第14話 神獣契約

 蒼の山麗を脱出し、日が山の稜線へと沈みかけている夕暮れ時。

 ドラゴン化したアスカの飛翔速度は凄まじく、この時点ですでに蒼の山麗とエステリア村の行程の約2/3を終えていた。ただ――


「お……おぉ……」


 今夜は野営をするためにアトリエを地面に下ろし、アスカがドラゴンからの変身を解いた瞬間、その場でよろけて膝をついてしまった。元の体に戻ったことによって、左肩への甚大なダメージと、骨折が響き始めたのだ。

 意識を失いそうになるのを必死で抑え、脂汗を流しながら深呼吸を繰り返していると、慌てた様子でクリスが駆け寄ってきた。


「あ、アスカさん!? どうしたんですか、その傷!?」

「デミドラゴンにやられてな……ドラゴンに変身したのも、死ぬ間際だったんだわ……。悪い、ちょっとそこのソファーを借りていいか……?」

「もちろんです! 肩を貸します!」


 そう言って、クリスの小さな肩を借りて何とかソファーに横になったアスカに、エリアルが近づいてきた。


『ふん、アタシより死に体じゃないかい』

「誰のためにこんなんなったと思ってるんだ、クソババア……いててててッ!!」

『ハン! 口が減らないねぇ! ま、それだけ口が効けているなら大丈夫さ』


 鼻先で肩を押されて、アスカは悲鳴を上げた。目線でガンを付けるが、エリアルには全く効いていない様子だ。そんな二人のやり取りを余所に、クリスがクリアポーションを持ってきた。


「どうぞ。飲んでください……少しは楽になると思い――」

「アスカさん!?」


 クリスの言葉を遮るようにして、二階へと繋がる階段から悲鳴が上がる。頭を上げて見てみれば、そこには悲壮な表情をしたコレットが立っていた。彼女は慌てたように近づいてきて……そして、アスカの惨状を見て泣き出しそうな顔をした。

 そんなコレットに、アスカは苦笑を浮かべてみせる。


「お前さん、今日は半泣きの表情がデフォルトだな」

「冗談言っている場合じゃありません! これ、だって……私を庇って……」


 どうしたらいいのか分からないと言った様子のコレットに、アスカはクリアポーションを飲みながら一つ、思いついたことを提案した。


「コレット、『回復』のエーテルを幾つかもらえないか?」

「え、あ、はい……」


 一体何に使うんだろうかと、疑問を浮かべている様子のコレットは、けれど、素直にアスカへ『回復』のエーテルを持ってきた。アスカは三つの『回復』エーテルを手に握ると……それに意識を集中させた。すると、『回復』のエーテルが自ら光を放って砕け……アスカの掌に吸収されていくではないか。

 そして、同時に、動画を逆再生で見ているかのような速度で、アスカの傷口が塞がってゆく。唖然とする周囲を尻目に、アスカは軽く左肩を回して調子を確かめるが……全く問題はない。もちろん、諸々の骨折も治癒しているのか痛みも完全に消えている。


 ――なるほどな……。


 どうやら、ドラゴンへの変身能力の副次能力として、エーテルの力を引き出せるようになったようだ。『引き出す』というよりも『取り込む』と言ったほうが近いかも知れないが。


「コレット、ちょっと確認したいことがある」

「へ? あ、はい! 私も正直、今の現象を説明してもらいたいんですけど」

「それも兼ねて、だ。コレットはデミドラゴンとの戦闘、どこまで覚えている?」


 アスカはそう問うと、体の調子を確かめるように立ち上がり、クリスからもらったクリアポーションを軽く呷った。相変わらず爽快な飲み心地である。

 アスカがそうしている間、コレットは自分の記憶の中を探る様に考え込んでいたが……少し困ったように眉を寄せた。


「アスカさんが崖から落とされた時、助けなきゃって思って私も崖から飛び降りて……そこから記憶がありません……」

『そんな危険なことをしたのかい!?』


 ギョッとエリアルが目を丸くする。エリアルにとってコレットは娘のようなものだ……そんな娘がそこまで無茶をすればそれは驚くだろう。目線で『お前が付いていながら!』と責められるのを、若干理不尽に感じながら、アスカは思い悩む。


「それじゃあ、俺との契約の時のことは何も覚えてないのか……?」


 そう言って、アスカは手の甲を……そこに浮かび上がった紋章をコレットに見せると、彼女は唖然として口を開けた。そして、慌ててコレットも自分自身手の甲を見て……そして、そこにアスカと同じ紋章が浮かび上がっていることを確認した。


「契約……してる……」

「そうだぞ」

「アスカさん、私と契約してます!?」

「いや、だからそうだってば」


 ダダダダっと駆け寄ってきたコレットは、アスカの手の甲と、自分の手の甲を何度も何度も見比べては「ほぁー」とか、「ふぇー」とか気の抜けた声を漏らしている。


「幻獣契約を行うと、その錬金術師固有の紋章が浮かび上がるらしいんですが……そうかぁ、これが私の契約紋章なんですねぇ」


 ドラゴンのアスカと契約したのだから、幻獣契約ではなく神獣契約なのだと思ったが、これを口にするとコレットがまた興奮しそうなので黙っておくことにした。


「わ、私、いつアスカさんと契約しました……?」

「崖から落ちてる途中だな」

「私の初契約ってそんなにアクロバティックな体位でやったんですかッ!?」

「体位って言うな、体位って」

「おぅっ!?」


 コレットの額にチョップを喰らわせながら、同時にアスカは、そこに紋章があるかどうかを確認する。詳細にこそ確認していないがつるんとしていて何もない……少なくとも、この手の甲に浮かび上がっている紋章と同じものが、そこにはあったはずだ。


 ――見間違いだったか……?


 崖から落下中という、極めて非現実的な状況であったことは確かだが……それでも、あの時の神々しいコレットの姿を見間違えるはずがない。さすがにアレはギャップが凄すぎた。

 正直、あの絶体絶命の状況で、自分がドラゴンに変身したことも、コレットと契約したことも、一瞬で把握して納得できたのは、全て女神のようなコレットがいたからこそだ。

 一体アレは何だったんだろうかと……アスカは本気で疑問に思う。


 ――ただまぁ……本質が同じってのは分かるけどな。


 それが表に出ているか、出ていないかの違いでしかない。

 少なくとも、他者を思いやり、深い慈愛を持って接することができるという点においては、コレットも、女神コレット(仮)も同じだろう。


「あ、そうだ! アスカさんと契約した今の私なら、高度エーテル分離もエーテル付与もできるはず……! アスカさん、色々聞きたいことはありますがそれは後で! 今は手伝ってください! ここでエクスマジックポーションを作ります!」

「あ、あぁ。そうだな。必要になったらいつでも声を掛けてくれ」

「はい! それまで、ゆっくり休んでいてくださいね!」


 そう言って、コレットは慌ててアトリエの奥へと走って行った……先ほどまでぐっすりと寝ていたためか、随分と元気いっぱいだ。

 そして、それとは対照的に、アスカは戦闘終了後も、ずっとアトリエを抱えて飛んでいた為に疲労困憊だ……正直、今すぐにでも泥のように眠りたいのが本音である。更に『回復』のエーテルを使うという方法もあるのだが……やはり睡眠に勝る疲労回復手段はない。


「俺はちょっと眠らせてもらうよ……クリス、お前もきちんと睡眠取っておけよ。今回の一番の功労者はクリスなんだからな」


 アスカがそう言うと、クリスも小さく笑って、そして、アクビをした。


「皆で頑張ったからこそですよ! ただ……こんな死闘を繰り広げたのは僕も生まれて初めてで……それに、今日は本当にいろんなことがあったから、眠いです……」

『しょうがないねぇ。特別にアタシが番をしておいてやろう……アンタ達は寝ておきな』

「すまん……それじゃ、お休み……」


 こうして、アスカとクリスは互いに別々のソファーに横になると、すぐに寝息を立てて深い、深い眠りへと入って行ったのであった……。

 ちなみにだが、この五分後にアスカはコレットによって叩き起こされ、翌日まで徹夜でエクスマジックポーション作成に付き合わされる羽目になるのだが……まぁ、それはまた、別のお話……。

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