第25話 錬金都市アルケミア

 錬金都市アルケミア――剣の国エルメールにある一都市ではあるが、その規模は首都であるスワイドに匹敵する規模を誇る大都市である。

 基本的に、どの国とも国交のあるエルメールにある為、エルフや亜人の姿も頻繁に見られ様々な種族であふれかえっている。また、この都市はその名の通り、錬金術の研究が盛んにおこなわれており、これらの技術を学ぶために、錬金術師学校の門を叩く者も後を絶たない。

 そして……アスカ達は、その錬金術師学校の入り口に立っていた。


「はいはーい、注目ですよー。ここが私の卒業した錬金術師学校です!」

「ほぉ、立派な学院だな」


 門の前に立ったアスカの第一声はそれだった。

 長年使っているであろうにもかかわらず、綺麗に磨き抜かれた門構えに、レンガ造りの巨大な校舎……前庭も綺麗に剪定されており、左右対称の美しい外観をしている。そして、門の向こう側には獣人やエルフ、人、亜人などなど……様々な人種が制服に身を包んで歩いている。確かに、非常に活気にあふれている。


「コレット姉貴、ここ、勝手に入っていいんすか? なんか、アタシ滅茶苦茶場違いなんすけど……それに、守衛さんがこっち見てるし」


 確かに……アカデミックな雰囲気に満ち溢れている中、動きやすいホットパンツに革のジャケットを身に纏っているリディアは異端だろう。幸い、槍はアトリエの中に置いてきたのだが、入りにくい事には変わりあるまい。

 そんなリディアに、コレットはプニプニの手をグッと握ってみせる。


「大丈夫です! 卒業生である私がいれば、それだけで顔パス間違いなし! 多少奇抜なファッションをしてようとも、授業態度優良&座学成績最優秀者の私が付いていれば問題ありません! さぁ、大手を振ってGO!」

「アスカ姉貴って、頼りになるように見えて、地味に抜けてそうっすよね」

「良く見てるじゃないか」

「ちょっとそこ! 何をコソコソ話してるんですか! 人の悪口を言ったらダメなんですよ!」


 ビシッと指摘されて黙ったアスカとリディアを見て満足そうにしたコレットは、さっそく門を開けて意気揚々と中に入って行く。コレットの背中を見送り、アスカは周囲を見回すが……自分も含めて、誰も後をついて行っていない。クリスとナターシャの方を見てみれば、何だか入って良いのか躊躇っている様子である……勘のいい少年・少女である。

 誰もついて来ていないことに気付かず、両手を振って前に進んでいるコレットだったが……横から猛スピードでゴーレムが接近してきて、摘み上げられた。


「にゃ―――――ん!?」

『無許可での校舎への進行は禁止されております。入り口にて許可申請を行ってください。繰り返します。無許可での校舎への進行は禁止されております』


 そして、ゴーレムは、そのままノッシノッシと入り口まで戻ってくると、ポイッとアスカに向けてコレットを放り投げてくる。アスカはコレットをお姫様抱っこで受け止め、無言で見下ろしてやると……そのプレッシャーに負けたように、コレットは頬を赤らめながら、ふぅ、と吐息をついた。


「さて、門を入る前に守衛さんに許可申請を行いましょうか!」

「お前もめげないな……」


 呆れたようにコレットを地面に下ろしてやると、彼女は少し早足で守衛の元へと向かって行った……たぶん、あれは恥ずかしがってまともに顔が見られないのだろう。その証拠に耳が赤い。何とも彼女らしい失敗に苦笑を浮かべると……不意に、誰かからの視線を感じた。

 まるで、体の奥底に直接刺さる様な魔力のこもった視線だ。


「アスカさん、あそこ……」


 クリスも視線を感じたのだろう……示された方を見てみれば、そこには、校舎の窓からこちらを見下ろす一人の女性が立っていた。

 遠目なので良くは見えないのだが、明らかにアスカ達を注視している。ただ……それだけではない。先ほども感じたように、視線に異様な魔力が込められているのである。恐らく、気が付けたのは魔力に対して鮮鋭な感覚を有しているアスカとクリスだけだろう。


「お待たせしました、皆さん! 許可証をもらって来たので早速――どうしたんですか、アスカさん、クリスさん?」

「いや、なんでもない。さて、それじゃあ行こうか」


 アスカはそう言って気を取り直すと、コレットの隣を歩いて錬金術師学校の校舎へと踏み込んだ。ただ……校舎に入っても、その異質な視線は絶えずにまとわりついてきた。まるで、廊下や扉などの物体を貫通して、アスカ達を観察しているようにすら感じる。

 見られているアスカへのプレッシャーも相当なもので……正直、緊張感で錬金術師学校の立派な内装も全く目に入ってこない。


「さっきから、本当にどうしたんですか、アスカさん?」


 先ほどから若干挙動不審なアスカを、本当に心配しているのだろう……コレットが、顔を覗き込んでくる。アスカは小さく吐息をつくと、正直に事の顛末を伝えることにした。


「さっきから、魔力が込められた視線が絶えず突き刺さって来てな……それが妙に気になるんだ。クリスも感じているから気のせいではないはず」


 アスカの言葉に隣のクリスもうんうんと頷く。それを聞いて、コレットはあはは、とゆるく苦笑を浮かべた。


「あーたぶん、それ、師匠の透理眼ですね。エリアルも言ってましたが、非常に希少な特殊能力で、『真実を見抜く瞳』とも呼ばれています。私達が来たこと、もうばれてるようですね……」


 そうして、コレットが立ち止ったのは立派な木製の扉の前だった。

 扉の前でクルリとコレットは一行の方へと顔を向けて、難しい顔をしながら口を開く。


「えぇっと……その、師匠は色々と性格が難しい人ですから……その、何を言われてもグッと、グッと、我慢して――」

「あら、コレット……そんなふうに師匠を見ていたの? 悲しいわぁ」

「ひゃわぅっ!?」


 ビクッとコレットの体が震え……そして、ギギギギ、と重い音を立てて勝手に扉が開いた。扉が開くと同時にむせ返るような甘い香りが廊下に広がる。まるで、目に見えるかのような濃密な香りが、雪崩のようにアスカとクリスを包み込んだ。


 ――バラの香り……?


 人工香料に含まれるようなパチモンではない……生々しく、噎せ返るような甘ったるい香り。まるで、脳まで侵食して、思考能力そのものを根こそぎ奪い取る様な――


「わー! わー! わぁぁぁぁッ!! アスカさん、クリスさん、ダッシュです! 逃げてください! 廊下の端までダッシュ―――!!」

「……ッ!! お、おう!」

「は、はい!」


 コレットに背中をポコポコ叩かれたこと以上に、生存本能が激しくヤバいと警鐘を鳴らしている。条件反射気味に、全力でその場を離脱すると……匂いが薄くなるのに比例して、思考が徐々にクリアになってゆく。

 廊下の端まで何とか退避したアスカだったが、その視線の先で、コレットが片端から窓を開けて換気を開始している。


「キャロル師匠! なんで媚薬香なんて焚いてるんですか! それ、学校長から禁止されてますよね!? 学校で一度パンデミック起こして、なぜか私がしこたま怒られましたよねッ!」

「あらぁ、相変らずオツムと体の発育だけは一級品ね、コレット。折角、可愛いドラゴンちゃんと、剣帝ジュニアちゃんを私の虜にしようと思ったのに……」

「そういうとこ! そういうとこですよ、師匠ッ!!」


 ちなみに、コレットの背後ではリディアとナターシャが全く分からない様子で首を傾げている。あの二人には、そもそもバラの匂いそのものが感じられていない様子だ。

 だが、コレットの慌て様からして……先ほどの香り、相当に危ういものだったようだ。


 アスカとクリスが遠目に様子を見ていると、研究室から一人の女性――キャロルが出てきた。その容貌を一言で言い表すならば、絶世の美女、だろう。

 野暮ったい服装をしたコレットとは対照的に、深いスリットの入った、漆黒のナイトドレスを身に纏っており、そのまま舞踏会に出ても全く違和感はないだろう。

 身長は女性にしては高く、体のラインは女性的な膨らみに富んでおり、かなり目に毒だ。男ならば、その深い胸の谷間に嫌でも目が行ってしまうことだろう。だが、それ以上に、その顔の造作が恐ろしいほどに整っている。まるで、女性の羨望がそのまま形となったかのような造作……作り物じみたとは、まさに、この事を言うのだろう。


「ふふっ」


 アスカとクリスを眺めたキャロルが意味深に笑いかける。そして、キャロルの視線とアスカの視線が絡み合った瞬間、再びアスカの意識が空転しかけ……。


「……ッ! だぁぁッ!」


 アスカは強く頭を振って、『それ』を追い出した。

 少しよろけたアスカをまるで庇うように、クリスが慌てた様子で前に出た。


「アスカさん、気を付けてください! 視線を介したチャームです!」

「あらぁ、そこの小さな剣帝ちゃんは、魔法にも詳しいのね。魔法もできるし、剣も達者、何よりも見た目が良い……私の小間使いにしたいわぁ」

「う゛っ」


 小柄で年少であっても、勇猛果敢を地で行くクリスが珍しく怯む。そして、女性はそんなクリスから次はアスカへと視線を向ける。


「そして、そこのドラゴンちゃん……気力だけで私のチャームを無効化するなんて素晴らしいわ。ドラゴンの耐魔法力以上に、強靭な精神力を持っているようね」

「お褒めいただき光栄だ。だが、二度としてくれるな……俺の雇い主はコレットだけだ」


 アスカの言葉に虚をつかれたように目を見開いたキャロルは、しかし、ニヤニヤと笑みを浮かべてコレットの方を向いた。


「なぁに、コレット。あなた、お金がないからって、体で誑し込んだの?」

「違 い ま す ッ!! 師匠と一緒にしないでください!」

「あら、言っておくけど私は処女よ? 私は男を手玉に取るのが好きなだけであって、男と愛し合う趣味はないの。処女の血は強い媒介にもなるしね」

「そ、そそそそう言うことを公共の場で言わないでください!!」


 顔を真っ赤にしてコレットが怒鳴り返す……完全にペースを持って行かれている。すでにグッタリしている一行とは対照的に、艶々とした様子のキャロルは、手に持っていた扇子で口元を隠した。


「なんにせよ、いらっしゃい。歓迎するわよ、異端の子達」


 そう言って、キャロルは目元だけで笑ったのであった……。

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無限創牙のドラグーン~龍の聖女と異界の女神~ 秋津呉羽 @varutoazerasu

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