第21話 白狼のナターシャ・クレッフェル
アスカとクリスが二人して安堵の吐息をついていると、隣から、カランと槍を落とす音が聞こえてきた。二人して振り返ってみれば……そこには、呆然とロード・オブ・トワイライトのガントレットを見ているリディアの姿があった。
「か……勝ったっす……勝ったっすよ……ッ!!」
『あぁ、そうだな。勝ったな……もう二度と戦いたくないが』
アスカは両手大剣を地面に突きさし、腰に手を当ててやれやれと首を振った。見た目が強面のドラゴンにもかかわらず、妙に年寄り臭い動きをしているので何となくコミカルである。実際、そんなアスカを見てクリスがくすくすと笑っている。
だが、そんなこと目に入らない様子で……リディアはポロっと涙を流すと、まるで、力が抜けたかのように、ぺたんと尻餅をついた。
「本当に勝った……最悪の事態も覚悟してたのに……勝てたっす……。よ、良かったよぉぉぉぉぉぉぉ!! ありがとうっす、アスカ兄貴、クリスちゃん!」
「うんうん、良かったですねぇ……ぐすっ」
もらい泣きしているクリスの隣で、アスカは呆れながらも……それでもリディアの気持ちは理解できた。ロード・オブ・トワイライトと呼ばれていたあの存在は、右腕一本でドラゴンと渡り合うような化け物である……もしも、本体そのものが顕現していた場合、ウォリアスに変化しているアスカでは勝てなかったかもしれない。
そう、それこそ、リディアが言っているような最悪な事態が起こっていたかもしれないのだ。
――もっと、強いドラゴンへ変化できるエーテルが欲しいな。
それこそ、星降りの霊峰で変化した『雷光龍ブリッツ・クティノス』レベルのドラゴンをストックしておきたいのが本音だ。あのクラスのドラゴンならば、ロード・オブ・トワイライト本体とも互角以上に渡りあえるだろう。
ただ……コレットの談だが、上位エーテルの入手難易度は相当に高いらしい。それこそ、以前、星降りの霊峰で手に入れたスターライトドロップぐらいの入手難易度なんだとか。やはり、力と言うのはそう簡単には手に入らないようになっているようだ。
閑話休題。
「ナターシャ! ナターシャ! アスカ兄貴とクリスちゃんが、ロード・オブ・トワイライトを撃退してくれたっすよー!」
そう叫びながら立ち上がったリディアは、馬車の幌の中へと飛び込んでゆく。
「それはそうと、ちゃん付け、止めて欲しいんですが……」
『諦めろ』
情けない表情で呟くクリスの言葉をサクッと両断して、アスカも幌の中を覗き込むと……中には、無造作に敷かれた毛布の上に、一人の少女が横たわっていた。
恐らくはクリスと同じ年ぐらいだろうか。
リディアと同じように純白の髪と獣耳を持った少女であり、まるで魔女のような三角帽子とローブを身に纏っている。見た感じリディアと同じ種類の獣人……確か、白狼族と言ったか。
「わぁ、僕と同じ年ぐらいの子だ……でも、何か様子がおかしいですね?」
クリスの言葉の通り、ナターシャと呼ばれた少女の様子がおかしい。
まるで、熱病におかされたかのように息が荒く、全身から滝のように汗を掻いている。それはリディアの気が付いているのだろう……軽く頬を叩いたりして意識を確認している。
「ナターシャ? ナターシャ! 大丈夫っすか、すごく辛そうっすよ……?」
「あ、姉さん……ロード……オブ・トワイライト……は?」
「アスカ兄貴と、クリスちゃんが力を貸してくれて撃退できたっすよぉー! もう、明日を迎えられないかもって心配しなくていいっすよ……!」
「誰……? こほっ、こほっ」
「あぁ、もう喋らなくていいっすよ。とにかく、今はゆっくり休むっす……」
「うん、ごめんね、姉さ……?」
と、その時ナターシャとクリスの視線が合った。
クリスはにこやかに微笑んで手を振るが……それに対し、ナターシャは怯える様にして毛布にくるまった。怯えられたということがショックだったのだろう、クリスがガクッと肩落とした。
「あう……っ」
『まぁ、そんなこともある。落ち込むな……』
顔を見られただけで村人から総スカンを食らったアスカよりはましだろう。というか、超絶美形のクリスですら怯えられたのなら、アスカは一体どうなってしまうのだろうか。
内心で何とも複雑な気分になっていると、リディアが困り顔で馬車から出てきた。
「あ、あはは……ちょっと、妹が熱を出してるみたいっす」
『その子がロード・オブ・トワイライトと何か関係を……いや、あの化け物は撃退したしな、もう関係のない話だろう』
こほこほと咳き込みながら、うなされているナターシャの姿を見て、アスカは追及を諦めた。さすがにこの場でそのことについて言及するのは可哀そうだろう。
――なにより、もう終わったことだしな。
『さて、帰るぞ、クリス』
相変わらず、あの化け物と再戦するような予感はヒシヒシとしているのだが……アスカがあまり深くかかわらなければ、それもあるまい。ともかく、今は心配しているコレットの元に帰ってやらねば。首を長くして待っていることだろう。
そう言って、帰ろうとした瞬間、ギュッとタテガミを握られた。
振り返ってみれば、クリスとリディアの二人が、別々の方向からアスカのタテガミを握っているではないか。
『……………………理由を聞こうか、まずクリス』
「アスカさん、助けてあげられませんか……?」
『お前ならそう言うと思ったよ……』
情が移ってしまったようだ。
というか、この少年の行動原理はコレットと非常に似通っている。アスカがブレーキを掛けてやらないと、二人そろって自爆へと突っ込んで行きそうで非常に怖い。
若干頭痛がする頭を抱えながら、次はリディアの方へと向く。
『んで、お前さんはまだ何か用があるのか?』
「アスカ兄貴、その力を見込んでお願いがあるっす!」
そう言って、リディアは一度馬車の中に戻ると、皮袋を持って出てきた。その中には……少量ではあるが、美しい宝石が入っていた。それを示しながら、リディアが真っ直ぐにアスカの顔を見てくる。
「アタシに雇われて欲しいっす! 報酬としてこの宝石を全てと……ちょ、ちょっとぐらいなら、アタシにエッチなことをしても良い権利を――」
『断る』
「あ、痛い! 乙女のガラスのハートにヒビが入ったーッ!!」
ぎゃーぎゃーと騒ぎつつ、地味にローキックを繰り出してくるリディアに辟易しつつ、アスカはため息交じりに答える。
『あのな、俺はもうすでに雇われの身なんだ。だから、お前に雇われてやる訳には――えぇい、脛目がけてローキックを繰り出すのを止めいっ!』
「えーアスカ兄貴枯れてるぅー」
『張り倒すぞお前』
ただ、ドラゴンに変身している今張り倒すと、割と致命的なことになるので、チョップもデコピンも我慢である。何とかリディアにローキックを止めさせると、アスカは腰に手を当てて思案する。
『だから、俺の雇い主に判断を仰ぐしかないわけだが……あー』
―――――――――――――――
「助けましょう!」
「やたー! ありがとうっす、コレット姉貴!」
「やっぱりこうなったか……」
リディアとナターシャをアトリエに連れてきて、コレットに事情を説明しての第一声がそれだった。アスカはアトリエの中で額に手を当てて、天を仰いだものである。
再度言わせてもらうが、コレットとクリスは極度のお人好しだ……やっぱりこうなったかとアスカはもう今日何度目かも知れぬ溜息をついた。やはり、あのロード・オブ・トワイライトと再戦する可能性があると言うのは、間違っていなかったようだ。
ここから、コレットがリディアの言うことを聞いて、ホイホイ話を進めていく……のだと、アスカは思っていたのだが――
「ただ、私が助けられるのは錬金術師として、です。それ以上の事態になった場合は、どうにもならないことを覚悟しててくださいね」
――おや?
「え、えー!? そ、それ以上の場合ってことは、つまり……」
リディアが恐る恐る聞いて来るのに対し、コレットは珍しいぐらいハッキリと言葉にした。
「戦闘でロード・オブ・トワイライトと呼ばれる存在を撃破しないといけないような状況に追い込まれた場合です。もちろん、そうなる前に何とかするように、錬金術師として手は尽くしますよ?」
「で、でも、でも、ロード・オブ・トワイライトを撃破できる存在は……」
ちらっ、ちらっ、とリディアがアスカの方を見る。
確かにそうだ。ロード・オブ・トワイライトを撃破できる力を持っている存在など、この世界にほとんどいないだろう……アスカだけの可能性もある。恐らく、リディアもコレットの力と言うよりは、アスカの力を欲してこの話を持ちかけてきただけに、予想外と言った所だろうか。
意外な話の成り行きに目を丸くしているアスカにニコッと微笑みかけ、コレットはハッキリと断言した。
「もしも、ロード・オブ・トワイライトが顕現した際、命を賭して戦うかどうかは……アスカさん次第です。私は、アスカさんを死地に送り込む権利も願望もありませんから」
「あ、アスカ兄貴ぃ……」
縋り付くような視線を送ってくるリディアに、アスカは何とも言えない表情を浮かべる。
「まぁ、コレットも錬金術師としてはかなりできる方だ。信用していい」
「もう、アスカさんったら、そんな……類まれなる凄腕の錬金術師だなんて……」
「そこまで言っとらん」
「あうっ!」
コレットの額に一割デコピンをくらわせながらも、内心では意外な気持ちでいっぱいだった。てっきり、アスカとしてはコレットも一緒に『アスカさん、何とかしてください!』と頼み込んでくるものだとばかり思っていたのだが……。
――まぁ、真意については後で尋ねてみるか……。
そんなことを考えているアスカの隣で、コレットとリディアは、熱を出したナターシャを診察するために、馬車の方へと向かって行ったのであった……。
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