第5話 クリアポーション売りますよ!

 クリアポーションを大量に作った翌日……村の共用馬車を借りて、アスカとコレットは隣街リンナイにやって来ていた。ちなみに、今朝はコレットが作った異臭のするポテトと、鼻から脳天まで響くほどにスパイシーなオムレツを無理やり腹に押しこんできたため、アスカ一人だけすでに疲労困憊の体であった。

 ちなみに、コレットは極めて上機嫌である。


「アスカさん、アスカさん。ほら、露店の準備をしますよ!」

「あぁ……そうな……」


 先ほどから激しく胃が痙攣を起こしていたのだが、水をガブガブ飲むことで何とか落ち着かせる。一つ深呼吸をして、自身を落ち着かせたアスカは、改めて馬車の方を振り返る。

 馬車……とは言うが、これを牽いているのはダチョウに極めて近い生き物である。鳥なのか馬なのか判然としないものの、コレットにはとても懐いているようだ。

 何の生き物なんだろうか、これ……と首を傾げるアスカを尻目に、コレットは手慣れた様子で露店の準備を開始している。露店の準備といっても、何も屋台を組み立てるような本格的なものではなく……路上に木製の台を置いて、その上にクリアポーションを並べるという、簡素なものだ。


 現在、アスカとコレットがいるのはメインの通りから少し離れた所なのだが……このリンナイという街、深緑の谷エステリアに比べるとかなり大きく、街道などもかっちり整備されている。そのため、メイン通りから少し離れた所でも十分に人通りがある。


「しかし、よく俺とコレットが二人きりで行動するのを、エリアルが許したな」

「エリアルもきっと、アスカさんのことを信用してるんですよ!」


 ――あの抜け目のない狼がそう簡単に許すとは思えんのだがなぁ……。


 何か考えがあるような気がしてしょうがない。

 ただまぁ、その事に関して悩んでいてもしょうがない。エリアルに何らかの目論見があったとしても、今はコレットを手伝ってやるべきだろう。

 アスカも馬車から道具を下ろすのを手伝っていると……すでに、この時点で老人達がぞろぞろと集まって来るではないか。


「いらっしゃーいませー! ルークウッド印のクリアポーションを販売しますよー!」

「おぉ、コレットちゃん待ちわびたよ。三本おくれ」

「はーい!」


 そう言って、コレットは慣れた様子で会計をしてゆく。コレットの前評判では十分人気があるとのことだったが、どうやら本当のことのようだ。体調の悪そうな若者や、腰の曲がった老婆、杖を付いた老人、今後の健康のためにと買っていく中年……次から次へと人がやってくる。


 おまけに、買っていく人買っていく人が、以前買ったクリアポーションの容器を置いていく。つまりは、彼等はリピーターということなのだろう。それだけ、コレットの作るクリアポーションが優秀ということだ。

 てっきり、のんびり売れるのを待っているだけのお仕事だと思っていたアスカは、思いがけず馬車からクリアポーションを荷卸しする作業に追われる羽目になった。


「すごい売れ行きだな……」


 人の波が少し大人しくなったのを見計らってアスカが声を掛けると、えへへ、と嬉しそうにコレットが笑った。何だか得意そうなのは、恐らく気のせいではないだろう。


「これ、毎日ちょっとずつ飲むだけで、血行が促進されたり、冷え性が治ったり、本当に健康にいいんですよ! 薬いらずとはもっぱらの評判です!」

「……なぁ、お金は働いて返すから、一本だけ売ってもらえないか?」


 流石にここまで売れていれば気になってくるのは人情というものだろう。アスカがコレットに交渉すると、彼女はふにゃふにゃと笑いながら、軽く手を振った。


「も~アスカさん、そんなに畏まらなくても。アスカさんには昨日も今日もお世話になってますから、無料であげちゃいます!」

「……そうか? なら、この礼は働いて返すな」


 謙遜するのも悪いと思い素直にアスカはクリアポーションを一本もらった。ちょっと歪んでいる上に不透明なガラスっぽい入れ物に入っているそれを、回し振ってみると……ちゃぽん、ちゃぽんと小気味よい音がする。

 コルクで作られた蓋をあけ、アスカはゆっくりと中身を呷る。


「む」


 てっきり、シロップ状の薬のような、どろりとした苦甘い中身を想像していたのだが……さらさらしている上に、ほんのりとした上品な甘さがする。清涼飲料水のようだ。


「これは飲みやすいな……美味い」


 そう言って、アスカはグイッと中身を一気に呷り、ごくごくと飲んでゆく。喉越しも爽やかだ。


「そうだ、アスカさん。あんまり飲み過ぎると夜中眠れなくなったり、男性の場合は、その……一部分が元気になりすぎる場合があるそうなので、気を付けてくださいね?」

「ぶふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!」


 今更過ぎる指摘に盛大に噴いた。


「はよ言えぇぇぇッ!! 危うく前かがみで過ごす羽目になるところだったわ!」

「あ、あはは、ごめんなさい」


 ちょっと照れたようにコレットが笑う。アスカは口元を拭きながら、そんなコレットに半眼を送り……そして、自分の体から疲労が綺麗さっぱり抜けていることに気が付いた。


「お、スゴイな。体の芯から疲れが抜けていくようだ……ポカポカする。なぁ、コレット。これって一時的なものなのか?」

「いえいえ、『回復』エーテルが体深くまで浸透している証拠ですから、一時的ではないですね」

「なるほど……カフェインとかと同じようなもんかと思ったが、そうでもないらしい」

「かふぇいん……?」


 小鳥のように小首を傾げるコレットに、アスカは頷き返す。


「俺の世界にあった物質で、体を一時的に覚醒させるものだ。まぁ、その分、後で疲れは返って来るんだけどな……」

「え、それ意味ないんじゃ?」

「まぁ、これを飲んじまったらそう思うわな……ん?」


 苦笑と共にアスカはそう言って……次の瞬間、表情を厳しくした。


「どうしたんですか、アスカさん。親の仇を見つけたように怖い顔して」

「顔が怖いのは生まれつきだ! そうじゃなくて……ほら、見てみろ」


 アスカが指差した先――そこに、フラフラと歩いている金髪碧眼の少年がいた。

 年の頃は恐らく十二ぐらいだろうか。その顔立ちは、少年なのか少女なのか曖昧になるほどに端正であり、まるで、神が意匠を凝らして作り上げたかのような奇跡の造形をしている。

 ただ……今はその表情には強い疲労と、虚脱が張り付いており、顔色も悪い。何より、その背中に負った分不相応なぐらい大きな剣が、彼を今にも押し潰さんとしている。


「まずいな」


 そう言って、アスカはすぐさま駆け出すと、少年の元に辿り着き、スッとクリアポーションを差し出した。先ほど噴いてしまった関係で、中身はかなり減っているが……恐らく、今の少年にはちょうどいいぐらいの量だろう。


「大丈夫か? ほら、とりあえずこれを飲め。全部飲んでいいからな」

「え……? あ、で、でも」

「子供は遠慮するな。遠慮できるような状況でもないだろ。良いから」


 多少強引にアスカがクリアポーションを押し付けると、少年は申し訳なさそうにしながらも、くぴくぴと飲み干してゆく。そして、全て飲み干して一息つくと……驚いたように目を丸くした。


「わ、すごい……疲れが消えていく……。これ、フィジカルポーションですか?」

「いや、クリアポーションだ。何にせよ、調子が戻ったようでよか――」


 アスカが全てを言い終えるよりも先に、ぐぅぅぅぅぅぅ……と、少年の腹の虫が鳴った。少年は慌ててお腹を押さえて真っ赤になっているが……もう一度、存在を主張するように、ぐぅ、と腹が鳴る。


「腹減ったのか?」

「すみません、その、もう三日も何も食べてなくて……」


 食べ盛りの少年にとって、三日間、何も食べていないというのは相当にキツイだろう。先ほど、疲労困憊の様子で歩いていたのも分かるというものだ。


 ――なんか食わしてやりたいのはやまやまなんだが……。


 生憎、アスカはこの世界の通貨を持っていない。この少年に食事を与えてやれるのは、アスカの雇い主だけだ。ちらりと、アスカが背後を伺うと……コレットは、アスカと少年を見つめながら、嬉しそうにニコニコしていた。

 そんなコレットの様子にアスカがホッとした……その瞬間、彼女はおもむろに、木製の台の下からランチボックスを取り出して、大きく掲げてみせる。中にはサンドイッチが……コンクリ詰めたんか! と突っ込みたくなるような光沢と色合いをしたサンドイッチ『のようなもの』が並んでいた。


「こんなこともあろうかと!」

「少年、選べ。このまま餓死するか、それとも、泥をすすっても生き残るか……」

「え? え?」


 猛烈に困惑している少年が、この後、アスカの言葉の意味を知り、違う意味で顔面蒼白になるのは時間の問題であった……。

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