第6話 行き倒れの少年クリス・フィルエット

「あ、ありがとう……ご、ござ、うぷ、いました……」

「いえいえ、お腹いっぱい食べてくれたのなら嬉しいですよー」


 お通夜のようになっているアスカと少年に対し、コレットは相変わらずニコニコしている。コレットの味覚は本当に大丈夫なんだろうかと、割とマジで心配するアスカだが……まぁ、それに関しては心配しても栓ない事だろう。


 ――それにしても、スゴイ美少年だな。こんなん、テレビでも見たことないぞ。


 背の中ほどで結んである金髪はふわふわで、雨上りを連想させる碧眼はキラキラと輝いている。神の意匠とすら感じた容貌の第一印象は、こうして近づいても全く崩れる様子はなく……むしろ、白くシミすらない張りのある肌は、アイドルが裸足で逃げ出す勢いである。

 ただ、一つだけ変わったところがあるとすれば……耳が尖っていることだろうか。何か、漫画やゲームで見たことある容貌だな、とアスカは思った。


「あの、本当にありがとうございました。正直、途方に暮れていたので、助かりました」


 少年はそう言って立ち上がると、ぺこりと深くお辞儀をした。


「僕の名前はクリス・フィルエットと申します。訳あって今は色んなところを旅して、見聞を深めているところです」

「剣と耳を見る感じ、ウィンフィールドの冒険者さんですか?」


 またアスカの知らない単語が出てきたが……二人の間では共通認識なのだろう。クリスは小さく首を横に振った。


「いえ、僕はエルメール出身のハーフエルフです。それに、冒険者ギルドには今先ほど登録して来たばかりでして……」

「ふぇー、ハーフエルフさんは初めて会いましたね。そうですか、そうですか」


 のほほんと水を飲んでいるコレットに、アスカが疑問をぶつけてみることにした。


「色々と聞きたいことはあるが……冒険者ギルドってのは何だ?」

「あ、そうですよね。アスカさんはそこら辺知りませんものね。そうですね……いざ説明するとなると難しいですね」


 うんうんとコレットが唸っていると、クリスが小さく笑いながら口を開いた。


「折角ですから僕から説明しますね。冒険者ギルドは国の手が回らないところを補佐することを目的として設立されたものです。国の軍隊は小回りが利きませんから……。民間からの依頼があったり、国からの依頼があったりと、冒険者の等級に合わせた依頼が舞い込み、冒険者はそれをこなすことで報酬や名声を得る……というシステムになりますね」

「ほぉ、なるほどな……便利屋って認識で近いだろうか?」

「はい、そう考えてもらって間違いないと思います」


 クリスが頷くと、アスカはふむふむと納得した様子で顎に手を当てた。


「クリスぐらいの年齢でも冒険者って職業にはつけるんだな」

「年齢制限はほとんど形骸化していますね。ただ、やはり実力がものをいう世界ですから……仕事が割と簡単に斡旋してもらえるのは良いんですが、生活をしていくにはそれ相応のクエストをクリアしないとダメですね」


 つまり、逆を言えば、クリスは幼い年齢であっても、自分の実力にある程度は自信があるということなのだろう。背中に吊っている剣も、相当に使い古された代物だ……威風のような物をひしひしと感じる。

 そんな風にクリスとアスカが喋っていると、横からハイハイ! とコレットが手を上げた。


「私は錬金術師ギルドに加入しています!」

「すごい! ということは、コレットさんは国家錬金術師なんですね」

「むふー」

「むふー、じゃない。まったく……」


 子供相手に何をしてるんだと半眼を向けてやれば、えへへ、とコレットが照れくさそうに笑う。そんなアスカとコレットを見て微笑みながら、クリスが口を開く。


「ちなみに、錬金術師ギルドは、錬金都市アルケミアで国家錬金術師資格を手に入れた人たちだけが加入できるギルドです。基本的には国からの依頼が大多数を占めていて、依頼自体の数は少ないですが、単発の依頼の報酬額は非常に高いと聞いています」

「わ、クリスさん詳しい……」

「勉強しましたから」


 精神年齢はクリスの方が高いんじゃなかろうかとアスカは思うのだが、この場が荒れそうなので黙っておくことにした。アスカは皮袋から水を呷りながら、クリスの方へと視線を向ける。


「しかし、クリスはどうしてあそこまで追い詰められていたんだ? 路銀はないのか?」

「あ、あはは……実は、乞食の人達に路銀を分け与えていたら、財布自体を盗まれちゃって……それで、ここ数日は飲まず食わずの状況だったんです」


 コレットと同レベルのお人好し発見。

 唖然としているアスカの隣では、コレットが訳知り顔でウンウンと頷いている。


「私も同じことしたことあるんですよねぇ。後日、エリアルから大目玉食らったんですけど」

「そりゃそーだ」


 内心で激しくエリアルに同情するアスカ。ただ……そんなアスカとコレットとは別に、クリスはどこか遠い目をしながら、思案気な表情をする。


「ただ、良い経験をしたと思っています。それほどまでに困窮に追い込まれている人たちもいるのだと、知識だけでなく、この目で、この手で、この耳で、知れたことは僕の財産です」

「……クリス、もしかして、どこかいい所の坊ちゃんか?」


 この少年、物事の捉え方が大局的というか、妙に大人びているような気がしてならない。まるで、貴族の子弟のようである。そんなアスカの言葉に、クリスは慌てたようにブンブンと首を振る。妙に怪しいが……まぁ、詮索は不要だろう。


「あ、あはは……あ、あの、コレットさん、アスカさん、もしよろしければお礼がしたいんですが――」

「お礼は要らないですよ!」

「言うと思ったわ」


 クリスの言葉に速攻で切り返しをするコレット。驚いたように目を丸くするクリスだったが……すぐに申し訳なさそうに眉を寄せた。


「で、でも、クリアポーションだけでなく食事までごちそうになって……」


 そんなクリスに、コレットは淡く微笑んで返す。


「なら、私から受け取ったものを、冒険者として他の誰かに還元してあげてください。クリスさんがこれから何を為したいのかは、私にはわからないけれど……その方が、私は嬉しいな」

「…………分かりました。ありがとうございます」


 深々とお辞儀をするクリス……相変わらず礼儀のシッカリした少年である。

 そんなお人好し達を眺めていたアスカは、立ち上がってパンパンと砂ぼこりを落とした。


「さて、コレット。クリアポーションは全部売れたわけだが……これからどうするんだ? エステリア村に帰るのか?」

「そういえば、少し買い出しをしたいと思っていたんです。付き合ってくれますか、アスカさん?」

「あぁ、荷物持ちぐらいしよ……ん? 何だか騒がしいな」


 馬車の荷台に木製の台を詰み込んでいると、街の入り口の方が騒がしくなっていることに気が付いた。目を細めて見てみれば、何やら軽鎧に身を包んだ男が、必死に何かを訴えている様子だった。


「何があったんだろな……?」

「僕、ちょっと聞いてきますよ」


 そう言って、クリスが小走りに冒険者の元へと駆けて行った。そして、クリスと男が何か一言二言会話を交わすと、冒険者の男はどこかに走り去っていってしまった。


「何があったんでしょうねぇー」

「さぁ……」


 相変わらずのんびりと撤収作業をやっていると、クリスが少し急いだ様子で戻ってきた。そんなクリスにアスカが声を掛ける。


「どうだったんだ、クリス?」

「エステリア村の方へ、ログデュラスが三体ほど向かっていると……何でも、さっきの冒険者の仲間が繁殖期のログデュラスを怒らせてしまったようで……慌ててギルドの方へ向かって行かれました」

「………………エステリア村だと?」


 アスカはその『ログデュラス』とやらを知らないが……クリスの報告が明らかにマズイものであることは容易に想像がついた。振り返ってみれば、そこには顔面蒼白になっているコレットの姿があった。


「コレット、しっかりしろ!」

「え、あ、は、はい! む、村に戻りましょう! ログデュラスが三体なんて、そんなの村にやって来たら滅茶苦茶にされてしまいます!」

「おう!」


 アタフタとしているコレットの代わりに、アスカが御者台に飛び乗り、馬に鞭を入れる。撤収作業はまだ途中だが……しょうがあるまい。馬が走りだすと同時にコレットが荷台に飛び乗り……そして、同時にクリスもまた軽やかな動きで荷台に飛び乗ってきた。


「クリス、お前は降りろ! 危ないぞ!」

「お供します! 父と母と剣の御名に掛けて、絶対に足は引っ張りません!」

「あーもう、知らねえからな!」


 ガタガタと左右に大きく荷台を傾けながら、馬車は疾走する。

 目的地、深緑の谷エステリア村へ――

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