第19話 白狼のリディア・クレッフェル
ドラゴン変身――それが、星降りの霊峰にて、アスカがコレットとの契約を経て得た能力だ。
この半月間、様々なエーテルを使ってドラゴン変身を試してきたが……幾つかのことが分かっている。
まず、一回の変身で使えるエーテルの最大数は三つ。
二つ目は、この三つのエーテルの組み合わせ方によってドラゴンの形態・能力が変わるということ。
三つ目は、エーテル自体にも質があり、これが高ければ高いほどに、変身後のドラゴンの能力にも関わってくるということ。
四つ目は、上位エーテルを使わなければ、上位のドラゴンにはなれないということ。
例えば、星降りの霊峰で使った『雷禍』だが、これ一つあるだけで上級ドラゴンである雷光龍ブリッツ・クティノスへと変身できるが……下位の『雷』のエーテルを三つ同時に使っても、ブリッツ・クティノスへは変身できなかった。
つまり、上級のドラゴンになるためには、上級&上質なエーテルを使う必要があるのである。
「アスカさん、この魔力の波動は何なんでしょうか……僕、こんな禍々しい魔力の波動、今まで感じたことありません」
『俺もだよ、クリス。何にせよ、ろくでもないモノが待ってるんだろう。気を引き締めろよ』
「はい! 分かりました!」
そして、現在、アスカが変身しているルシェルドラドは、風の属性を持つ下位のドラゴンだ。高い移動力を有するものの、継続戦闘能力が低いという特徴を有している。
ただ、『強化』のエーテルによって力と魔力が上昇しており、十分に戦闘にも耐えうる能力となっている。まぁ、下位と言ってもデミドラゴン並みの戦闘能力はあるのだが……それはさておき。
『見えてきたぞ』
そう言ったアスカの視線の先、止まっている馬車と、それを取り囲む男達の姿が見えた。
魔力の波動が放たれている源は……馬車の幌の中だ。だが、どうも様子がおかしい。
『商隊かと思ったが……あれは戦ってるのか?』
「僕にはまだよく見えませんが、襲われているんですか!?」
暗闇の中で刃物と刃物が激突するたびに甲高い音と、火花が散る。
目を凝らしてみてみれば、純白の髪を持つ女性が多数の男達と刃を交わしているではないか。男達の身なりをみると、薄汚れた硬革の軽鎧や、刃が欠けた剣を身に着けている……アスカは盗賊というものを見たことはないが、その装備の統一感の無さは、暴漢のそれに通じるものがあった。
何より……男達が、聞くのも嫌になるような下卑た言葉を女性に向けて投げかけているのが不快であった。この場にコレットがいなくて良かったと、アスカは心の底から思った。
対して女性だが、一方的にやられているのかと言われると、むしろ逆で……長槍を軽々と操り、男達を圧倒している。
その姿たるや、まさに鋼の嵐の如し。
動き自体は踊るかのような軽やかなものであるのに対し、その一撃一撃は凄まじく重い……今も、襲い掛からんとしていた男の首が一瞬で刈り取られた。
『うわ、グロ……』
「アスカさん! 僕も援護してきます!」
『あ、ちょっと待て!?』
静止の言葉も聞かずに、クリスはアスカの背中から飛び降りると風を纏って着地。そして、剣を抜いて猛烈な勢いで男達にチャージを喰らわせた。
『義を見てせざるは勇無きなり』を体現していると言うべきか……この少年、一度火が付くと、火の玉のように突っ込んで行くのが玉に傷である。
『ちっ! しょうがない……!』
乱戦の中に飛び込んで、片っ端から男達を昏倒させているクリスを見て、アスカは舌打ち一つ……これはアスカのエゴかもしれないが、できればクリスには人を殺してほしくない。
アスカは男達のすぐ傍に降り立つと、大きく息を吸い……大声で咆えた。
『ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!』
空気が撹拌され、激しく鳴動する。
人知を超えた存在の咆哮に、クリスを除いた誰もが唖然として口を開いた……それはそうだろう。まさか、こんな場所に唐突にドラゴンが現れるとは思っても
「な、何でこんな所にデミドラゴンが!?」
「逃げろ! 食われるぞ!?」
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃッ!!」
『デミじゃねーっつぅのに……』
正真正銘本物のドラゴンだと主張したいが、デミドラゴンだと思わせておいた方が色々と都合がいいだろう。蜘蛛の子を散らすように逃げてゆく盗賊の男達を、白けた目で見送ったアスカだったが……ただ一人、アスカに相対する者がいた。
「一体……何が起こってるっすか……?」
突然現れた少年剣士と、巨大なドラゴン……混乱するのも無理はないだろう。
ただ、この女性、唐突に表れたドラゴン状態のアスカを前にしても、構えを崩すつもりはないらしい。いつでも戦えるように臨戦態勢のままだ……凄まじい胆力である。
『クリス、説明してやってくれ……俺からだと色々ややこしい』
「あ、はい。分かりました! あの、そこの方、大丈夫でしたか?」
「あぁ、美少年剣士君、さっきは助かったっすよー! どーもどーもっす」
敵ではないと認識してくれたのだろう……女性は槍を収めてぺこりとこちらに頭を下げてきた。近くで見てみると精悍な顔立ちをした女性だ。
短めに切りそろえられた純白の髪に、ピンと立った獣の耳……アスカは初めて見たが、どうやら彼女は亜人――その中でも獣人と言われるタイプ――のようだ。
瞳の色は鮮血を思わせる妖しい真紅。
年の頃は恐らくアスカよりも少し下……コレットと同い年ぐらいだろうか。
上半身はタンクトップの上から革のジャケット、下半身はホットパンツとパッと見は軽装だが……膝丈まであるアサルトブーツに、手にはガントレットがはめられている。
そして、何より……その防具が体の一部にしっくりとくるほどに馴染んでいる。それはつまり、それだけこの防具を身に着けて戦ってきたことを示している。
女性はクリスを見て、それからアスカを見上げてから目を細めた。
「うーん、通りすがりの美少年剣士に、見たことのない種類の喋るデミドラゴン……えーっと、どういう組み合わせっすかね?」
「…………改めて問われると、僕とアスカさんの組み合わせって、どう説明すればいいのか、難しいですね」
『友達で良いんじゃねーの』
「わぁ、光栄です!」
キラキラと目を輝かせるクリスに、アスカはふぅ、と吐息をつく。
『喜んでくれるのは嬉しいが、話が逸れてるぞ……あーそこの女性闘士さん。こっちの美少年剣士の名前はクリス・フィルエット。そして、俺の名前はアスカという。一応人間だ』
「え?」
『言いたいことは分かる。だがそういうもんだとこの場は飲み込んでおいてくれ』
「は、はぁ、分かったっす」
表情に疑問を浮かべながらも、女性はうんうんと頷いた。アスカ本人が言っておいてなんだが、随分と柔軟な思考を持っているようだ。
そんなアスカの言葉に、女性はニッと犬歯を見せるような笑みを浮かべた。
「アタシは白狼族のリディア・クレッフェルっす。気安くリディアと呼んでほしいっすよ、クリスちゃん、アスカ兄貴」
「ぼ、僕は男です!」
『兄貴ってお前……まぁ、良い。よろしく、リディア』
随分気安い女性である。まぁ、変に偏屈な相手よりは相手にしやすいのは確かだ。
オホンと、アスカは咳払いを一つすると、改めて視線を馬車の幌の方へと向けた。
『それでなんだがな……俺とクリスは強力な魔力の波動を感知してここまで来たんだ』
「そうなんです。今まで感じたことのない禍々しい気配だったものですから、見過ごせなくて……あの、その馬車の幌の中には何があるんですか?」
アスカの言葉をクリスが引き継ぐ。
相変わらず正義感の強い少年である。ちなみにだが、アスカがここにいる理由は、コレットのアトリエに何らかの影響があるのではないかと心配したからだ。
そんな二人の疑問に、ギクッと分かりやすくリディアが身を引く。
「げ、そんなこと言われての初めてっすよ……」
『心当たりはあるんだな』
アスカの問いに、リディアはどこか気まずそうにポリポリと頭を掻いた。
「いやー心当たりはあるっちゃあるんすけど……アスカ兄貴と、クリスちゃんは、それを知ってどうするつもりなんすか?」
そう言葉を発するリディアは、顔で笑ってこそいるものの、その瞳は真剣そのものだ。
誤魔化しやおためごかしは許さないと……瞳でそう伝えてくるリディアに対して、アスカは大きくため息をついて、覚悟と共に言葉を紡ぐ。
『モノによっては破壊する』
「それが人間でもっすか?」
『…………』
即座に切り返された言葉に、アスカは黙り込む。
それが例え人間であっても、コレットやクリスに危害が及ぶと判断した場合は、破壊も止む無しだと……頭の冷酷な部分がそう呟いていたのである。
だが……。
「それが人なら……事情があると言うのならば、絶対に救ってみせます!!」
そんなアスカの葛藤をまるで一刀両断するかのように、クリスが一歩前に出て宣言する。
一切の躊躇いを含まない、いっそ清々しいほどの熱い言葉にアスカだけではなく、リディアまで目を丸くする。そして、彼女は力を抜いたような笑みを浮かべた。
「あはは……うーん、そう言ってくれるのは嬉しいんすけどねぇ。でも――」
だが、リディアの言葉は最後まで続かなかった。
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