第8話 実はこのアトリエ、飛ぶんです
アスカ達がアトリエの中に入ると、エリアルはすぐに疲れたように丸くなった。
表情には疲れが色濃く出ており、投げ出された四肢にも力はない。まるで、短距離走を走った後のように息も荒く……明らかに疲弊していることが分かる。
そんなエリアルの傍に膝をついて、コレットが心配そうな表情を作る。
「エリアル、無茶できる体じゃないんだよ……?」
『ふぅ……ふぅ……ふん、年寄り扱いするんじゃないよ……』
「虚勢って一発で分かるぞ」
自分で手当てをしながらアスカが突っ込みを入れると、ギロリと睨まれた。だが……その視線ですらも、普段の鋭さはなく、どこか弱々しい。アスカは少し迷うようにポリポリと頭を掻いた後、コレットの方へと顔を向けた。
「コレット。エリアルはどういう状況なんだ?」
「あの、えっと……」
コレットは少し迷うように視線をエリアルに向け……けれど、決心したように一つ頷いてアスカとクリスへと視線を向けた。
「エリアルは、加齢と長年にわたる錬金術師への魔力供給が影響して、魔力枯渇症を患っているんです。もう、生命を維持する分の魔力しかなくて、戦闘に回せる魔力なんてどこにもないんです」
『…………』
コレットの言葉にエリアルは無言。しかし、否定をしないということは、遠回しにその言葉を肯定しているということなのだろう。
――そうか、倒れたのは生命を維持する魔力を、戦闘に使ったからか。
荒々しく包帯を千切り、それを腕に巻きつけたアスカは、その調子を確かめながらコレットの方を向く。
「なるほど、理由は分かった。んで、助けるにはどうすればいいんだ? 見た感じ、早く行動しないといけないんだろう?」
あまりにもあっけなくアスカが言ったからだろう……コレットだけではなく、エリアルすらも目を丸くしている。
「そんなアッサリと……あの、助ける方法、大変ですよ? それでも協力してくれるんですか?」
「そのつもりがなきゃ、こんな質問はしない」
アスカは真顔でそう言った。
助けてもらった恩があるということも一つだが……どちらかと言えば、この錬金術師の少女を放っておけないというのが大きいかも知れない。恐らく、アスカが協力しなければ、この少女は一人で何とかしようとして……その結果、多大な無茶をしでかすだろう。
それが、まるで見てきたことのようにわかるからこそ、放っておけないのだ。
アスカの返答を聞いて、コレットがブワッと瞳から涙を溢れさせた。
「ふえぇぇ! アスカさん、ありがとうございまず――!!」
「泣くな泣くな、まったく……」
そう言いつつ、視線はエリアルへ。
エリアルは何も言わず、ただ、静かに視線で問うてくる……良いのか? と。軽く肩をすくめて見せたアスカは、視線をクリスに向ける。
「クリス、よかったら協力してくれないか。俺もコレットもろくすっぽ戦えん。情けない話だが、頼りにできるのはクリスだけだ」
ギルドで他の冒険者を雇うという方法もあるかもしれないが……このアトリエの経済状況では腕の立つ冒険者を雇うのは無理だろう。何より、またリンナイの街へ往復する時間がもったいない。
無茶苦茶とも取れかねないアスカの頼みごとに、けれど、クリスはえらく眩い笑顔を浮かべた。一瞬、後光が差したように見えたのはアスカの気のせいか。
「良いですよ! 困っている人を助けるために、僕は旅をしているので」
「クリスさんもありがとうー! 良かったよぉぉぉ、エリアルぅぅぅぅぅ!!」
『謝礼は出せないよ』
「そのひねくれっぷりを、少しでもいいからコレットに分けてやってくれ」
呆れたようにアスカが言うと、エリアルはふんっと鼻を鳴らして答えた。噛みあっているような、噛みあっていないような、そんな二人である。
「時間が惜しい。コレット、その困難な方法とやらを教えてくれ」
「あ、はい! あ、あのですね、エクスマジックポーションを作ります! 通常のマジックポーションは、飲むことで魔力の回復を早める効果を持つんですが、この『エクス』がつくポーションは、それ自体が効果の塊であり、経口投与でも回復が――」
「すまん、もっとわかりやすく頼む……」
うーん、と少しだけ考えたコレットは、少し迷いつつも口を開く。
「通常のポーションが『体が元気になるのを促進する飲み物』だとすると、エクスポーションは『元気自体が入っている飲み物』だと理解していれば間違いないと思います。つまり、エクスマジックポーションを飲めば、外部から魔力を取り込めるんです」
「あぁ、なるほど……似てるようで全く違うんだな」
言葉の上では微かな違いだが、効果で言えば全くの別物と言える。
つまり、エリアルはもう自身で魔力を回復させるだけの力が弱くなっているのだろう。だからこそ、外部から魔力そのものを供給する必要があるのだ。
そして、そうすることができる方法というのがエクスマジックポーションという訳だ。
二人のやり取りに、クリスが難しい表情で入ってくる。
「でも、確かエクス系のポーションって効果がスゴイ代わりに、希少価値も凄かった気がします。うろ覚えですけど、『霊泉の水』と『星輝樹の樹皮』が必須だったような」
「何で知っているんですか……」
「勉強しましたから」
「そのセリフで全部片づけようとするのは、いろいろ間違ってるからな?」
愕然とするコレットと呆れたアスカに、クリスは照れたような笑みを浮かべる。本当にこの少年はいったい何者なのだろうか。
コホンと、コレットは咳払いを一つして気を取り直すと、再び説明を開始する。
「クリスさんの言った通り、エクス系ポーションは、『霊泉の水』と『星輝樹の樹皮』を必要としています。そして、エクスマジックポーションは、それに加えて、『スターライトドロップ』と呼ばれる薬草を必要としています。ちなみに星輝樹の樹皮はお母さんが残してくれましたし、霊泉はアトリエの裏で取り放題です」
「あれって霊泉だったんかい!?」
コレットの激マズ料理を流し込むのにガブガブ飲んでいたが、まさかそんなに霊験あらたかな水だとは知らなかった。なんだか、酷く罰当たりなことをしていたような気がして、アスカとしては微妙に気まずい。
「問題はスノーライトドロップと、その後のエーテル付与なんです……」
「そういえば、コレットはクリアポーションしか作れないんだったか」
「はい……契約幻獣がいなくて、エーテルの付与ができません。これに関しては、別の錬金術師に頼むしか方法がないと思います」
しょんぼりとしているコレットに、アスカが手を上げて質問をする。
「俺が代わりに魔力を流すという方法はダメなのか?」
「エーテル付与には繊細な魔力制御が必要とされています。一朝一夕ではなかなか……むしろ、それができるなら錬金術師は必要なくなりますからね」
「錬金術師の、錬金術師たる由縁ですね」
「そうですね!」
クリスの言葉にコレットが深く頷く。アスカはよく分からないが……職人芸のようなものなのかもしれない。アスカが頭の中で、中年のオッサンが炉でガラス棒をクルクル回す姿を想像していると、コレットが次の議題に移った。
「そして、一番の問題が……この、スターライトドロップです」
そう言ってコレットが持ってきたのは、古びた地図だ。
広げられた地図には、エルメールと書かれており、詳細な地名がいくつもいくつも書きこまれている。もしかしたら、ルークウッド家に代々伝わっている地図なのかもしれない……相当に使いこまれている。
「スターライトドロップが自生しているのはここ、星降りの霊峰」
「……難所ですね」
コレットの言葉に、クリスが呻くように言う。
地図にはひときわ高い山が図示されており……峻険な山であろうということは一目で想像がついた。地図上ではエルメールの北西部にあると書かれている。
「厳しいのか?」
アスカの疑問にクリスが頷いて応える。
「一年を通して雪が降り積もっていて、単純に登るだけでも危険な山です。更に、この山には大量の魔石が埋まっているらしく……そこから発せられる濃い魔力に誘われて、強力な幻獣が多く生息しています。また――」
そう言って、クリスは星降りの霊峰の周囲を指でなぞる。
「星降りの霊峰に辿り着くには、蒼の山麗を抜けなければなりません。緑豊かな地ではありますが、ここにも幻獣から危険な動物まで数多く生息しており、人を寄せ付けません。星降りの霊峰も、蒼の山麗も、非常に希少な材料が取れるということで、上級錬金術師の方々がパーティーを組んで挑むことが多いのですが……」
「帰ってこない人が結構いるのか」
沈痛な面持ちでクリスが頷く。ちなみに、隣で『説明することがなくなりました……』と言って、コレットも沈痛な表情をしているが、こっちは無視することにした。
先ほどこの村を襲ったログデュラスすらも簡単に倒してしまえるクリスをして、『強力な幻獣』と言わしめるのだ……想像しただけでも胃が痛くなってくる。
「どれぐらい強い幻獣がいるんだ?」
「最上位はドラゴン亜種……デミドラゴンですね。あとは、クレバスに潜む巨大なミスティックワームなども有名です。蒼の山麗ではログデュラスのような草食系の幻獣が多く生息していますが、それらを捕食する肉食系の――」
「わ、分かった、もういい……頭痛がしてきた……」
コレットがとても大変だと言っていたが、確かにこれは大変だ……生きて帰れるかもわからないレベルである。
――しかしこれ、スターライトドロップを入手して帰ってくるまで、エリアルがもつのか……?
蒼の山麗を抜け、星降りの霊峰に辿り着いて、そこでスターライトドロップを手に入れ、また蒼の山麗を抜けて帰る……そもそも、蒼の山麗までも結構距離がある。日帰りで帰れるはずもないことを思えば、準備も大がかりなものになるだろう。
「コレット、別の場所はないのか? これじゃ、時間が……」
「アスカさんが考えてらっしゃること、分かりますよ。そして、それを解決する方法もまた、このアトリエには備わっているのです!」
「は?」
アスカとクリスの視線が一斉にコレットへと向けられる。
一瞬、何を言っているんだ? と耳を疑ったアスカであったが――
「実はこのアトリエ、飛ぶんですよ」
コレットが放った言葉は、更に奇想天外なものであった……。
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