2-12間者◾️◾️◾️の見解
戦争が終わると、兵隊さんにまざって、たくさんのポモルスカ人が軍国にやってきました。
そこでポモルスカ人は、仕事をぜんぶうばってしまって、自分たちばかりが大もうけをしようとたくらみました。そればかりか、みんなを困らせようと大暴れまでしたのです。
そうして困った兵隊さんたちやみんなのお父さん、お母さんを助けてくれたのが、≪雇用革命≫です。
――エーレンフェルト軍国 初等教育用教科書(最新版)
かの≪雇用革命≫は最善策であったか。その命題には、はっきりとNoを叩きつけたい。
確かに10年も苦境を味わってきた軍国民を抱える以上、軍政府にも解決策を講じる義務はあった。しかしそれがポモルスカ難民への迫害的施策に繋がったのは実に非合理と言わざるを得ない。軍政府がすべきであったのは軍国民もポモルスカ難民も救済する長期的努力であったのは明らかであり、当時の軍政府にそれだけの力がなかったのを勘案するにしろ、何もしないことの次に愚かな道を選んでしまった。
極めて短絡的かつ、国民とポモルスカ人の間の亀裂を致命的に深めてしまった愚策――著者としてはそう断じざるを得ない。
――『軍国民とポモルスカ人の関係史』(発禁書籍)
軍国人なんて、みんな死んでしまえ。
――某ポモルスカ人街に書かれた落書き
そも、なぜアルバート・ケストナーがポモルスカ人に恨まれているか。
それは彼が軍国民に広く慕われている理由と裏表にある。
――≪雇用革命≫。
軍国の国民たちを救いあげ、そしてポモルスカの移民たちを決定的な苦難へ突き落としたそれは、まさに「革命」であった。
戦乱で疲弊し国としてはほぼ終わってしまった母国ではろくに食っていけず、多くのポモルスカ人は海外移住の道を選んだ。
しかし各国の厳しい難民制限が行く手を阻む。唯一難民制限を設けていない――正確には戦後賠償の一環で制限を設けることもできなかった――エーレンフェルト軍国に多くの難民が雪崩れこんできたのは、しごく当然のことだったろう。
しかし敗戦後ともなれば、兵たちの帰国やら賠償問題やらで軍国も混乱の極みにある。軍国民とポモルスカ難民、その双方を養う生活の糧も、それを賄うための仕事も圧倒的に足りていない。
こうして生まれた不況のなかで
――たとえば、そもそも戦時中に移住していた難民が徴兵で空いた穴を埋めていたからだとか。
――たとえば、行き場もない身はなりふり構わずどんな仕事でも請けるからだとか。
――たとえば、商業に優れたポモルスカ人自身が事業を立ち上げる流れも盛んだったからだとか。
――たとえば、積極的に難民受け入れ体制をアピールし、国際社会に融和するためだとか。
理由としてはいろいろとあるだろう。だがそれで国民が納得するはずもない。中でも群を抜いて批判されたのは国民の守り手であるはずの国首そのひとで、ポモルスカ人が優先的に職に就ける下地を整えた彼の支持率は、もはや計測の必要もないほど底辺に近かった。
そして10年前、決定的な事件がこの緊張状態を激化させる。
きっかけは些細なことだ。とある大企業が従業員におけるポモルスカ人の割合を下げ、軍国人の雇用を増やそうとした。
しかしその際解雇されたポモルスカ人が当時の代表取締役だった名誉将校とその妻や娘を殺害したことで、この件はポモルスカ人の貪欲と軍国人の窮乏の象徴となったのだ。
『人の国土に踏みこんで、軍国の職ばかりか命まで奪うポモルスカ人に鉄槌を』
そう軍国人は怒りを爆発させ、ポモルスカ人排斥運動を繰り広げる。
『軍国も関わった戦争で祖国は焼かれ、ここで生きていくほかない。どうかポモルスカ難民も自国民と同等に扱ってくれ』
そうポモルスカ人は必死に訴え、時にはデモまで起こして市井に呼びかける。
この争いに終止符を打つべく、国首を説得して立ち上がったのが一部の高官や実業家たちだ。そこには殺された名誉将校の息子――当時20代半ばにもならない青二才のアルバート・ケストナーも含まれていた。
『祖国のため戦った戦友に暖かな家とパンを』
『軍国の財産は軍国市民のためにこそ』
そう謳った施策の中心は2点。移民税の導入を主とした新たな財源確保と、法整備による移民管理の強化。
これにより国家的な事業の創出と軍国民の積極的かつ安定的な雇用が実現されたが、代償としてポモルスカ人の労働基準は大幅に低下し、その自由も大きく狭められることになった。
軍国民の生活のため、移民にすぎないポモルスカ人は二級市民となれ――やり口としてはそういうことだったが、長く不満と苦境にあえいでいた軍国市民の大半はこの「革命」を諸手を上げて迎えた。
革命メンバーは一躍時の人となり、今や国家財政中枢に関わるものも少なくない。若くして名誉将校に任官されたアルバートは特にだ。ほどなくして失業者のための慈善活動をするようにもなり、雇用革命のシンボルとしての地位を確立させる。
つまり、軍国人には「家族の遺志を継いだ市民の同胞」として、ポモルスカ人には「笑顔の差別主義者」として――
(本当、厄介な男だなあ)
小さな路地裏、隠れるように遠くケストナー邸を見上げながら彼女は思う。
アルバート・ケストナー。
彼の穏やかな笑みは天使のものでありながら、悪魔のそれでもあるのだ。
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