目線の先

千ヶ谷結城

prologue《喪失した目》

 2013年4月9日。私と君が中学校で出会った。

 2016年3月19日。私と君が中学校を卒業した。

 2016年4月7日。私と君が高等学校に進級した。

 私と君は中学校で出会った時から、同じ高等学校を目指していた。それは運命のようにも感じられた。

 その時から私と君は、口では『信頼している』と言い、内心では『嫌い』と言う仲だった。毎日のように一緒に過ごしたが、互いを嫌っていた。

 地球上でとても珍しい特異体質者――言葉で相手を支配できる力を持つ者――だった私は、大切な物に気付きにくかった。そして、それは君も同じだった。幼い頃に母親を亡くし、父親と生きて来た君。人の事情など気にしなかった私なのに、君の事は気になった。何故か、とはあえて考えなかった。ただ君に惹かれるのだ、と信じて。

 高等学校に入学すると偶然、同じクラスになった。入学当初から、私と君は会話を弾ませていた。そんなある日の事。



「ねぇ、あの人と付き合ってるって本当?」

 数回の席替えを繰り返して隣になった女子。突然にも私と君の関係に、探りを入れ始めたのだ。

 驚いた私は平常心を保つ事が不可能になった。女子が私に聞いている事すらも分からなくなってしまったのだ。

「ごめん、なんて言った?」

 ちゃんと聞き取れていたはずだが、もう一度確認をするために聞き返す。女子はそんな私に呆れて、大きな溜め息を吐ついた。

「だから! あんたはあの人と付き合ってるの?」

 はきはきとした口調で、全ての言葉にアクセントを付けて女子は話した。もう分かった。彼女が聞いている事は分かった。が、驚きの度合いが過ぎた私は、口をぱくぱくとする事しか出来なくなった。これでは、もっと誤解を深くしてしまう。慌てて否定をしようとするが、女子の楽しそうな顔に負けてしまう。

「えっと、ね……」

 言葉がそれ以上続かない。このままでは、本当に付き合っている事にされてしまう。クラスメイトの理想に合わせていくのはとても大変だと、今も身を以って体験しているではないか。

 教室内で私は“孤高の女”と呼ばれている。ただ熱心に勉強をしているだけでも、表情が強張っていたり態度が怖かったりするらしい。それ故に、入学当初は君以外の友達が出来なかったものだ。

 女子の表情は興味津々そのものだ。誤魔化す事も不可能だと女子の顔を見て、私は確信した。そして、思い切って口を開く。

「僕達は付き合ってないよ」

 私が口を開いたが、言葉を発したのは君だった。君の言葉は平常心を保ったままで、私はその事にも驚いた。

 出鱈目でも私は女子の質問に驚いてしまった。なのに君は、聞こえた途端に驚きもしなかった。そして当然のように会話へ入って来た。

 君の言葉に偽りは無かったが、心の奥底にぽっかりと穴が開いたように寂しくなった。

「なんだ。あんたが言うならそうなの? みんなはすごく信じてるけどね」

 女子はそう言い残し、私と君の目の前から姿を消した。きっと、これからクラスメイトに広めるのだろう。女子が向かった所では『えぇ!?』という声が聞こえる。その反応で分かった。みんなも信じ込んでいたのだ。まさに女子の言う通り。

 私が君に話す言葉で迷っていると、先に君が話し始めた。

「ああいうの、困るよね。ま、しっかり誤解が解ければいいけど。ね?」

 そして、君もそれだけを言い残し、席に戻って行った。それを私は黙って見送った。

 私の目線の先には君の背中がある。性別のわりには小さく、しかし大きな糧を背負っている背中。

 私は思ってしまった。


 あの背中に守られたい。


 と。

 いつかは失う物だと分かっていたのに。それも私が自分から手放す物だと。

 もう君の背中に、君の姿に私の手は届かない。声すらも届かないのかもしれない。そう思うと、胸がぎしぎしと軋むような気がした。身体が壊れてしまうような気がした。怖くなった。そして、私は君を手に入れなければ、と瞬間的に思った。

 私には君の存在は大きすぎて、異世界の人なんだと分かっていながら。また、すぐに君を――さなければならない状況に陥ると分かっていながら。

 それでも私は、君が居る目線の先に憧れ、目指した。



 大切で大切ではない君。だからこそ、私は迷う。

 助けようか、見捨てようか。

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