1-7特別措置小隊の女たち②
特別措置小隊という何を指すのかよく分からない名称は、もともとは軍国の難義な社会的風土に由来する。
簡単にいってしまえばエーレンフェルト軍国唯一の女性部隊なのだが、それを直接的にあらわすには世間的な拒否反応が目にみえていた。女とは夫の家庭を守り、子を産み育てるもの。それが現在の軍国の国家指針であり、おおかたの市民の常識でもある。
なにも女性戦闘員が法で禁じられているわけではない。忌避されているだけだ。しかしその忌避が大きすぎて、とても大々的に備えられたものではなかった。そも女性小隊のプラン自体中央の反応は芳しくなく、将校一族の娘たるツェツィーリアや一部の協力者がゴリ押しした結果だと聞いている。それに軍部が折れた結果、暫定的な設置ということで妥協したのだ。
ゆえに特別措置小隊。特例の、とりあえず実験的に作っただけというお題目の、50人ほどしかいない女性部隊。それがヴィルヘルミナの勤め続けてもう丸9年にもなる職場であり、第二の家だった。
――とりあえず、で作らせた割にはもう10年近く続いてるんだ。これはお上が頭を下げてくる日も遠くないかもしれないな。
などとのたまうツェツィーリアはいつもからから笑うものの、実際のところその口調ほど軽い道のりだったとは言いがたい。
特例だの実験だのとはいうものの、やることは普通の兵士と変わりない。日々訓練し自らを鍛えあげ有事に備える。
ただ敗戦国の常として軍事力の行使には慎重にならざるを得ず、一般の兵士の出る幕はあまり多くなかった。裏を返せば、特別措置小隊それ自体の成否を確かめる場もないということである。
もとより批判の少なくない部隊だ。その上成果がないとなると、予算を食いつぶし市民の反感を買うだけで軍部にとっても益がない。
そんなこんなで一時期は取りつぶし一歩手前だったこの小隊をなんとか存続させようと駆けずり回ったのもやはりツェツィーリアたち幹部であり、結果、ある任務で実績を上げつづけるという条件のもと解散の危機を免れたのだった。
つまりは、そうした経緯があってこそ――
「まあ端的に言えば、貴様たちにはとある超重要人物を警護してもらうことになった」
特別措置小隊の淑女たちは兵士として鍛錬するかたわら、こうした大任を仰せつかっているわけだ。
「これまでは将校殿の妻子やらなんやらのおまけ警護が大半だったからな。直接襲われる理由もない方々だったし、ぶっちゃけ気軽にやってこれたわけだ。だが今回は違う、危険度では段違いだ」
どこか愉快そうにしながらも、時折肩を回したりして気だるげにしているツェツィーリア。何かしらの緊急事態があったのだろう。おそらくはそれで忙殺されていたに違いなかった。
それにしても、あらかじめここまで脅かされる任務もそうそうない。ヴィルヘルミナは挙手して発言を求める。鷹揚というか無頓着なツェツィーリアは、部下のこうした行動を嫌わない。むしろ積極性があると好むくらいだ。
「失礼します。危険、ですか。具体的にお伺いしても?」
「きょーはくじょ」
軽い一言。一瞬意味を判じかね、「は?」と目を瞬かせてしまう。
そんなヴィルヘルミナの反応に気を良くしたのか、ツェツィーリアはにまっと歯を見せながら、いかにも笑えない話を続けてきた。
「脅迫状が届いたんだよ。今日の朝だ。内容もあからさまに実害をほのめかすものだったし、有名税のイタズラにしちゃ度が過ぎてる。そもそも悪ふざけでこんなことやらかす怖いもの知らずがいたら、とっくに憲兵警察が監視してるさ」
「……それは、一大事ですね」
ツェツィーリアは手をひらひらさせながら冗談っぽく言ってのけたが、内容のほうは冗談では済まない。軍幹部に脅迫状を送りつけるなんてこと、軍国では尋問どころか処刑されてもおかしくない重犯罪だ。
それを承知でやってのけたというならば、つまり差出人は本気ということになる。
「まあそういうわけで、保護対象はいつ襲われても不思議じゃない状況だ。第一第二分隊長――ハルトとトラウリヒは先に動かしてる」
ツェツィーリアが指で机をとんとん叩く。話をまとめにかかる合図だ。
「差出人とかその辺のことは憲警の連中に任せるとして、貴様たちの任務はとにかく対象に傷がつかないよう警護すること。とりあえず、どこのどいつがどういう目的でやらかしたのか分かるまではな」
言うと、官給の革の鞄から薄い紙束を取りだす。それを無造作に机の上へ置き、ヴィルヘルミナたちに示してみせた。
「さって、そんな大仕事だし今は他の任務もないしで、今回は全分隊出動態勢を取ることとする。24時間フル警備で1日3分隊出動、8時間ごとの四組三交代制。交代の順序と当面のスケジュールは超特急で作ったこの資料参照。以上、なにか質問あるか」
「はあい。ひとつよろしいでしょうか?」
「いいとも」
今度はユリアが挙手する。言いたいことはヴィルヘルミナにもなんとなくわかった。肝心なことがまだ明かされていないのだ。
「今回の保護対象、いったいどなたでしょう〜? お名前が出てこなかったような」
「あー」
盲点だったとでも言うような顔で、首の後ろをがしがし掻くツェツィーリア。隻眼を気まずげに細めながらもあっけらかんと謝罪する。
「すまないすまない忘れてた。絶対驚くから最後に言おうと思ってたんだが迂闊だったなあ……まあいっか」
ぼやくと、机の上に山積みになった資料や書類、その中に紛れるようにして挟まっている雑誌の一冊をぞんざいに引きぬいた。
軍の機関誌らしく、表紙は勇ましい戦車のスケッチが飾っている。崩れた紙の山には構わず「んー」と吟味するようにページをめくり、巻頭のとあるページでその手を止めた。そのままこちらに見せてくる。
ページの半分ほどを占める写真、モノクロで写しだされているのは夫婦と見える男女だ。男のほうは頬に残る火傷のあともよそに、気障だが気品ある笑みで隣の女性の肩を抱いている。
そして彼と手を携えながら幸せそうな微笑みを見せているのは、白黒でもわかる豊かな金髪の……
「保護対象はシャルロッテ・ケストナー。国民の良妻にして賢母。今をときめく慈善家夫婦、ケストナー大佐夫妻の片割れさ」
二人して言葉を失った。空気が一瞬にして張りつめて鋭さと重さを増していく。だがヴィルヘルミナの絶句と緊張は、おそらくユリアのそれとは理由が違った。
純然たる、怒り。
なぜ彼女が? 思うことはそれだけだ。頭の中がじわじわ熱く煮えながら撹拌され、今この場でじっとしていることさえもどかしい。焦燥で動きだしそうになるのは拳を握ってなんとか堪えた。
彼女が襲われる、そんなことあってはならないしヴィルヘルミナが許さない。そもそもどんな目的であれ彼女を標的にすること自体お門違いも甚だしいのだ。なぜなら、彼女はいつだって――
けたたましいベルの音が静寂を切り裂いた。
出どころは卓上の電話機だ。受話器をとったツェツィーリアは当初こそ雑な受け答えをしていたが、話に耳を傾けるにつれて赤い左眼を鋭く眇めていく。最後には「了解。早期報告、よくやった」と遊びのない言葉を告げて受話器を置いた。
明らかに尋常の事態ではなかった。ユリアが問う。
「小隊長、どうかしましたか?」
「あー、うん、なんだろうな。正直どういうことだかさっぱり分からんが――」
言う内容こそいつも通りのぞんざいさで、しかし声音は一段冷たい。おどけるように肩をすくめると杖を取って立ちあがり、先までとは質の違う笑みで口端を歪めた。
「なんか、保護対象が脱走したそうだ」
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