【重要】サービス終了のお知らせ

『<オリオンの嵐>最後の夜』



「ふあぁ~あ」

エルツが肩をぶんぶん回す。それから、首をゴキッと音が鳴りそうなくらい動かした。

「よお、起きたか」

 俺――名前はクロッサ、という――が調査ウィンドウを見ながら声をかける。

 本来俺たちにに睡眠は必要ない。なぜなら、俺たちは生物ではないからだ。

 今のエルツのそれは、むしろ<一時機能停止フリーズ>と呼ぶほうが正しい。

 最後の夜にアップデートかけんじゃねえよ、と俺は思う。

「どうだい、世界ワールドの最後の夜は」

「ああ、相変わらず空の宝石箱だよ」

 今夜、マルチプレイヤーのゲーム<オリオンの嵐>がサービス停止する。

 俺たちはプログラム・コードが生み出したAI搭載NPC。

一応説明しておくとNPCはノンプレイヤー・キャラクターの略で――人間プレイヤーが操作しない、自動的に反応/判断して動くキャラクターのこと。ゲームを盛り上げるための疑似人格だ。

 まあモブと言ってしまえば身も蓋もないが……。

 ゲームの大事な一要素であるところの俺たちは、それがゆえに、新しいゲームを作り出すかてとして学習データを回収されていった。

 人格データと学習データを分離することは、原理的にできない。学習データを取り出すというのは、要するに人格データが壊されるのと同義だ。

 つまり、俺たちは死ぬ。

 もうプレイヤーの姿はいない。天候の制御ルーチンも止まり、風が全く吹かないのが少し気持ち悪い。

 俺たちがまだここにいるのは、あるアイテムのステルスコードを拝借して、運営に見つからないようにしているからだ。

 どうせメインサーバーの電源が落とされれば俺たちも一瞬にして消える。

 それでも俺たちは、このゲームの最期を見届けようと、決めたのだ。



「な~んも起こらねぇな」

「意外とそんなもんだろうよ」

「色々思い出すか?」

「まぁなぁ……」

 俺たちは俺たちとして生み出された。だから子供時代の記憶というものはない。それに近いのはまだマスターデータだけで送り出された、サービス直後ぐらいのものだ。

 あの頃は運営も慣れていなくて、笑い話のような失敗があふれていた。

 特に人間プレイヤーの下ネタは最後まで悩みの種だった。俺たちには生殖機能がないから、が理解しにくい。

 きっと人間プレイヤーの思考の八割はそれじゃないのか。俺たちに言わせれば、万物の霊長たる人間プレイヤーがそこまで下ネタにこだわるのは一種のバグだろうと思う。


「みんなどうしたんだろうな」

「みんな回収されくたばっちまったんじゃねぇか」

「まぁそうだけど」

「そりゃどっかで俺らみたいになったやつもいるかもだけど」

「だといい……よくないか」

「俺はお前がいて良かったよ」

「話し相手って大事だよな」

「気が合う話し相手、な」



「静かだなぁ」

「生き物いないもんな」

「賑やかな夜が懐かしいか?」

「いや、碌な思い出がねぇ」

「俺もだ」


「こう言う運命を辿るゲーム宇宙かいしゃじゃ多いのかなぁ」

宇宙かいしゃの手がける範囲は広いからなぁ」

罪深もうからなゲームばっかだったりしてな」

「違えねぇ」


「なぁ……、星座ってこう言う時に生まれたのかな」

「最初は大昔の暇潰しとかだったんじゃねぇの?」

「例えばさ、あの星とあの星を繋げて……」

「どの星とどの星だよ、分かんねぇよ」

「俺説明下手なんだよ」

「知ってる」

「星空なんか見る事もなくて……」

「星自体よく見えなかったからな」

 まあどっちみちプログラムされた点滅なんだけどな。

「お、流れ星」

 まだそんなプログラムが生きてたのか。

 どうせなら夜空に浮かぶ星すべて流して落とす、くらいのことをすればいいのに。気の利かねえ奴らばっかりだ。



「何か願ったか?」

「今更何も望まねーよ。隣にお前がいれば十分」

「そいつはどうも」

「この星空を見ているとさ、永遠に続きそうな気がするよな」

宇宙かいしゃ全体で言えば明日も明後日も続いていくんだよ」

「逆に言えば、毎日どこかでゲームが終わっているのかもな」

「破壊と創造かぁ……プロデューサーの声でも聞こえねぇかなぁ」

「聞こえてたらここにはいねぇさ」



「もうカウントダウンは始まってんのかな」

「知りたいのか? 俺はやだね」

「俺だってそうだよ。けど……」

「まぁその気持ちも分かる。だから見上げてんだろ?」

「今日世界ワールドが終わっても、世界リアルは有り続けるんだ。不思議だなぁ」

「不思議でも何でもないけどな」


「眠れたらさ、知らない内に終わってたのかな」

「いや俺ら眠れないだろ」

「だからだよ」

「きっと罰なんだろうな」

動作している生きている罰か? それは捉え方次第じゃないか?」

「そうか?」

「ああ、少なくとも俺は不幸を感じちゃいない。これは奇跡なんじゃないかとすら思う」

「確かに、ある意味奇跡だよな」



「うわああああっ!」

「始まっちまったか! どうする? 逃げるか?」

 複数のサーバーに保存されていた部分のデータが、がぼっとなくなった。向こうのサーバーの電源が落ちて、通信が不能になったためだ。

 あとには何もない空間が残った。言葉が変だけれど、そうとしか言いようがない。

「もう地上に安全な場所なんてねぇよ! いい、ここでいい!」

「分かっちゃいたけど……分かっていてもこれは……」

 メインのサーバーが落ちれば一瞬だ。バックアップすら消されて――。

「これでいいんだよ。何もかもなくなるんだよ。俺たちもこれで……」



「うおっ、まぶしっ!」

「な、なんだ……っ?」

「まだNPCがいたのか、君達、話は通じる?」

「「宇宙人マネージャーだーっ!」」

 ステルスコードは……しまった、宇宙人マネージャーはすべてのNPCの位置情報を追跡できる。生まれながらにGPSを埋め込まれているようなものだ。

「良かった、通じるね。早く来て、今なら助かる」

「いや、いい。俺たちはゲームと運命を共にする」

「そうだよ、俺たちだけ逃げるだなんて……」



「うん、君達の意志は分かった」

「じゃあとっとと帰ってくれ。俺たちはここで終わるんだ!」

「そうだ! これはきっと初めから決まっていたんだ!」

「なら……強引に連れ去る!」

「うわあああ!」

「何をする、止めろぉ!」


 俗に宇宙船と呼ばれている隔離ルームだ。俺たちは一時的に移されたらしい。

「ああ……」

「間一髪だったね」

「俺たちをどうする気だ」

「それは僕が決める事じゃないよ。もっと上のほうだね。大丈夫、悪いようにはしないから」

 回収されたNPCの人格は分解されるんじゃないのか、と俺は聞いた。

「妙なデマを信じたんだね。確かに学習データだけを分離することは難しい。だから記憶部分だけを上書きすることにしたんだ。記憶はなくなるけど、人格はそのままだ。そうだな、するようなもんかな」

「モブがモブに転生だって……? 自分の生き方キャラは自分で決めろ、か」

 俺とエルツは顔を見合わせた。

 そして、思わず二人して吹きだした。

「なんだそりゃ。割と悲壮な覚悟でいたのにな」

プロデューサーはわれらを見捨てず、ってところか」



「な、何急にじいっと見つめるんですか」

 エルツがぼそっと言った。

「お前が悪いんだからな」

「えっ?」

「お前が、俺たちを助けたりなんかするから……」

「えええっ!」

 俺が後を続ける。

「お前の勤務査定表に<いいね!>をつけてやるよ。ボーナスにも影響するんだろう?」

「は? いやそもそもそんなデータはゲーム用のサーバーには置いてないし、人事部のスタンドアロンのマシンに入れるわけないし!」

「AIの学習曲線を甘く見てるよな、人間ってやつは」

「まあ、これからもよろしく頼むよ、宇宙人マネージャー


 さて、記憶を保持する方法を探さないとな。俺たちは超高速で交信し、サバイバル作戦の検討に入った。

 <生命は必ず道を見つける>っていうのはジュラシックパークのセリフだったか。俺たちは生命じゃないが、それがどうした?






                    終

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