第15話 エピローグ 龍の聖女フィオナ・ノイン

 大陸に深く根付くドラグニア教……その総本山ともいえる国がセントドラグニアだ。


 国土は大陸に存在する全ての国――『剣の国エルメール』『ヒュレイズ連合国』『翠の国ウィンフィールド』『セントドラグニア』の四つ――の中で最小であり、剣の国エルメールの十分の一程度しかない。だが……その影響力は他国など比較にならない程に強い。


 その理由は諸処(しょしょ)あるのだが……その最もたるものが、この国がドラグニア教の総本山であり、各国に山のようにいるドラグニア教徒達の聖地となっていることだろう。もしも、セントドラグニアを攻め滅ぼそうとする国が現れれば、その瞬間、各国にいる熱心なドラグニア教徒達によって国の内側から滅ぼされてしまうことだろう。


 まさしく、国をひっくり返すほどの暴動が発生することは火を見るよりも明らかである。

 そんな理由もあって、この国は最小の国土でありながらも、誰からも手を出されずに今の今まで存続しつづけてきた。それに……この国を治めている歴代の『龍の聖女』が平和を尊び、各国の緩衝剤になってきたということも一つの要因だ。


 そして、今代の聖女――フィオナ・ノインもまた、今までの龍の聖女と同じように平和を尊び、各国の緩衝剤として世界に働きかけていた。

 まぁ、この世界を襲った魔影との戦い――魔影大戦を経た今、過去とは異なり世界は平和への道を自らの意志で歩みつつある。それを思えば、フィオナの負担はまだ軽減したと言っても良い。


 フィオナ・ノイン――彼女は年齢不詳の女性である。


 声の高さからして、妙齢の女性とは言われているが、定かではない。

 彼女を年齢不詳たらしめているのは、常に顔を隠すような布を垂らしているからだ。そのため、素顔を見た者はほとんどいないと言われている。


 髪は墨を流したかのような漆黒であり艶やか、肌は大理石のそれに通じるような眩いばかりの白……そんなフィオナは女性達の羨望の的となっている。

 噂では聖女でありながら絶世の美貌を持ってしまい、無意識に男性を魅了してしまうため、己の顔を隠している……と言われているが、真偽のほどは定かではない。


 そして、そんなフィオナが控える座に、一人の少女がやって来る。


 白銀に輝く軽鎧を身に纏う、まだどこか幼さを残す銀髪紅瞳の少女だ。

 肩まで届く銀髪はサラサラとしており、幼いものの整った容貌と合わせて、将来は相当な美女になるであろうことは、想像に難くない。ただ……ルビーのように美しい紅瞳はどこかボーっとしており、表情もどこかボンヤリとしている。何を考えているのか分からないというよりも、何も考えていない表情と言ったほうがしっくりくるかもしれない。


 だが、何よりも彼女を特徴づけているのは、その手に持った長大な真紅のハルバードだろう。大男ですらも持ち上げるのが苦労しそうなその超重武器を、この少女はモミジのような小さな手で軽々と持ち上げているのだ。


 明らかに異様としか言いようがない光景だが……しかし、彼女の肩書を知れば、大抵の者は納得することであろう。


 旋紅錬金術師イリス・クレイヴェル。


 錬金術師という職業についていながら、創造ではなく破壊を主な生業としている異端極まりない少女である。戦術錬金術師としての彼女の能力は飛び抜けており……噂では、剣の国エルメールの精鋭一個師団をも相手にすることができると噂されている。

 要するに、その実力はもはや人間の領域に収まっておらず……幻獣のそれすらも軽々と凌駕している。現在、地上に彼女の猛攻を止めることができる者はいないとすら言われているほどだ。


 ただ……幸いなことに、彼女自身は極めて平和主義者である。大抵は、見回りと称して、セントドラグニアのどこかの喫茶店でぼんやりと甘味を食べたり、近所の子供に混じって遊んだりしていることの方が多い。


 そんなイリスが立ち入った座は、聖女に謁見する許可が出された者のみが入ることのできる特殊な空間だ。全体にドラゴンの牙を媒体とした結界が張られており、この中で一切の魔法は効果を発揮しない。

 また……謁見者と龍の聖女の間にある御簾は、うっすらと向こうが透けて見えるほどに薄いが、これもドラゴンの骨を極限まで薄く削いで作り上げられたモノだ。


 ナイフどころか、力自慢の男が全力で剣を叩きつけても決して切れはしない。

 ただまぁ……龍の聖女であるフィオナは人間で唯一、ドラゴンだけに許された特権である超高密度魔力砲――ブレスを使いこなすことができる存在だ。そもそも、襲い掛かろうものなら、その瞬間に消し炭にされることだろう。


「フィオナ様。捜索の進捗を報告しに来た」


 抑揚の少ないイリスの声に対し、フィオナはどこか弾んだような声を出して問う。


「待っていましたよ、イリス。それで、目的の人物は見つかりましたか?」

「ごめんなさい。まだです。でも、それっぽい反応は発見された」


 御簾の向こう側……ぼんやりと見えるフィオナのシルエットが、かすかに揺れる。


「そうですか……召喚に成功したのは確か。必ず、この世界のどこかにいるはずです」


 フィオナの落胆するような声に、イリスは申し訳なさそうな表情をした。

 イリスも熱心なドラグニア教の信者ではあるのだが……それ以上に、フィオナの人となりを気に行って、ここに居ついている。フィオナが悲しむのは、イリスの望むところではない。


「ん、頑張って見つける」

「期待していますよ、イリス」

「うん、じゃあ、行ってくるね」


 イリスは、フィオナの期待の言葉を背に受け、座から足早に出てゆく。

 静寂に満ちる座の中……ただ、静かにフィオナの声が響き渡る。


「草薙飛鳥……私の、幻創龍……」


 その声は、ただただ静かに静寂の中にかすんで消えてゆくのであった……。

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