第4話 錬金しますよ!

 コレットが作った限りなく鉄鉱石に近いジャガイモ料理を食べ終わり、エリアルとアスカがグロッキー状態になっている中……当の本人であるコレットは元気一杯に伸びをして口を開いた。


「さて、それじゃ、クリアポーションの作成を始めましょうか!」

「コレット、お前の胃はどうなってるんだ……」


 フローリングの上で伸びていたアスカが、フラフラと立ち上がりながら言う。顔面蒼白になっているアスカとは対照的に、コレットは極めて健康的な顔色をしている……鉄の胃袋を持っているに違いない。

 深呼吸を何度か繰り返して、気を取り直したアスカは、改めてコレットに問いかける。


「クリアポーションってあれか、錬金術に関係あるのか?」

「そうですね。数あるポーションの中でも初歩中の初歩……滋養強壮にとても効果のあるポーションです。ルークウッド印のクリアポーションは効果があるって有名なんですよ」

「おぉ、なんか錬金術っぽくなってきたな。何か手伝えることはあるか?」


 働かざる者食うべからず、だ。

 コレットが作ったジャガイモ料理はさておき、ごちそうになったパンはとても美味かった。手も空いているし、男手も必要と言っていた……ここは手伝いを申し出るべきだろう。


「ありがとうございます! では、栽培してるアクアクリア草の摘み取りのお手伝いを、頼んでも良いでしょうか?」

「ああ、任せてくれ……ん、なんか栽培してるのか?」


 アスカの問いに、ふふん、とコレットが自慢げに胸を張る。


「代々、ルークウッド家が大切に栽培している水耕地があるんですよ。裏手にあるんで、一緒に行きましょう。エリアル、ちょっと行ってきますね!」

『うぅ……はいはい、サクッと行ってきな』


 まだグロッキー状態になっているエリアルがおざなりに首を振るのを背に、コレットとアスカは籠を持ってアトリエから出ると、裏手へと回った。そして……現れた光景を前にして、思わずアスカは言葉を失った。

 それは、アートと言っても過言ではない程に見事な水耕地だった。

 段々になった上の畑から綺麗な水が流れてきており、それが、下の畑を次々と潤してゆく。近寄って見てみれば、その水がどれだけ澄んでいるか実感することができるだろう。


「ワサビの栽培がこんな感じと聞いたことがあるが……」

「ワサビ?」

「あぁ、俺の世界で使われてた薬味の一種だ。水質が綺麗な所でしか栽培できない植物でな。水ワサビは結構高価だったんじゃなかったか」


 アスカの言葉に、コレットはうんうんと頷いて返してくる。


「ここの水源の水質は折り紙つきですよ。私のお料理にも使っていましたし」

「マジかよ」


 色んな意味が込められた『マジかよ』が飛び出してしまった。

 そんなアスカの言葉を好意的に受け止めたのか、満足げなコレットは水耕地に近づくと、スポッとブーツを脱いだ。そして、ジャケットをたくし上げると、ざぶざぶと水の中に入って行く。

 不覚にも、コレットの白く、健康的で張りのある素足を見て、ドキリとしてしまった。


「ほらほら、アスカさんも入ってきてくださーい。気持ちいいですよー」

「長靴みたいなのは、ないんかい」


 照れ隠しでそう呟き、アスカも靴と靴下を脱いで水耕地に入って行く。近くで見てみると、このアクアクリア草というのは、ワサビというかネギに近い姿をしているのが分かる。ただ、葉緑体は含まれてないようで、葉が半透明になっている。


「根っこから抜いていいですからね。今日は二十株ぐらい使うから……十株ぐらい、優しく引っこ抜いて下さいね」

「お、おう」


 水に足を取られそうになりながら、丁寧に一株一株回収してゆく。そして、あっさり二十株集めると、それを籠に入れて再びアトリエの中へ。そして、巨大な口を開けた釜の前に集まった。


「これが錬金釜です! ここからアクアクリア草をクリアポーションに加工していきますよー」

「これにアクアクリア草を全部突っ込めばいいのか?」

「はい、全部入れてしまって大丈夫ですよ」


 中を覗き込んでみれば、水のような透明な液体がなみなみと入っている。だが……水というには粘性が高く、少々ドロッとしているように見える。アスカは籠を逆さにして、一気に中身を釜の中に入れた。そして、それを確認したコレットが、釜の隣に置いてあった櫂(かい)を手に取って、アクアクリア草を液体の中に沈めていく。


「なぁ、コレット。これでもうクリアポーションができるのか?」

「いえ、これはアクアクリア草からエーテルを取り出す工程ですね。んーと……初心者さんにはどう言えば分かりやすいですかね……」


 グルグルと櫂で中身を混ぜながら、コレットが迷ったように言う。中身が混ぜられていくと、錬金釜の中が淡く発光してゆく……先ほどの透明な液体が、自ら光を発しているのだ。


「おぉ、すげぇ」

「錬金術は大きく工程を分けて二段階に分けられるんです。『原料を溶かしてエーテルを取り出す工程』と『エーテルを付与して形を成す工程』ですね」

「その、エーテルってのは何だ?」

「言ってしまえば特性を現出させたものです。アクアクリア草からは、極めて高純度のエーテルが取れるんですよ。あ、ほらほら、そろそろです」


 そう言って、コレットが錬金釜の底を指す。覗き込んでみれば……先ほどまで大量に突っ込んであったアクアクリア草が一切なくなり、代わりに錬金釜の底に綺麗な翡翠色の石が幾つも転がっていた。コレットはそれを櫂で器用に掬い上げると、手に取った。


「ほらほら、見てください。これがエーテルです!」

「ふむ、そうなの……ん?」


 それをコレットから渡されて、手に取った瞬間……不意に、そのエーテルが『回復』のエーテルだとアスカは理解した。本当に何の前触れもなく、ふっと、エーテルの種類が分かったのだ。

 アスカは自分でも戸惑いながら、コレットに声を掛ける。


「なぁ、コレット。これって『回復』のエーテルなのか?」

「え、良く分かりましたね? 私、何も言ってないのに……」

『アスカも錬金術師の才能があるのかもしれないねぇ』


 戸惑う二人に声をかけてきたのは、事態を静観していたエリアルだ。彼女はのっしのっしと傍まで寄ってくると、コレットの胸にぶら下がっていたペンダントを鼻先で指し示した。


『アスカ、このペンダントに埋め込まれているエーテルは何かわかるかい?』

「…………『雷禍』。雷系統の上位エーテルか?」

「わ、すごい! 錬金術師になるためには、エーテルの鑑別が必須技能ですから、アスカさん、錬金術師になれますよ!!」

「あ、あぁ、そうか……」


 まるで、呼吸をするようにエーテルを鑑定できるこの能力……記憶を失う前から有していたものなのか疑問は残るが、便利なことには変わりない。

 アスカが一人で首を傾げている隣で、コレットが櫂を操って次々と『回復』のエーテルを掬い上げてゆく。相当手馴れているところから見て、何度も繰り返した作業なのだろう。


「さて、この『回復』エーテルを、水に付与していきます」


 ドンッとコレットが取り出したのは、目の前の巨大な錬金釜とは程遠い、取手がついた小鍋である。その小鍋に、コレットは大量の水を注ぎ、次に一個だけ『回復』のエーテルを沈めた。そして、取手を握ると、むーん、と目を閉じてギュッと力を込める。


「……何してるんだ?」

『魔力を込めているのさ。この付与段階では大量の魔力が必要だからね』


 そう言って、エリアルは大きくため息をついた。


『本当はこの工程は、契約幻獣と錬金術師が協力して行うものなんだけどね』

「契約幻獣?」


 アスカの疑問に、エリアルは深く頷いた。


『錬金術のエーテル付与工程では大量の魔力が必要になるのさ。だからこそ、錬金術師は、人間よりも遥かに大量の魔力を有する幻獣と契約を結び、付与作業を行うんだけど……』


 言い難そうにしているエリアルの言葉を繋ぐように、コレットがえへへ、と笑いながら口を開く。


「私、幻獣となぜか契約できないんですよね……」

「なぜかって……」

「いえ、本当になぜかって感じで。錬金術師学校でも、私の召喚に応じてくれる幻獣は割といたんですけど、いざ、契約って時点になると弾かれちゃって……原因不明なんですよね。エリアルとも契約できないし」

「じゃあ、不便なんじゃないか?」


 本来、錬金術師と契約幻獣が協力して作業をするところを、一人でやっているのだ……当然のごとく不便だろう。アスカの予想通り、コレットは苦笑を浮かべてポリポリ頬を掻いた。


「あはは、そうですね。魔力量が足りないんで簡単なポーションぐらいしか作れなくて……このアトリエにある設備もほとんど使用不可です。知識だけは色々あるんですけどね……」

「そうか……」


 よほど気にしているのだろう……あれほど前向きだったコレットの表情に影が落ちる。

 こうして世話になっているのだ、アスカとしては何とかしてやりたいとは思うが……正直、自分のみでも精一杯の現状では、手を差し伸べることすら難しいだろう。


「あ、でもこうしてクリアポーションを作るだけでも、村の人達の役に立ってるんですよ! 隣街でもこのポーションのおかげで病気が治ったって人も多いんですし!」

「うむ、そうか」


 アスカまで暗い表情をしたせいだろうか。コレットは気を取り直すように明るく話題を振ってくる。さすがに本人にここまで気を遣わせてしまっては悪いだろう……アスカも頷いて返す。

 と、ちょうどその時、ポフッと音がして小鍋の中でエーテルが溶けて消えた。


「さて、これでクリアポーション完成です! フィジカルポーションや、マジックポーションには及びませんが、滋養強壮に効く庶民の味方です!」

「おぉー。で、これをどうするんだ? 村で配るのか?」


 アスカの純粋な疑問に、にゅふふふ、とコレットが小さく笑う。


「そうですね、村々の人たちに配って……そして、余った分は隣街で売ります! 今日はアクアクリア草を二十株使ったんで、結構な量が作れるはずです! さー作りますよー! これが我がアトリエの主な収入源なんですからねー! えいえい、おぉー!」

「お、おぉー!」


 勢いよく腕を振り上げるコレットに同調して、アスカもまた腕を振り上げる。

 そんな二人を、横でエリアルが微笑ましげに眺めているのであった……。

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