……全てを話したわけではないだろうが、要約すればこんなところだ。ヴィルヘルミナと手錠で繋がれたまま、少年はぽつりぽつりと言葉を落とす。
「あいつら、仲間想いだから。俺の父ちゃんも他の捕まったみんなも、絶対に取り返すって約束してくれたんだ。
いい奴らなんだ、悪いことなんかいっこもしたことないんだ。さっきまでの全部謝るから、だから何もしないでくれよ……!」
「それはできない」
即座に答える。幼い瞳に浮かんだ絶望には心苦しいものがあるが、そこから目を逸らすわけにはいかない。ヴィルヘルミナにはヴィルヘルミナのなすべきことがある。
「理由はどうあれ、彼らは私たちの保護対象に危害を与えるためここに来た。放ってなどおけないし、手加減することも断じてできない」
「こっの……クソ軍人!」
腰のあたりを殴りつけられる。弾けた叫びは、涙でひどく滲んでいた。
「謝っただろ、何がいけないんだよ! 俺たちがポモルスカ人だからか!? ポモルスカ人の言うことなんか聞く価値ないってのかよ、畜生!」
「恨むなら恨め。お前にはその資格がある」
意識して淡々と応じる。彼の前ではせめて、ためらいなく憎める悪役であろうと思った。
「ポモルスカ人かどうかは関係ない。ロッテ……ケストナー夫人を脅かす者がいれば排除する。それが私の任務であり、曲げられない一線だ。お前の信念と同じように」
しばし互いに睨みあう。またひとつ銃声が続き、いくばくかの沈黙ののち、外で怒号が湧きかえる。
どうやらグレーテルの交渉が決裂したらしい。これで穏便な解決は望めなくなった。少年の涙がまたいっそう深くなり、ヴィルヘルミナは無言で首を振るしかなかった。
コンコンと控えめに符丁通りのノックが鳴る。ドア越しで少しくぐもったエーリカの声は、廊下で状況が分からないためだろう、どこか不安げだった。
「分隊長、失礼いたします。先ほどから発砲音が続いていますが、その、大丈夫なのでしょうか」
「大丈夫だ、あちらはグレーテルに任せている。巡回の衛兵隊もいるし、さほど心配しなくてもいいとは思うが……」
先ほど窺った外の景色を思い出す。それなりの人数の集団だった。無理矢理追い返すどころか敷地に入れないのが精一杯だろう。
「足止めの必要はあるな、指令を出す。乱戦状態だろうからシリウスを走らせても通信筒を開ける暇がないだろう。誰かが口頭で伝える必要があるな」
「あっ、はいはーい。じゃああたし行きまーす」
隣室にいるマルガが名乗りをあげる。顔を爛々と輝かせているのが目に見えるようだ。
「ぶんたいちょはここで夫人の警護と戦況把握してなきゃだし、エーリカ伍長は戦闘に巻きこまれでもしたら即アウトだし。これでシリウスがダメならあたしでしょ。行かせてくださいぶんたいちょ」
「……まあ、道理だが」
思わずため息がもれる。言っていることそのものはそこそこ合理的なのだ。ただひとつ、マルガ自身に信用が持てないことを除いては。
「一応言っておく。お前の任務はグレーテルたち副分隊への伝令だ。余計なマネはするなよ、先制攻撃など以ての外だ。いいな」
「分かってますって~、ぶんたいちょってば、信用してくださいよ」
茶化すような軽口は本当に分かっているのかと問い詰めたくなるほどだが、時間の余裕も他の選択肢もない。少年の抵抗をよそに手錠を適当な場所に繋ぎ、寝室に足を運ぶ。
椅子に座るシャルロッテの背後、マルガはやはり子供のように目を輝かせていた。ヴィルヘルミナが指令を耳打ちすると、にっと白い歯を見せて笑う。
「了解。んじゃ、ちょっくら行ってきますね。おらおらシリウス交代だぞ~わうわう」
マルガが隣室に戻り、扉の開く音が続く。入れ替わりで廊下のシリウス号を招き入れたのだろう。マルガが抜ける分の戦力補充だ。少年も繋いだとはいえ何が起こるか分からない。
この剣呑な状況でひとりになってしまうエーリカが少々可哀想だがやむを得ないな……そんなことを思っていると、くい、と軍服の袖が引かれた。
「ミーナ」
「大丈夫だロッテ、安心してくれ。君には指一本触れさせない」
「ありがとう、でも違うの。きっとこのままだとジリ貧になる」
首を振り、こちらを見上げるシャルロッテに臆した色はない。カーテンの閉じられた窓の方へと視線を移し、ゆっくりと思考を口にする。
「あなたたちはきっと食い止めてくれるでしょう、でも彼らも並大抵のことでは諦めないはずよ。かといって制圧して牢獄に投げこんだとしても、また別の縁者の憎しみをあおって同じことが起こるだけ。抑えきるだけじゃ、きっと足りない」
「……そうかもしれないな。君の気持ちも分かる。だが、今できることとしては……」
袖を握る力が強くなる。震えているのか――そんな直感がよぎった瞬間、シャルロッテはほのかに笑みを浮かべた。
「考えなら一応あるわ。きっと、私にしかできないこと。またあなたを困らせるかもしれないけれど……」
「構わないさ。私なんていくらでも困らせてくれていい」
シャルロッテが不思議そうに目を瞬かせる。変わり身の早さに呆れられただろうか。
しかしそんな気丈な表情をされては、ヴィルヘルミナも折れるほかなかった。
「これは君と私の協働作戦だ。私は君を信じている。だからロッテ、君は君の信ずることを為してくれ」
本心からの激励に、シャルロッテは一瞬泣きそうに眉を歪める。
そしてふっと綻んだ微笑みは別れの日に見たそれによく似ていて、どくんと胸の奥が脈うった。
「ありがとう、ミーナ」
それだけを言って、シャルロッテは隣室側の壁に顔を向ける。ゆっくりとヴィルヘルミナから手を離す。そしてちいさな深呼吸ののち、穏やかに語りかけた。
「ねえ少年さん、お話の続きをしましょうか」
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