第11話 星降りの霊峰へ
夜も近い事もあってアトリエで一泊した後、アスカ達は星降りの霊峰を登り始めた。
なんでも、この標高からスターライトドロップは見つけることができるらしいのだが……。
「とにかく、珍しい植物なので……目を皿にしてみなければなかなか見つけられないと思います」
ザクザクと雪を踏みながらコレットが言う。
付け加えると、コレットは水晶玉のような道具を、むーん、と眺めながら歩いている。
ちなみに、全員が全員、コレットのアトリエにあったファー付きの厚手のコートを着ている。コレットの母が作った代物らしいのだが……これが特別に優れており、ほとんど寒さを感じない。何でも、極限状態の採集を前提とした装備なんだとか……本当にコレットの母親は優秀な錬金術師だったようだ。
「図鑑では白い花を咲かせた植物とイラスト付きで書かれてたが……」
そう言って、アスカが周囲を見回すが……ほとんど真っ白で何も見えない。完全に保護色である……もしも、近くにスターライトドロップがあったとしても、見逃してしまいそうだ。
「とはいえ、こんな場所ですから。植物があれば嫌でも目立つと思いますよ」
「まぁ、それは言えてるな」
雪に埋もれないように必死について来るクリスに手を貸してやりながら、アスカは言う。
はぁ、と息を吐けば白くなり、何もせずともまつ毛が凍ってくる所だ……他の植物は一切見受けられない。幸い、と言って良いのか分からないが、スターライトドロップは雪に埋もれてしまわないように、茎が発達しているらしい。そのため、雪で埋もれても、埋もれても、また顔を出すため、花は見つけやすいんだとか。
「あ、接近してくる反応があります。アスカさん、クリスさん、物陰に隠れましょう」
見てみれば、コレットが持っている水晶が赤く染まっている。実はこの水晶、動体魔力を感知することができるものらしく、幻獣の接近を知ることができる優れものなのである。
そそくさと全員が物陰に隠れると……のしのしと、雪を割ってマンモスにも似た生物が先ほどまでアスカ達がいた場所を横切って行った。
寒冷地の生物は、体温維持のために巨大になる傾向にあるというが、これはちょっとデカすぎだろうとアスカは思う。
「ログデュラスの突進ですら風車をへし折ったのに、あんなのに突進されたらどうなるんだよ」
「想像したくないです……」
風車がへし折られた光景を思い出したのだろう……コレットが若干青くなっている。青くなる二人組に対し、クリスが剣を抜いて細い腕で力こぶを作ってみせる。
「大丈夫です。その時は僕が切ります!」
「頼もしいが無理はすんなよ」
アスカは苦笑を浮かべてポンポンとクリスの頭を叩く。
実際、魔力を発していない猛獣の類は察知できないために、完全にクリス頼みだ。すでに二回ほど猛獣と遭遇しているが……二回とも、クリスの剣技で両断されている。
デミドラゴンのレーザーブレスを一刀両断にした時点で分かってはいたことなのだが、この少年、ちょっと尋常ではないぐらいに強い。素性は謎だらけだが、頼もしい限りである。
それを考えると、アスカの無力感が表に出てしまって申し訳なくなってしまう。
「さ、通り過ぎたようです。進みましょう」
「あぁ……デミドラゴンに出くわさないようにしないとな」
「ひぃ、恐ろしいこと言わないでくださいよぅ……」
『星降りの霊峰』の生態系で最上位に立っているのがこのデミドラゴンだ。
ドラゴン亜種とも呼ばれるこの生物……ドラゴンの名が冠されていることや、アトリエを襲ったレーザーブレスを鑑みればわかるだろうが、とかく強い。幻獣の中では上位に入るらしい。
「とにかく、デミドラゴンに会ったらアウトですから、気を付けてくださいね」
そう言って、コレットはアスカの隣に並びながら口を開く。
「デミドラゴンは基本的に非常に獰猛で、契約も不可能な幻獣と呼ばれています。ドラゴンの名こそ関していますが、どちらかと言えばトカゲの近親です。本来のドラゴンはとても高い知性と、言語を操ると言われており……」
「ほらほら、解説はほどほどで良いから前見て歩け。危ないぞ」
手をひらひらさせて言うと、コレットは周囲を手で示して見せる。
「大丈夫です! 足は取られても致命傷にきゃ―――――!!」
「うお、あぶねぇぇぇぇぇぇ!?」
ずぼぉぉ!! っと、コレットの姿が地面の下に沈んだ。
咄嗟に襟首をつかんで何とかしたものの、真横を見てみれば、そこには深く、深くクレバスが開いていた。どうやら、上に雪が積もって見えなくなっていた――通称ヒドゥン・クレバス――のだろう。もう少しアスカの反応が遅ければ、コレットはこの下に滑落していたところだ。
「ひぇ……ひえぇぇぇぇ……」
ガタガタと震えながらコレットが抱き着いてくる。アスカは彼女を片腕で抱き寄せながら、ジリジリとクレバスから下がる……さすがに今のは肝が冷えた。
だが……災難はここで終わらない。
クレバスとアスカの間に走り込んだクリスが、剣を構えた。
「構えてください、アスカさん! この霊峰のクレバスには、必ずミスティックワームが生息しています! 落ちかけたコレットさんを狙って這い出てくるはず……!」
「おう! コレットは下がっ……ゆっくりと、足元を確認しながら下がれ!」
「は、はい! わかりま――」
だが、コレットが最後まで言い切ることはできなかった。
アスカ達がいる場所を中心にして、一斉に周囲一帯の雪が舞いあがったのだから。三人が唖然とする中……合計四体のミスティックワームがアスカ達を囲むように、地面から顔を出したではないか。流石に予想外過ぎる事態に、アスカは顔を引きつらせた。
「な、なぁ、クリス……ミスティックワームって言うのは、こんなに集団で襲ってくるものなのか……?」
「もしかしたら、ここ一帯がミスティックワームの巣だったのかもしれません……」
「俺達はノコノコ巣に踏み込んだ餌ってことか……」
全身を甲殻に覆われた、巨大な蛇にも似た純白のミスティックワームは、身をくねらせながらアスカ達に狙いを定めている。目は存在していないのだが……明らかにアスカ達を見ているという実感がある。
「アスカさん、コレットさん、全力で岩場まで逃げてください……ここは、僕が何とかします」
「で、でもクリスさん一人でなんて……!?」
「クリス、俺達を護りながら戦うのはきついか?」
アスカが真顔で問いかけると、クリスは苦しそうに頷いた。
「すみません、さすがにこの数に囲まれると……僕がもっと強ければ……!」
「気を使わせたな……コレット、退避するぞ」
コレットの手を握って、アスカは足早に後退する。数匹のミスティックワームがアスカ達に襲い掛からんと身をくねらせていたが……その全てを、クリスが巧みに牽制してくれたおかげで、何とかクレバスだらけの地点からは脱出できた。
「私が戦術錬金術師の資格を持っていれば……」
「そうやって後悔するのは後だ。とりあえず、今は岩陰に隠れて、クリスの……お、おおおぉぉぉぉぉぉ!?」
地鳴りが響き渡り、地面が揺れ始めた段階になってアスカは異常を察知した。
雪崩だ。
白の瀑布が猛烈な勢いでアスカ達がいる地点を押し流さんと、向かってくるではないか。ありふれた、けれど、あまりにも危険すぎる質量の凶器を前にして、アスカが咄嗟に対応が取れたのは恐らく修羅場への慣れによるものだろう。
アスカは凍り付いているコレットを抱き上げると、急いで岩陰に隠れ……その小さな体を強く抱きしめて小さくなった。次の瞬間、耳を貫くような大音量と共に白の瀑布が岩に直撃した。
「つっぅぅぅぅぅぅッ!!」
アスカは、片腕に魔力を込めて岩を押しながら何とかこの自然の猛威がやり過ごさんとする。己の体をかすめるように白の質量が滑り降り、少しでも体を傾ければその瀑布に連れて行かれそうだ。せめて、腕の中にある温もりだけは離さぬようにと、しっかりと抱きとめる。
そして……永遠とも思える数分が経過した。
首の近くまで雪に埋もれながら、息を殺していたアスカは、何とか己の生を実感し、震える吐息をついた。今先ほどの雪崩は、さすがに本気で死んだかと思った。腕の中を確認してみれば、コレットも硬直してしまってこそいるが、なんとか無事だったようだ。
「おい、コレット……コレット、大丈夫か!」
「は、はいぃぃぃ……」
半泣きでコクコクと頷いているのを確認し、アスカは周囲の雪を振り払う。
――くそ、完全にクリスと分断されてしまったな……。
クリスとは距離があった為、巻き込まれてはいないだろうが……ともかく、今は無事を祈ることぐらいしかできない。アスカは岩場から顔をのぞかせて、雪崩の原因を探ろうとしたが……その先にいる存在を目にした瞬間、大きく目を見開いた。
「あ、あのぉ、アスカさん。私のこと、心配してくれるのは嬉しいんですけど……その、こうも強く抱きしめられると困るというか、ドキドキしちゃうというか……」
「頭を下げろ、コレット!」
「おぶぅっふ!?」
コレットの後頭部を手で押して雪面に押し付けながら、アスカ自身もまた体を低くする。すると……先ほどまで、アスカの頭があった場所を、真紅の閃光が薙いでいった。
雪崩からアスカ達を護ってくれた大岩が、呆気ないほど簡単に斜めに寸断され、崩れ落ちる。切断面はじくじくと溶けており……どれだけの高温で両断されたのか分かるというものだろう。
「まずいぞ、コレット……」
「ぺっ、ぺっ、な、なんですか!? あ……」
コレットも気が付いたのだろう。
雪崩が起きた上流の方に鎮座する、翼を持つ巨大な幻獣の姿――デミドラゴン。
縦に瞳孔の裂けたその目が、下流にいるアスカとコレットを迷うことなく捉えていたのであった……。
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