第20話 ロード・オブ・トワイライト
『……ッ!? クリス!』
「はい!」
ドクン……と、まるで大きく鼓動を響かせるかのように、魔力の波動が強まったのである。禍々しい気配が一気に増し、周囲一帯の魔力が汚染されるように染まってゆく。
反射的に体が臨戦体制に移行する。それはクリスも同じようで、鞘に納めていた剣を再び抜き放って、馬車の幌に向けた。
ただ一人、この場でリディアだけが状況についていけずに目を白黒させている。
「いきなりどうしたっすか!? こ、この中のものを破壊しようというのなら、アタシが相手に――」
『言ってる場合じゃない!』
「え、え?」
次の瞬間だった。
まるで、別空間に潜んでいたかのように、虚空からずるりとガントレットに包まれた巨大な右腕が出てきたのである。それが何の前触れもなく……まるで、羽虫を叩き潰すかのような呆気なさで、リディアに向けて平手を振るってきた。
この巨大さだ……無造作な一撃であっても、十分に致命傷になりえる。
『くそっ!!』
「兄貴!?」
「アスカさん!」
反射的にリディアと右手の間に割り込み、アスカは大きく息を吸い込むと……ガントレットの右手に向けて、渾身の力で高密度魔力砲――ブレスを見舞った。ドラゴンによる全力の風属性のブレス……翠色の魔力の奔流が烈風を巻き起こし、その余波で周囲のなにもかもを薙ぎ払ってゆく。
デミドラゴンのレーザーブレスよりも、よほど強烈な魔力の奔流――しかし、ガントレットの右手は、難なく風のブレスを握りつぶした。
『ブレスが効かない!?』
「たぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
脇からクリスが飛び出してきて、剣で斬りつけるが……硬質な鎧の表面にはかすり傷すらつかない。それを見て、クリスが信じられないものを前にしたかのように目を丸くした。
「そんな、イクスエクレールの斬撃でも傷つかないなんて……」
『コイツ、強い……! クリス、戦闘特化のドラゴンに変化するから、少し時間を稼いでくれ! できるか!?』
「……ッ!! できます! やってみせます!」
『頼む! それと、予備のエーテルを渡してくれ!』
魔法を連続で放ちながら、果敢に切り掛かるクリスは、予備のエーテルが入った皮袋をアスカの方へと投げ放つ。それを口で受け取ったアスカは、鎧の右手から距離を取る。
そして――
■選択エーテル
・『力』Lv4
・『強化:力』Lv4
・『強化:力』Lv4
『其は勇猛にして果敢なる戦士! 幾多の戦場を経て、生死の狭間で得た誇りを今こそ叫べ! いざ顕現せよ! 汝の名は――ウォリアス!!』
三つのエーテルが弾け飛び、次の瞬間にアスカの体は光に包まれる。
昼夜を逆転させる程の光量で輝いたアスカは、その姿を大きく変え……そして、顕現する。現れたのは、白銀の色をメインに据えた、鎧にも似た装甲を持つ近接特化型ドラゴンだった。
月光を受けて煌めく黄金のタテガミを風になびかせ、ドラゴン――ウォリアスは大きく右手を天に向けて掲げる。
すると……それに呼応するように月光が束となって右手に収束する。
アスカはそれを握ると、大きく振り抜いた。月光の残滓を輝かせながら現れたのは、片刃の巨大な大剣だ。
今までアスカは大剣など握ったことはないが……どう扱えばいいのか、それはウォリアスとなった自分自身が一番よく知っている。
『いぃぃぃぃくぞぉぉぉッ!!』
防御を捨てた大上段の構えから、一気に鎧の右腕へと接近する。
そして、クリスが下がったタイミングで、渾身の力で剣を振り抜く。金属と金属がぶつかったとは思えないような爆音と共に、初めてガントレットの右手が弾き飛ばされた。
月下にて、砕けた鎧の破片が散り、キラキラと輝く……そして、それを見たリディアが、信じられないと言わんばかりに目を丸くした。
「すごいっす……ロード・オブ・トワイライトに有効打を与えるなんて! 初めて見たっすよ!」
リディアが驚きの声を上げるのを聞き、アスカは一足飛びに後退する。視線だけで横を見てみれば、リディアもまた槍を構えて臨戦体制に移行していた。
『ロード・オブ・トワイライト……?』
「そうっす。まぁ、アタシも詳細は知らないんすけど……あの巨人はそう呼ばれてるっすよ」
直訳すれば『黄昏の支配者』――大仰と言っても過言ではないその呼び名だが、その理由をアスカ達はすぐさま理解することになった。
まるで、怒りに震えるようにロード・オブ・トワイライトの拳が震えると……次の瞬間、茜色の炎に包み込まれたではないか。その様相はまさしく燃える拳。その熱気だけで、地面に生えていた下草が燃え上がり灰と化した。
『クリス! リディア! 近づいたら焼き殺されるぞ!』
「大丈夫です、精霊の加護がありますから! 僕に魔法は効きません!」
「パルシェイザーっていう気迫で風を纏う技があるので、たぶん何とかなるっす! まぁ、直撃したら死ぬっすけど、今更っすね」
『……お前ら、スゴイな』
ドラゴンと化しているアスカはともかくとして、生身の人間である二人がこの熱量を前にしても大丈夫と言い切れるのは大したものである。というか、『精霊の加護があるから魔法が効かない』は冷静に考えると凄まじいのではないだろうか。
だが、それ以上アスカが考えるのを拒むようにロード・オブ・トワイライトが拳を振るってくる。
熱量も圧倒的だが、その質量も十分に脅威となりうる。この威力に真っ向から対抗できるのはアスカを置いて他にいない。
『はぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!』
アスカは最前線に躍り出ると、向かってくる拳の側面に、大剣を横殴りに叩き付けた。
燃える拳打を真っ向から迎え撃つのは流石に分が悪い……この場合、正面から受け止めるよりも、側面に力を与えて逸らす方が良い。
鎧が砕けて破片となり、炎が千切れて夜風に舞う。側面を凄まじい勢いで通り過ぎてゆくロード・オブ・トワイライトの拳に、内心で肝を冷やしながら、アスカは高く跳躍。
そして、ガントレットの最も弱い箇所……稼働する中指の関節に向けて、全体重と腕力を乗せた唐竹割りを繰り出した。
轟音と共に火花が散り……そして、盛大な破砕音と共に、ロード・オブ・トワイライトの中指があらぬ方向に曲がった。人間で言うならば、逆関節にへし折られたようなものだ。
次の瞬間、まるで、鮮血が吹きだすかのように、ガントレットの隙間から闇が迸る。そして、ロード・オブ・トワイライトの腕が悶えるようにのた打ち回る。
『よし、行けるぞ!』
「好機! 我が剣に宿れ氷雪! アイシクル・ブレイドッ!!」
「続くっす! 行け、パルシェイザー!!」
大剣そのものに氷の魔法を宿らせたクリスと、槍を中心にして全身に風を纏ったリディアが続く。示し合わせたわけではないだろうに……クリスとリディアの攻撃が、見事に手首へと集中する。ここも可動域であり、弱点ではあるはずだが――
オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!
禍々しい魔力の鼓動と共に、不可視の衝撃派が放たれ、その場にいた全員に襲い掛かった。ロード・オブ・トワイライトとしては、一端、距離を取るつもりなのだろう……だが、クリスとリディアが背後に飛んだのに対し、アスカは衝撃波自体をキャンセル。
『ふんッ!』
魔力の波動を剣で叩き斬ると言う荒業を成し遂げ、最接近。クリスとリディアが攻撃を当てた部位に、違わず唐竹割りを叩き込む。
そして、その場で鋭く旋回――手首の真下から切り上げを見舞う。
手首を挟むように繰り出された神速二段。派手に打ち上げられた前腕の下をくぐる様にして、アスカは再度ダッシュを掛ける。目指すは……ロード・オブ・トワイライトの肘だ。
『せぇぇぇぇぇぇッ!!』
猛チャージからの全力の刺突が、ロード・オブ・トワイライトの肘に突き刺さり、貫通する。
『ぬぅぅぅんッ!』
そして、そのまま上腕と前腕を切断するかのように、ロード・オブ・トワイライトの闇を切り払う。夜闇にロード・オブ・トワイライトの絶叫が響き渡り、アスカのトドメの一撃で完全に腕が切断される。切断面から、どろりと、粘性のある闇が溢れ出し、地上を染め上げる……その闇に触れた地面が燃え上がっているところを見るに、まるで、燃焼するタールのようである。
『はぁ……はぁ……まだ来るか……ッ!!』
「アスカさん、スゴイです……まるで、荒神のような戦いぶりですね」
肩で息をして、剣を上段に構えるアスカの隣で、クリスが驚嘆している……実際、戦っているアスカ自身も、ここまで自分が動けるとは思ってもみなかった。
恐らくは、アスカが変身しているドラゴン――ウォリアスの持って生まれた能力なのだろう。凄まじく重く、速い、連続攻撃であった。
アスカ、クリス、リディアが警戒をしていると、ずるずると、ロード・オブ・トワイライトの上腕が虚空へと引きずられて退却してゆく。
その時、確かにアスカは見た……ここではない虚空の中から、ロード・オブ・トワイライトの本体がアスカを見ていたことを。虚ろなその視線に背筋が寒くなるのを感じながら、アスカは烈火の如き視線で睨み返す。
そして……ロード・オブ・トワイライトが虚空へと完全に退却すると、まるで、先ほどまで激戦が行われていたこと自体が嘘であったかのように、静寂に包まれた。
この段に至って、ようやくアスカは警戒を解いて、両手大剣を下ろした。
『ふぅ……滅茶苦茶しんどい相手だったな……』
「そうですね、ドラゴンと右腕一本で戦えるような、人知を超えた存在がいるなんて……世界は本当に広いです……本体はどれだけ大きいんだろう」
クリスが、地面に転がったロード・オブ・トワイライトの前腕部を眺めながら、呟く。すると、まるで水の中に熱した石を投げいれたような蒸発音と共に、ロード・オブ・トワイライトの右腕を構成していた闇が消え去った。
残ったのは……巨大なガントレットだけである。
――持って帰ってコレットに解析してもらうかな……。
あんまり触りたいものではないが、もしも、再戦するようなことがあった場合、解析できていた方が良いだろう。これは直感に過ぎないのだが……あの化け物とは、もう一度、相見(あいまみ)えるような気がしてしょうがないのである。
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