1-15小隊長室における問答

「大変申し訳ありませんでした」


 開口一番に告げる。頭を下げる先には、飴色の執務机に頬杖をつくツェツィーリアの姿があった。


「任務中の、それも重要度の高い任務においての独断専行。分隊長として許されることでは断じてありません。部下の器物破損も元はと言えば私の軽率な行動が原因です。どんな処罰も甘んじて……」

「あーもういいさいいさ。顔をあげろ」


 呆れたような茶化すようなツェツィーリアの言葉に従い頭を上げる。

 厳しい表情ではないだろうとは思っていたが、くっくとあからさまに笑いを噛み殺す顔を見てしまうと、許された側ながらこれでいいのかと思ってしまう。面白がっていい話ではないはずだが。


「独断専行と廃車が出たのはまあ問題だが、結果としてケストナー夫人を保護することができたんだからチャラどころか大手柄だ。貴様がやってなかったら今ごろこんな呑気にできてないしな。

 だが、ま」


 ツェツィーリアが杖をついて腰をあげる。身構えて歯を食いしばった次の瞬間、横薙ぎの拳が頬に叩きこまれた。

 脳天まで響く衝撃。思わずたたらを踏みそうになるが直立したままこらえる。かたく閉じていた目を開くと、わずかにぼやけた視界の中、ツェツィーリアが肩をすくめて苦笑していた。


「これくらいはしとかんと、貴様の迂闊な独断専行を認めたことになるからな。最低限の示しってやつだ、悪く思うな。車ぶつけた部下たちには貴様から厳しく言っておけ」

「了解です。お心遣い、痛み入ります」


 鉄の味がする舌で答える。口の中を切ったようだが歯は折れていない。ツェツィーリアはこのあたりのさじ加減が上手かった。

 拳の感触を確かめるように開けては閉じを繰り返しながら、ツェツィーリアはまた椅子に脚を組む。


「処分も警護任務が片付くまでは棚上げにしておく。それより報告だ。初っ端から濃いが細かくよろしく」

「はっ」


 と敬礼で応じて今回の経緯を報告した。ナターリエ・アネット組が軍用車を事故車に変えたくだりでは我が部下ながら頭が痛くなったが、市街への被害を防いだ点と狼煙だけで的確に意を汲んだあたりは評価に値するとしてできるだけフォローに回る。

 そして容疑者3人を憲兵警察に引き渡したところで報告を締めくくると、それまで無言で聞いていたツェツィーリアがはじめて問いを発した。


「ほう。だいたい分かった。それで?」

「それで、とは」

「結局、なんでケストナー夫人は逃げ出した? それが分からんと根本解決のしようがない」

「……分かりません」


 嘘だ。ある程度の推測はできている。だが本人に確かめたわけでもないものを勝手に語るのも気が引けて、つい隠匿するかたちになってしまった。


「そうか。なら今のところはいいさ」


 その嘘に気づいているのかいないのか、ツェツィーリアは鷹揚に頷いてあっさり済ませる。根本解決のしようがないとは言いながらあまり気にした様子はなかった。


「どのみち、これから周囲は貴様たち警護が囲む。よしんばまた逃げ出そうとしてもそう簡単にできんだろ」


 つまるところこういうことだ。専門でこそないとはいえ、特別措置小隊も予備警備隊としてそれなりの訓練と経験を積んでいる。今回の前科ができたこともあり、シャルロッテの意図がどうあれ迂闊に目を放すことはないはずだった。

 ツェツィーリアとしては別のことが気にかかるらしい。ふとヴィルヘルミナから視線を外し、伏し目がちに呟く。


「しかし、容疑者はポモルスカ人、か……こりゃまた面倒だな。宣伝省が煽りたてるわ外交省が焦るわするのが目に見える」


 その言葉の重みは、ヴィルヘルミナにも容易に察しえた。

 そうだ。国の高官の妻を誘拐しようとしたのが外国系移民となれば、これは単なる国家反逆罪ではすまなくなる。下手をすれば外交問題だし、国内での国民対移民問題へさらに油を注ぐこととなるだろう。今回の事件の扱いについても一段レベルが上がることは確実だった。


 女性だらけの特別措置小隊にはあまり縁のない政治的懸念ではあるが、自分たちの任がここまで導火線に近いことは認識しておかなくてはいけない。


「ま、お上の苦労はお上に任せるとしてだ」


 いつもの軽い口調に戻ると、ツェツィーリアはヴィルヘルミナに目を移す。そして指で銃のかたちを作り、その銃口をヴィルヘルミナへと向けた。


「貴様個人に出動要請が来てる。待機時間中悪いがちゃっちゃか行ってこい」

「今からですか? いったいどこへ」


 分隊長であるヴィルヘルミナの事情聴取と報告もあり、第四分隊が通常の警備に入るのは明日からとなっている。ならば正規のシフトではないし、個人とわざわざ言っていることから調査の任の線も薄い。

 本部から聴取のお呼びがかかったのか、やはり何らかの沙汰が下されるのか。あるいは……


 ツェツィーリアはそれについて語ることはなく、ただ指の銃でヴィルヘルミナを撃ちぬく真似をしてこれだけ告げた。「隅に置けない奴め」なんて言いたげな、非常に愉しげな笑みでもって。


「お姫様から、直接言いたいことがあるんだと」

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