サンドイッチ

「ランチタイムにサンドイッチセット出したいなって思っててさ」


今日は偶然休みが合った高校の友人と知恵の店でランチだ。


浅木君は少し異色だがとあるコンセプトカフェを複数経営する会社に就職し、今は都内のちょっと有名なメイドカフェの厨房で働いている。

そういう店の男の店員ってお客さんから嫉妬されないの、と問うと、厨房だから基本的には表に出ないしむしろお客さんとのトラブルがあった時のために男性スタッフがひとりでもいる方が働く女の子が安心するからって本部の社員さんが、と彼は答えた。

それに俺、見た目あんまり男っぽくないだろ、マスクしてれば案外お客さんに見られても大丈夫なんだよ、とあっけらかんと笑う。


確かに浅木君は小柄で痩せ型、顔立ちは「可愛い」系の男子ではある。

髪も伸ばしていて、仕事中はゴムで結んでピンでがっちり止めているという。どことなくアイドルっぽい外見のため高校時代には「いっそスイーツ屋の販売員になったら人気が出そう」と言われた事もあった。

オタク向けカフェも一時期程の大きなフィーバーはないものの、今でも似たコンセプトのカフェは次々開店しては潰れ、入れ替わりが激しく生き残りも大変だそうだ。

「でもパン屋もすげー大変なんだろ、朝めちゃめちゃ早くて残業当たり前だって言うじゃん。特に中島のとこはチェーン店だし場所も良いから人気もあるだろ」

まさにそれは浅木君の言う通りだ。早番の時は毎回始発出勤だ。就職してから数か月で腕にとんでもない筋肉がついてきている。しかし飲食が忙しいのはどこも同じだとは思う。

「でもだからこそ体力ある若い内にやっておいて損は無いと思ってさ。一応大手だから大変な事も多いけど待遇はそんなに悪くないよ。人間関係も良好」

凪沙がそう言うと浅木君は「中島って高校の時からなんか妙にドライって言うか堅実って言うか、変に達観してるよなあ」と呟く。落ち着いてる、って意味な、と付け加えながら。

クールだ、とはよく言われてきたし、高校時代はバレンタインに男子からも女子からも手作りチョコを大量に渡されていたのも事実だ。流石に食べきれず兄と姉が半分食べてくれたのは秘密の話で。


知恵の店の目の前にカフェがあり、ランチの後そこでしばらく二人で喋っていた。二時を過ぎた頃、知恵がカフェにやってきた。丁度ランチタイムの手伝いが終わったようだ。

そして言ったのだ。

「サンドイッチセット出したいな」と。

そのためにホームベーカリーを買うかそれとも近隣のパン屋から食パンを仕入れるかで母が悩んでいるのだそうだ。

凪沙も浅木君も仕入れる方を勧めた。

ホームベーカリーで一度に作れる量などたかが知れているし、知恵の店の厨房は決して広くはない。手間は掛かるし邪魔になるのではないか。

「そうだよねえ………」

知恵はそう言いながらコーヒーをすする。

「そういえば」

浅木君がふと思い出したように声を上げる。

「サンドイッチって言ったらお店のメイドさんに不思議な話聞いたな」

「何」

凪沙と知恵が同時に聞くと、彼は少し考え込むような顔を見せる。

「信じてくれるかわかんないけど」

そう前置きをしてから彼は話し始める。


「そのメイドさん、俺より三つか四つ年上でメイドカフェで働く前にしばらくキャバクラで働いてたんだって。実際美人というか化粧も喋りも凄く上手くてめっちゃ接客のプロって感じの人で、若い割には安いキャバクラじゃなくて銀座の方のちょっと良いクラブで働いてたらしくて」

「ふむ」

「キャバクラに同伴出勤ってシステムあるじゃん、お客さんと外で食事とかしてから一緒にお店に出勤するって奴」


そのメイドさん曰く。


半月に一度位のペースで同伴出勤をしてくれる、小さいが老舗として有名な会社のお偉いさんがいた。

もう現役は退き形だけの会長職についているという七十才近い上品なおじいちゃんだった。

いつも決まった純喫茶で待ち合わせ、その隣にある同じ系列の古いレストランで軽く食事をしてから一緒にお店に出勤する。

どちらも会社のお偉いさんがホステスさんを連れて行くにしてはそれ程お高いわけでもなく特に豪華な店ではなかったそうだ。でもそのおじいちゃん会長はその店を両方とても大事にしていた。

田舎から出てきたばかりの小娘に取っては充分魅力的なセンスの良いお店だったしキャバクラではきちんとお金を使ってくれるからそれ程ケチ臭いとも思わなかったという。


おじいちゃん会長は純喫茶にいつも先にいて、サンドイッチセットを頼んでいた。

遅れて合流した彼女がコーヒーを飲み終わる間にゆっくり食べ終わる。その後に行くレストランでは彼女にばかり美味しいものを食べさせ、おじいちゃん会長は酒のつまみ程度しか頼まない。

そしておじいちゃん会長にが必ず純喫茶で頼むサンドイッチセット。

小さいサンドイッチが六切れ、白いお皿に乗って出てくる。

おじいちゃん会長はその内一切れだけ残す事が度々あった。

ある時、メイドさんは差し出がましい事とは思いつつ出来るだけ機嫌を損ねないように馬鹿丁寧な言葉遣いでサンドイッチを残す理由を聞いてみた。体調が悪いのに無理をしているなら嫌だな、と思ったから。

するとおじいちゃん会長は穏やかな顔で教えてくれた。


おじいちゃん会長は昔からこの純喫茶の常連客であった。

若い頃は父の知人の会社で修行をしていて、営業として外回りをしていた。純喫茶で昼食を取ったり取引先と打ち合わせをしたり、頻繁に利用していたそうだ。

ある日、純喫茶とレストランの創業者の男性に見合いの話を打診された。

もし今恋人などがいないのならば隣のレストランで働く創業者の娘と一度会ってくれないかと。

おじいちゃん会長はその娘さんに一目惚れをしてあっさり結婚することになった。

そして子供が二人生まれた。一人目が女の子、二人目が男の子。

妻と二人の子供を連れて休みの日にもその純喫茶に立ち寄る事が多かった。

息子は小さいので余り沢山食べられない。

なのでいつもおじいちゃん会長の頼むサンドイッチセットから一切れだけ「ちょうだい」と言って食べる。

幸せな小さな日常であったが、ある日息子が交通事故で亡くなった。おじいちゃん会長が三十五才の時である。息子はようやく五才になったばかりであった。

しばらく脱け殻のような生活を送っていたが、ある日ふと気付く。

純喫茶でいつものように癖でサンドイッチセットを頼んでしまう。しかし食欲がないのでなかなか食べきれない。息子の事を思い出して涙が溢れてしまいほんの数秒両手で顔を覆っていた隙に、又は窓の外に気を取られている隙に、ふとトイレに立った隙に、気分転換のつもりで文庫本を開いた隙に、サンドイッチが必ず一切れ無くなっているのだ。

最初は気のせいか誰かの悪戯かと思った。

しかし毎回毎回同じように一番右端の卵サンドが無くなっているのだ。

ある日、馴染みの店員が小さな声で耳打ちをしてきた。


「実は、あなたの息子さんの幽霊が店の中を歩いているのを何度か見てしまいました」


ああ、これは息子の仕業なのだ。

そう思ったら少しおかしくて笑ってしまった。

三回忌を過ぎる頃には目の前で一切れ無くなる不思議な現象は大分減ってきた。

しかし息子のために一切れ残しておく癖がついてしまった。

その残した一切れはおじいちゃん会長が店を後にして店員が皿を片付ける時には無くなっているのだそうだ。

つまみ食いを見られるのが恥ずかしいと思うようになったのかもしれないな、とおじいちゃん会長は言う。

メイドさんはそんな大切な店にホステスなんて同伴して良いのかな、と思ったそうだが「妻も早くに亡くしたし娘も結婚で遠くに行ってしまった。だからと言ってひとりで辛気臭くしているよりは若くて華やかな人と楽しく過ごした方がお店も明るくなるしご飯も美味しくなるでしょう、そういうのって大事なんですよ」とおじいちゃん会長は笑った。


「何そのハートフルホラー」

 知恵がボソッと呟く。浅木君は淡々と話を続ける。

「そんでさ、うちのメイドカフェって立地も良くてちょっと変わったコンセプトなのもあって男性客だけじゃなくて女性とか親子連れの客も多いわけ。そのメイドさんはさ、小さい子供に『めいどさんのおすすめはなんですか?』って聞かれたら大体『サンドイッチセットだよ!とってもおいしいよ!』ってハート散らしながら答えてる」

「可愛いかよ、なんだよそのオチ」

 知恵はそう言いながら笑っていた。

 

釣られて笑ってしまった凪沙はふとある事に気付く。


………私がこの数ヶ月で見た幽霊、ほぼ全て子供の幽霊じゃない?


今時珍しく小さな屋上遊園地があるような駅ビルで働いている以上、子供の幽霊との遭遇が多い事に対してなんの疑問も抱いて無かった。


でもなんで子供ばっかり私にくっついてくるのだろう?恋人もいない、結婚の予定なんて遥か遠くの私に。


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