第13話 雷光龍 ブリッツ・クティノス
光が生まれた。
あわや地表に激突するという瞬間に、アスカとコレットは光に包まれ空中に停滞する。光の根源は……アスカだ。彼が周囲に放つ光は更に強くなり、そして、直視できぬほどに強くなった瞬間、弾けるようにして散った。
その後に残ったのは、アスカとは似ても似つかぬ存在だった。
見よ、その威容を。
蒼穹を駆け、敵を切り裂くために備わった翼は、黄金にして鋭利。
体全体を覆い尽くすような鱗は、腹や急所を覆い尽くすように展開しているところから、装甲や鎧といった類に見える。その全ては黄金の色に輝いており、雷の属性が宿されている。
肩と足、そして翼にはアクセントのように白の装甲が展開しており、これには空の属性が付与され、アスカが空高く羽ばたくのを手伝っている。
先鋭的な……もっと言ってしまえば攻撃的なフォルムは、けれど、戦闘という目的のために極限まで特化したが故の美しさがある。例えるならそれは、限界ギリギリまで研ぎ澄ました刃のようで……どこか、ひた向きさすら感じさせた。
そのドラゴンの名はブリッツ・クティノス。雷の上位に存在するドラゴンである。
『コレット、大丈夫か?』
普段のアスカの声よりも低い声が、ドラゴンの口からこぼれた。
だが、どうやら腕の中のコレットは気絶……というか、眠っている様子で、すぴーすぴーとお気楽な寝息を立てている。それを見てアスカは小さく吐息をつくと、翼をはためかせながら空を見上げた。そう……自分が落ちてきた場所である。
『さて、やり返させてもらおうか』
そう言って、翼を大きく一打ちすると……一瞬でその体が崖上へと移動した。まるで瞬間移動したのかと錯覚する程の速さである。崖上でも、アスカに止めを刺したと思い込んでいたであろうデミドラゴンが、ギョッと目を丸くしている。
空にアスカ、地上にデミドラゴンが対峙するが……もはや、この時点で勝負は決まっていると言っても過言ではなかった。
アスカの全身から発せられる圧倒的な、雷光に転化されている魔力。浴びるだけで死を幻視してしまうほどにそれは圧巻で……デミドラゴンが無意識のうちに、ジリジリと背後に下がってしまっていたのは無理なからぬことであった。
だが、このデミドラゴンにはアトリエを落とされた上に、大怪我まで負わされたのだ……タダで返すつもりはない。
アスカはコレットを抱いていない方の右手を天に向けた。
全身の魔力が右手の先へと収束――紫電へと変換された魔力が、凄絶な濃度で収束されてゆく。基本的に、高い知能を持つドラゴンは魔法も使うことができるのだが……これは、もはや魔法という範疇を逸脱している。
それほどまでの破壊力、それほどまでの殲滅力を秘めた一撃だ……直撃でなくとも、かすっただけで即死は免れないだろう。無論、直撃すれば跡形もなく蒸発してしまうレベルだ。
恐るべきは……これがまだ本気ではないということだ。
デミドラゴンを見てもらえばわかる通り、ドラゴンの基礎的かつ真骨頂の攻撃とはブレス攻撃にある。つまり、アスカ=ブリッツ・クティノスからすれば、この雷球は挨拶程度のものでしかないのだ。
『グガアァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!』
もはや逃げられないと覚悟したのか……デミドラゴンは大きく口を開けると、口腔内に魔力をチャージ。そして、レーザーブレスを、アスカ目掛けて放ってきた。今まで、アトリエを破壊し、アスカを窮地に追い込んできたブレス攻撃に対し……アスカは回避行動すらとらない。
強力無比なレーザーブレスは、しかし、アスカの黄金の装甲に直撃した瞬間、儚く霧散した。そもそも、幻獣最強の一角とはいえ、デミドラゴン程度のブレスで、神獣であるドラゴンの装甲に傷をつけること自体が無茶なのだ。
存在そのものの格が違う。
『消え失せろッ!!』
そう言って、アスカは雷球をデミドラゴンに向けて射出した。一直線に飛んで行った雷球は過たずデミドラゴンに直撃し――炸裂。デミドラゴンだけではなく、その地形すらもゴッソリと抉り取って山の形を変えてしまった。
アスカは完全にデミドラゴンを倒したことを確認すると、クリスが戦っていた方角を目指して飛翔する。そして、飛ぶこと間もなく……雪崩で柔らかくなった雪をかき分け、必死にアスカ達の方角を目指して走るクリスの姿を発見した。
『クリス! 大丈夫か!』
「あぁ、アスカさ……え!?」
目を丸くして反射的に剣を構えるクリスの前で止まり、アスカはそのまま地面に降り立った。
『ちょっと色々と事情があって、今はこの姿をしている。コレットも無事だから、剣を下ろしてくれないか?』
「ドラゴン……あの……はい……」
混乱の極致にいる様子だが、そこは素直なクリスである。アスカに言われた通りに剣を下ろし、アスカを見上げてくる。その姿は、ボロボロで……よほど、ミスティックワームの群れとの戦いは熾烈を極めたのだろう。
『頑張ったな、クリス。後はスターライトドロップを探したら終わりだ。俺が探してくるから、クリスはアトリエの方へ――』
「あ、スターライトドロップなら見つけました。クレバスの中に咲いていたので!」
そう言ってクリスが差し出したのは、妙に茎がヒョロヒョロと長い純白の花だった。見た目がちょっと不気味だが、確かにこれはスターライトドロップである。
『良くもまぁ、あの状況で見つけたな……』
「一応、これが目的でこの霊峰に踏み込んだようなものですし……」
『違いない。とにかくアトリエに戻ろう。俺が運ぶから背中に乗れ』
「あ、はい。土足で失礼します……」
クリスが背中に乗ったのを確認すると、再び翼をはためかせて空へと飛びあがる。
登る時は結構苦労したものだが……こうして飛んで戻ると一瞬で着いてしまう。幸いにも、岩陰に隠してあったアトリエは幻獣や猛獣に襲われているようなことはなかったようだ。
『エリアル、戻ったぞ!』
『おや……随分様変わりしたねぇ、アスカ』
クリスの時とは異なり、アスカのドラゴンとしての姿を見てもエリアルは驚くこともせず、淡々と言葉を紡ぐにとどめた。もしかしたら、この老齢な狼にはこうなることが見えていたのかもしれない。
クリスが軽やかに背中から降りるのを確認し、コレットをアトリエのベッドに寝かせると、アスカはゆっくりとアトリエを下から抱えるようにして持ち上げた。
『とにかく、この危険地帯から離脱するぞ。ここじゃ、落ち着いて休めたもんじゃない』
「アスカさん、僕が帰りも迎撃を担当します!」
『今の所、間に合ってそうだが……もしも、危ない時は頼む』
「はい!」
こうしてアスカ達は星降りの霊峰を離脱。帰りの蒼の山麗では、ドラゴンのアスカを恐れて、どの獣も身をひそめており、行きとは対照的に誰からも襲われることはなかった。
こうして、アスカ達は無事に蒼の山麗も脱出することができたのであった……。
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