第17話 旅に出ます、探さないでください
「二、三日後に旅に出ようと思う。今まで世話になったな」
アスカがこのアトリエで世話になってからそろそろ半月。
朝食の席でアスカがそう切り出すと、コレットは美味そうにオムレツを食べていた手を止めて、まじまじとアスカの顔を見つめ返してきた。ちなみに、今日のオムレツはアスカが作ったもので、バターと牛乳がふんだんに使われたふわっふわの一品だ。
毎日、コレットが腕によりをかけて作る料理が、いい加減胃壁に穴を開けそうだったため、アスカが代わりに作ったのだが……どうやら、記憶を失う前の自分は料理が得意だったようで、サクサクッと作れてしまった。
そんなアスカの作った料理に対するコレットの寸評は『なかなかやりますね……』だった。何をライバルキャラのようなこと言ってるんだコイツ……と、アスカは心の中で思ったものだった。
閑話休題。
「あの、旅に出るって……何日後にお帰りになるんです?」
「いや、帰らないぞ? 元いた世界への帰還方法を探す旅だから、もう帰ってこない」
「え――!! アスカさんがいないと私まともに錬金術できなくなって困りますよぅ! け、契約もしたじゃないですか! 幻獣契約したじゃないですかー!」
ガタンと椅子から立ち上がって言うコレットに、アスカは悟りを開いた聖人のように爽やかで淡い笑みを浮かべた。そして、指を二本立てる。
「理由の一つを教えてやろう……俺達、今、何徹目だ?」
「四徹目の朝です」
「給料もでねーのに寝る時間すら無く、馬車馬真っ青の勢いで働かされてりゃ、そら出ていきたくもないわ―――!!」
天に向かって悲鳴のようにアスカは叫んだ。
この半月間、数日間徹夜して、睡眠をとって、また数日間徹夜して、睡眠をとって……と地獄サイクルを繰り返しているのである。
まぁ、何だかんだで付き合っているアスカも大概人が良い。
ちなみにだが、コレットもアスカも、目の下に濃いクマができている……明らかに寝不足のそれである。すでに肌もぱっさぱさだし、髪も変な方向に跳ねまくっているし、目も若干焦点が合っていないのは、まぁ、徹夜のお約束と言ったところか。アスカなんぞ、もともと悪人面が五割増しで凶悪になっている。
アスカの指摘に、アハハ、とコレットは虚ろな笑みを浮かべた。
「いやぁ、アスカさんと契約したおかげで、自由自在に錬金術ができるのが楽しくて……ついつい、寝る時間を惜しんでしまうんですよね」
「寝る時間を惜しみ過ぎだ……俺はもう朝飯食ったら寝るぞ……」
「あ、はい、了解です……私もそろそろ限界ですし、寝まふ……」
ふわぁぁ、とコレットがあくびをしながら言う。ちなみにだが、エリアルはアスカ達を尻目にしっかりと睡眠をとっており……現在もすやすやと部屋の隅で眠っている。
そして、アスカは二つ目の指を突きだし、それを折り曲げる。
「徹夜の件はまぁ、いい。根本的な理由はこっち……コレットの錬金術師としての活動圏が、エステリア村を中心にしてるってことだ」
「あの……それのどこら辺がまずいんですか?」
首を傾げで聞いてくるコレットに、アスカは頭を振って答える。
「錬金術師の活動として悪いってことはないさ、コレットはよくやっていると思う。ただ……俺はできれば早めに元の世界への帰還方法を探したいんだ。失った記憶も取り戻さないといけないし……誰かが俺のことを待ってるかもしれない」
そう言って、アスカは最近になって覚えた国の名前を口にする。
「剣の国エルメールもまだ全土を旅した訳でもないし……それに、ウィンフィールド、セントドラグニア、ヒュレイズ連合国にも行ってみないといけない。少なくとも、コレットの活動圏内に俺がこの世界に来た手がかりは無いだろうしな」
この世界にある国は全部で四つ……そのどれもが特徴を持っている。
多種多様な人種が交易を行い、昨今では魔導の研究も盛んな剣の国エルメール。錬金都市アルケミアもこの国にあり、コレット達もこの国で活動をしている。
排他的でエルフの許可なく入国することができない魔法の最先端を行くウィンフィールド。現在、アスカが最も有力な手掛かりがあるのではないかと睨んでいる魔法の国である。
北方にある雪と氷に閉ざされた亜人達の連合国家であるヒュレイズ連合国。多種多様な亜人たちが集まる地であり、その土地土地によって様々な風習があるのだという。
ドラグニア教の中心であり、龍の聖女フィオナ・ノインが代表を務めるセントドラグニア。ドラゴンであるアスカと関わりが深い地であり、ここにも足を運ばなければと思っている。
当然のことだが、この世界のどこかにアスカがこの世界に呼び出された理由があるのだろう。だが、現在は、深緑の谷エステリア村を中心として、その周辺地域に対して働きかけを行っているような状況だ。このまま、コレットのアトリエで働き続けていても、元いた世界の情報を得ることはできないだろう。ザックリと言ってしまえば、活動範囲が狭すぎるのだ。
アスカの言葉をうんうんと聞いていたコレットは、けれど、慌てる様子もなくフッとニヒルに(本人基準)笑った。
「なぁんだ、アスカさんはそのことに関して悩んでいたんですね。もっと早く言ってくれればよかったのに」
「ん? 解決策でもあるのか?」
「はい! 実は、ここ周辺で活動していたのは錬金術師としての勘を取り戻すため……そろそろ錬金都市アルケミアに行って、本格的に錬金術師ギルド所属員として活動しようと思っていたのです!!」
ぱんぱかぱーん! と背後に擬音が出そうな勢いでコレットが言う。良く状況が飲みこめていないアスカの前で、コレットはギュッと拳を握りしめて熱弁する。
「錬金術師ギルドからは多種多様な依頼が出されますが、基本的に錬金術師は自分が拠点としている所から近い所の依頼を受けることが多いのです! 移動の話は以前しましたよね?」
「あぁ、そうだな。確か、たくさんの道具を持って移動するだけで、多額の資金と手間が発生するんだったか」
大名行列に例えてその事柄を理解した覚えがある。
頷くアスカに、コレットは両手を大きく広げてみせる。
「そうです! しかーし! 私の場合はこの空飛ぶアトリエがあります! 錬金術師ギルドから依頼を受けて、全世界を渡り歩くことができるのです! 私のお母さんもこんな感じで全世界を股に掛けていたので『エステリアの碧き風』と呼ばれていたんですよ! 錬金術師ギルドのランクも最高評価のSでした!」
「ほぅ……ちなみにコレットの評価は何なんだ?」
「………………Fです」
「さよか」
「で、ですが、それは、幻獣契約ができずにまともに錬金術ができなかったからです! アスカさんが一緒にいてくれれば百人力! 私、これでも結構優秀な錬金術師なんですよ!」
「さよか」
「あ、信じてない! スゴイ白けた顔してます! 本当なんですってばー!」
さすがにこのポンコツの塊みたいな少女が優秀とか言われても、信じるのはなかなかに難しい。とりあえず、オムレツの添え物であるウインナーを一本やることにした。
わーい、と喜んでモグモグしているコレットを横目に、アスカは考え込む。
――悪い提案ではない。
アスカとしても別にこのアトリエを積極的に出ていきたいという訳ではないのだ。コレットが、錬金術師ギルドの依頼を受けて、全世界を動き回るというのならば、これからもコレットに力を貸すのはやぶさかではない。
それに、この少女はどこか頼りないというか、放っておけないところがある。アスカを必要としてくれるなら、力を貸してやりたいという想いはあるのだ。
そんなことを思いながらコレットの方を見れば、コレットも上目遣いでアスカの方を見ていた。どこか寂しそうな……眉を下げた表情をしたままに彼女は口を開く。
「アスカさん、だから出ていかないでください……幻獣契約の件はひとまず置いておくとしても、アスカさんがいなくなったら寂しいです……。一緒にがんばりましょうよ……」
「う゛……」
色々と卑怯だなぁ、とアスカはしみじみと思う。
これが計算ずくで言われた言葉ならば、一瞬で白けたことだろうが……この少女の場合、演技でそんなことが言えない性格だということは百も承知だ。そもそも、冒頭のセリフだって平然としているようで、相当に精神力を使ったのだ……こんなこと言われたら、出ていくとは言えなくなってしまう。
と……その時、くっくっくっく、と忍び笑いが聞こえてきた。
声の方を向いてみれば、エリアルが笑いをこらえきれないと言った様子で、顔をそむけているではないか……。どうやら、寝たふりをしてすべて聞いていたらしい。
『男はバカだねぇ……くっくっく……』
顔面が痙攣するのを抑えきれないが……強めに咳払いをして切り替えると、再度コレットを真正面から見据える。
「よし、分かった。そういうことならこれからも力を貸そう」
「わーい! やったぁ――!」
「ただし! 徹夜は可能な限りしないようにすること! そして、俺にも少し自由時間をくれ……色々と調べたりしたいこともある」
「あ、なら私もその時は手伝いますよ。アスカさんには錬金術を手伝ってもらってますし。それに……もしも、アスカさんのことを待ってらっしゃる家族の方がいるなら、早く帰ってあげないと。家族は大切ですよ、とっても……」
何かを懐かしむように、コレットは言う。
エリアルと二人暮らしであることと、何か関係があるのかと思ったが……さすがにそのことについて言及できるほど、アスカの面の皮は厚くない。
「なんにせよ、交渉成立だ。よろしくな、コレット」
「はい! よろしくお願いします、アスカさん!」
そう言って、コレットは輝かんばかりの笑みを浮かべたのであった……。
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