第24話 ナターシャの過去と今後について

「ロード・オブ・トワイライについて、まずどこから語ればいいっすかね……本当に、アレは色んなところで厄災を撒き散らしてきたっすから。それに、語るにはナターシャのプライベートまで語らないといけないんすよね」


 全員が起床後……近くの街まで移動した一行は、リディアとナターシャが使っていた馬車を街に返し、アトリエの中で朝食を取っていた。

 ちなみに、朝食の準備をしたのはアスカだ。コレットも自慢の腕を披露したいと目を輝かせていたが、丁重にお断りした。客人の胃壁に穴をあけるわけにはいかない。

 リディアはタコさん型に切られたウィンナーを口に運び、もごもごと口を動かしてから、目線をナターシャに送る。


「ということで、ナターシャ。アタシが知ってること、皆にも話して良いっすかね?」

「……うん、大丈夫、姉さん」


 少し無理をした様子で微笑むナターシャを、痛ましそうに見た後、意を決したようにリディアは再度口を開く。


「最初にロード・オブ・トワイライトが顕現したのは、ナターシャの母親が亡くなって、親戚の叔父に預けられた先っす。原因は不明。顕現したのは手の甲までだったらしいっすけど……圧倒的な火力に物を言わせて、街が一つ全焼したっす」

「そんな……」


 クリスとコレットが完全に言葉を失っている中、アスカは冷静にその情報を頭の中に刻む。

 確かに、あれだけの火力だ……手の甲までしか顕現していなかったとしても、街を焼くなど簡単なことだろう。


「次にロード・オブ・トワイライトが顕現したのは、ナターシャがその街から、親父とアタシがいる魔影最前線基地に引き取られた時っす。まーここら辺説明すると色々ややこしいんすけどね……」

「そういえば、ナターシャとリディアは姉妹なのに、別々に暮らしていたのか?」


 アスカの質問に、リディアは首を振る。


「アタシとナターシャは、腹違いの姉妹なんすよ。いやー親父が真正のロクデナシで……行く先々で女性と子供作ってるんすよね……アイザック・クレッフェルって言うんすけど」

「アイザック・クレッフェル!? 魔影大戦における獣人の英雄じゃないですか!」


 クリスが驚いたように声を上げた。

 見れば、コレットとエリアルも理解している様子で驚いたように目を丸くしている。アスカ一人だけが首を傾げているのを見て、コレットが軽く解説を入れてくれる。


「魔影が大量に攻めてきた『魔影大戦』の事は以前話したと思いますが……この時、魔影に対して特攻性能を持つ四聖刃と呼ばれる神器が、龍の巫女から人類に引き渡されたんです。そして、その中の一つ……疾槍フォルトゥナに選ばれたのが、獣人の英雄アイザック・クレッフェルさんなんです」

「いやいやいやいやいやいや、あのロクデナシを英雄呼ばわりするのは止めた方が良いっす。戦ってる時以外はガチのダメ男なんで」


 割と本気で嫌悪感が顔に出ている。

 年頃になると女性は父親を嫌いだすとは良く言われているが……一概にそうとも言えない嫌いっぷりである。英雄色を好むというのは本当のことのようだ。

 何となく内心でそのアイザックと呼ばれている男に同情しながら、アスカは続きを目で催促する。コホンと咳払いを一つすると、リディアは再び語り始める。


「親父の所……正確には、ヒュレイズ連合国の東にある、魔影最前線基地っすね。そこに引き取られたんすけど、ここでもロード・オブ・トワイライトが暴走。肘から先までが出てきて、基地に穴をあけたっすよ。死傷者もたくさん出たっすけど……幸い、戦える奴が多かったっすから。何とか、ロード・オブ・トワイライトが虚空へと戻るまで、粘ることができたっす」

「ふむ……大混乱だっただろうな」


 アスカが言うと、リディアはあはは、と何とも言い難い笑みを浮かべた。


「まぁ、事前情報は知ってたんすけど、まさかあそこまで強いとは思わなかったっすからねぇ……」


 リディアの隣では、ナターシャが小さくなっている……責任を感じているのだろう。


「それで次は、アタシとナターシャが、ロード・オブ・トワイライトを止める手段を求めて旅に出て……そして、アスカ兄貴とクリスちゃんに出会った時っす」

「あぁ、右腕一本丸ごと出てきたな」


 クリスもコクコクと頷いている。あの時は、アスカのドラゴン変身で何とか撃退することができたが……あれが街中で暴れたらと思うと、顔から血の気が引く思いだ。

 リディアも当時の様子を思い出しているのだろう……難しい顔をしている。


「基本的に、ナターシャが発熱したらロード・オブ・トワイライトが顕現するサインみたいなものっすよ。だから、昨夜は慌てて街から馬車を借りて外に出て、アタシ一人で迎撃するつもりだったっす。やー、アスカ兄貴とクリスちゃんには礼を言っても言い足りないっすよ」

「一人で迎撃って……無茶にもほどがあるな。まぁ、街を巻き添えにしないその心意気は大したものだ」


 アスカの言葉に、うふふ、とリディアは妖しい笑みを浮かべる。


「やぁっすよぅ。アタシに惚れたっすか?」


 バチーン! とウィンクを飛ばしてくるリディアに対し、アスカはすげなく手を振って見せる。


「馬鹿ばっかり言ってないで、話をいてててて!? コレット、足をつねるな!」

「むー!」

「むーじゃねぇよ!? まったく……それで、話の続きだが、ロード・オブ・トワイライトを何とかする方法を探して旅に出たって言ってたな。何か目星はついてるのか?」


 もしかしたら、コレットが解決策を見出すのに何らかの手がかりになるかもしれない。

 だが……アスカの希望も虚しく、リディアは首を横に振った。


「たはは……具体的なことは何も。ただ、ウィンフィールドに行けば何らかの手はあるかなーぐらいっすかね」

「翠の国ウィンフィールドか……」


 この世界で最も魔法が発達したエルフ達の国だ。

 自分がドラゴンである理由、そして、元の世界へと帰る手段を見つけるにあたって、アスカが今最も行きたい国でもある。ただ、この国、色々と排他的であり……問題もある。


「確か、エルフの手引きがないと、入国そのものができないんじゃなかったか?」

「そうなんすよねぇ。アタシはずっとヒュレイズ連合国にいて、エルフの知り合いはいないし……そもそも、基本的に亜人とエルフは仲悪いんすよねぇ」


 と、その時、恐る恐ると言った様子で、クリスが手を上げる。


「ん? どうしたクリス?」

「あの、僕ハーフエルフですけど、ウィンフィールドの市民権は持っていますので、皆さんを入国させることができますよ」


 数秒の沈黙の後、アスカの隣でコレットがポンッと手を叩いた。


「あ、あぁ、そうですね。そう言えば、クリスさんってハーフエルフでしたね……すっかり忘れていました……」

「あ、本当だ、クリスちゃんハーフエルフだったんすか! いやーん、ナイスタイミングっすー!」

「ちょ、抱きつくのは止めてください!?」


 ぎゃーぎゃーとクリスとリディアが暴れているのを横目に、アスカはコレットの方に向き直る。彼女は顎に手を当ててむーん、と考え込んでいるところだった。


「どうする、コレット。このまま進路をウィンフィールドの方へと向けるか?」


 アスカの問いに対して、コレットは更に眉を寄せて深く考え込んでいる様子だったが……小さく首を振って顔を上げた。


「いえ、その前にやっぱり錬金都市アルケミアに行ってみましょう。もう錬金都市アルケミアは目と鼻の先です。先に寄ってみて、私の師に少し話を聞いてみたいです。絶対に有益なものになると思いますから」


 コレットがここまで頼りにしているのだ……恐らく、相当できる人物なのだろう。アスカとしても、その師匠とやらに興味が出てきた。


「そうだな……ここからウィンフィールドに行くのも、錬金都市アルケミアに寄ってから行くのも、距離的にはあんまり変わらないしな」

「えへへ、キャロル師匠に会うのは久しぶりで楽し……」


 と、コレットはそこで言葉を切って、唐突に表情を曇らせた。


「いえ、なんか波乱が巻き起こりそうな気がします……」

『あの女は真実を見通す異能の瞳――透理眼を持っているへそ曲がりだからねぇ。アスカも気を付けな。あの女は、アンタがドラゴンだって一発で見抜いてくるよ』


 エリアルはそう言った後、コレットの方にも顔を向ける。


『無論、コレット。アンタもだよ』

「え、私もですか!?」

『当然さね。断言するがね……キャロルは確実にアスカを欲しがるよ。油断してたらアスカを持ってかれちまうよ』

「え!? ダメ! ダメですよそんなの!? あーでも容易に想像できるから嫌ですー!!」


 コレットが頭を抱えてその場にうずくまった。

 そんなコレットの様子を見て、俄然、師匠とやらに会いたくなくなったアスカは、顔を半分引きつらせながら、エリアルの方を向く。


「錬金術師ってのは、ロクなのがいないのか?」

『天才と何とかは紙一重さね』

「なるほど……」


 平然とそうのたまうエアリアルの言葉に、アスカは大きくため息をついたのであった……。

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