第18話 魔力の波動

「はい、夕飯できたぞ。今日はラム肉使ったシチューだ。一応、ビネガーを使って臭み抜きはしたが、それでもちょっと生臭いかもしれん。まぁ、勘弁してくれ」

「わーい! 晩御飯ですー!」


 アスカとコレットの再契約が成立してから三日後、アトリエは深緑の谷エステリア村を出発して北西の方向に進路を取って飛行を開始していた。錬金都市アルケミアのある方向である。

 一応、今回は食料と燃料をたらふく詰め込んだので、前回のようにアスカが片腕をハッチに突っ込んだままということはない。

 そして、その旅程の一日目……アトリエは空を飛びながら夕飯時となっていた。こうして食事をしたり、寝たりしても、勝手に移動してくれるのがこのアトリエ最大の利点であろう。

 そんなアトリエの夕飯には、アスカ、コレット、エリアルの他にもう一人来客が座っていた。


「すみません、僕までお世話になってしまって……」

「気にしないで良いんですよ、クリスさん! むしろ、冒険者なのに無料で護衛を引き受けてくれたことに感謝したいぐらいです!」


 そう、クリス・フィルエットが椅子の上で小さくなっていたのである。

 今回の錬金都市アルケミアに行くに当たり、折角だし『見聞を広めたい』と言っていたクリスを誘ってみようということになったのである。


 隣街であるリンナイのギルドに所属して半月――この少年は当然のごとく頭角を現した。

 星降りの霊峰に行った時はEランクだった冒険者クラスは、すでにBランクまで上昇しており、この昇格速度は前代未聞だと騒がれている。

 おまけに、アンティークドールのような端正な容貌も手伝ってか女性に人気であり、引っ切り無しに色んな依頼に引っ張られているんだとか。そんなクリスだが、それほど忙しい中にあってもコレットのアトリエには足繁く通っており……クリアポーションのお得意さんでもある。


 今回の旅にも二つ返事で頷き、無料で護衛を引き受けてくれるほどだ。

 アスカとしても、星降りの霊峰での活躍もあって、この少年に対する信頼度は高い。護衛をしてくれるなら頼もしいことこの上ない。


「クリスは錬金都市アルケミアに行くのは初めてか?」

「はい! 父上と母上から色々と話は聞いていたのですが……実際に街を訪ねたことはありません。錬金都市アルケミアと言えば、魔導の塔マニミクにも劣らない程に様々な研究がなされ、全世界から天才と呼び声の高い頭脳が集まると聞きます。これから行くのが楽しみです!」

「ほぉ、全世界から天才と名高い頭脳が……ね」


 無言で胸を張っているコレットを若干白けた目で見ながら、アスカは答える。

 話に聞いた程度だが……コレットは錬金都市アルケミアにある錬金術師学校を卒業して国家資格を持っているはずだ。ということは、それ相応のレベルには達しているはずだが……普段の生活を見ていると、とてもそうには見えない。

 そんなアスカを見かねたのか、エリアルがため息交じりに補足する。


『一応言っておくけどね。コレットは座学に関して言えばその年度の首席だったんだよ』

「はぁ!? コレが!?」

「あ、コレって言った! アスカさん、今、私のことコレって言いましたね――!?」


 ぎゃーぎゃーと口喧嘩を始める年長組とは対照的に、クリスは素直に目を丸くしている。


「すごい! 錬金術師学校の主席と言えば、錬金都市アルケミアどころか、首都にある王立研究所から誘いが来るレベルの人材ですよ! そんな人材が何で在野に……?」


 驚きと疑問を素直に口にするクリスに対して、コレットは照れたように笑ってみせる。


「あ、あはは……私、座学は主席だったんですけど、幻獣と契約できなかったせいで実技は最下位だったんです」


 そう言って、アスカのシチューを口に運びながら言葉を続ける。


「確かにクリスさんが言ったように、王立研究所からお誘いも貰っていたんですけど……私は故郷のエステリア村に今までの恩返しがしたかったし、何よりも錬金術を世界の困っている人のために使いたかったんです。だから……研究者の道を選ばず、在野で活動をすることを選んだんです」

「な、なんて崇高な理念……! 凄いです! 僕も見習いたいです!」


 コレットの言葉に目をキラキラさせる純粋な少年と、そんな少年からの尊敬の念を浴びて胸を張るコレットの図ができあがる。そんな二人を少し遠くから見ながら、アスカはエリアルにそっと声を掛ける。


「言う人間が違ったら、立派な偽善者のできあがりだな」

『そいつは同意するけど、アンタも大層根性がねじ曲がってるねぇ』

「余計なお世話だ」


 先ほどのセリフは、コレット・ルークウッドという、命を懸けて他人にお節介を焼ける少女だからこそ、形になった言葉である。もしも、他人が同じ言葉を口にしたら、アスカはその人間のことを相当に白けた顔で見たことだろう。


 まぁ、それと同時にアスカという人間の精神年齢が、実年齢に対して妙に高いということもあるだろう。枯れているというか、人生に対して変に悲観的というか。


「だから、アスカさんと巡り合えて、こうして契約を結べたことは私にとって本当に嬉しい事だったんですよ! お母さんが残してくれた設備も使えるようになったし! 自由自在に錬金術ができるようになったし! これからが本当に私の錬金術師人生の始まりなんです!」

「わぁ! つまり、二人は運命に導かれて出会ったんですね!」

「そうです!」

「盛り上がっている所悪いが、冷める前にシチュー食えよ」

「はーい!」

「はーい!」


 幼稚園の保母さんってこんな感じなんかね、と思いながら、アスカはシチューにパンを浸して口に放り込む。自分で作っておいてなんだが、なかなか美味くできている。


 ――次は燻製でも作ってみるかな……ん?


 ぼんやりと次の料理のことについて考えていた……その時だった。


 全身の皮膚が粟立つような、凄まじい魔力の波動を感じた。まるで、直接皮膚に氷を押し当てられたかのような感触……今までに、感じたことがないレベルの魔力だ。

 反射的に魔力の波動を感じ取った方角へと顔を向ければ、そこには何もない……アスカはシチューを置いて立ち上がると、窓へ歩み寄り、開け放って外を眺めた。

 視界の中には何も映っていない……だが、相変らずその凄まじい魔力の波動は健在だ。振り返ってアトリエの中を確認すると、コレットとエリアルは怪訝そうな表情をしている……恐らく、魔力の波動を感知できていないのだろう。


 対して、クリスは腰を上げて、鞘に収まった剣を手にしている――この場にいる者で、唯一この波動に気が付いているのだろう。ドラゴンとしての能力を持ったアスカはともかくとして……クリスはどうしてこの魔力の波動を感知できたのか。

 本当に底の知れぬ少年である。


「クリス、行けるか?」

「はい、お供します!」

「え、あの、ちょ、なにがあったんですか!?」


 何が起こっているのか分からず慌てるコレットを横目に、アスカはアトリエの方へと飛び込む。

 そして、そこに置いてあったエーテルの山へと手を突っ込んだ。

 これらのエーテルは、今までたらふくコレットが錬金術を行使した際に出てきた、副産物である。あくまでの副産物であるため、質はよくないが……それでも、これだけの量があれば十分だ。


「『疾風』と『強化:力』、『強化:魔力』の組み合わせで良いかな……質は悪いが、三つあれば充分だろ。コレット、ドラゴンになるからこの中から幾つかもらっていくぞ!」

「え!? それは良いですけど一体何が――」

「説明は後だ! クリス、背中に乗れ!」

「はい!」


アスカはそう言ってアトリエの扉を開け放つと、一切の躊躇いもせずに虚空へと身を躍らせた。重力に引かれて落下する中で、エーテルに集中。

 そして……それを、渾身の力で握り砕いた。

 

 

 ■選択エーテル

 ・『疾風』 Lv3

 ・『強化:力』 Lv2

 ・『強化;魔力』 Lv3


 「其は風の申し子! 今、真翠の翼を羽ばたかせ、無限の蒼穹へと舞い上がらん! いざ顕現せよ! 汝の名は――ルシェルドラドッ!!」

 

 

 砕かれたエーテルの破片がアスカの掌に吸い込まれ、次の瞬間にはアスカの姿は光り輝き、巨大なドラゴンへと変貌を遂げていた。『強化』のエーテルによって力と魔力がワンランクアップした風属性のドラゴン――ルシェルドラドが顕現である。


 腕が翼になった翼竜に似たドラゴンだ。


 その翼には『疾風』のエーテルが付与されており、風がなくとも高速で飛翔することが可能となっている。本来は、飛ぶことに特化しているがために力も魔力も、他の変身できるドラゴンに比べて弱いのだが……『強化』のエーテルによって戦闘も十分に可能になっている。

 翼を強くはためかせて高度を上げると、アスカに続くようにアトリエから飛び出してきたクリスが、背中に飛び乗ってくる。


「土足にて失礼します!」

『おう、それじゃ行くぞ! しっかりつかまっておけ!』

「あ、ちょっと! アスカさん、クリスさん、どこ行くんですか――――!!」


 コレットの叫び声を背中に聞きながら、まとめて空気の壁をぶち破って加速。

 アスカとクリスの姿は夜の闇へと消えていったのであった……。

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