何度目かの一生のお願い

「一生のお願いがある!!」


 とヤマイから何度聞いたかわからない言葉を聞かされる。その理論で言えばお前は何回生きているんだと、何回お前はこの人生を繰り返しているのかと問い質したくはなるが、そのヤマイのおどけた調子はいつものことだ。


 「それで?」


 それとなく、といういわけでもなく直球に用件を聞く。ヤマイはこれみよがしに大きく頭を振り、というよりも勢いよく頭を下げる。ガンっと机にぶつけて一瞬よろけたような気がするが、当の本人はまるで気にしないかのように頭を下げた。


 「俺の代わりに委員会に出てほしい!」


 委員会。正式名称は各委員会総合会議とかそんなんだったような気がする。そもそもそんな風に正式名称を知っている人物もなかなかいないだろうし、何より教師、生徒ともに委員会で通じるから特に不便もない。


 因んだ話でも何でもないが、こいつの前の一生のお願いも代わりに委員会に出席してくれ、というお願いだったわけなんだけれども。


 「いやー、委員会の日に限って欲しいものの限定販売があるんだよなー!」


 「……例えば?」


 「………………、ヘアー、トリートメント」


 ものすごくためて言ったから何かと思いきや、まさかのヘアートリートメント。


 「いや、確実に嘘じゃねーか」


 確かにヤマイは髪に対してこだわりがあるとは思うけれど、限定販売のヘアートリートメントなんて、そんなにないだろう。そもそも、そのためだけに委員会をサボるというのもあまり解せない。


 「……なあアキ。……俺たち、親友だよな」


 「その触れ込みで親友を語るやつは信用しないことにしている」


 着席している僕に対して、さも友達ということを主張するかのように肩を組んでくる。それを僕はこれ見よがしに取り除いた。


 「頼むよ、アキ。ここは、事情を聞かず、男らしくさ、譲ろうぜ?な?」


 「お前が男らしくないじゃねーか」


 自分でも野暮なツッコミだとは思う。


 ヤマイはあからさまにため息をついて、そしてこれまたあからさまに俯いた。それが演技なのかどうかはわからない。それでも、そのあからさまな態度はどこか気になってしまう。


 「なんでそんなに委員会に行きたくないのさ」


 「………姫だよ」

 

 姫。


 その通称は僕の幼なじみであるアオイにつけられたものである。

  

 どちらかといえば冷徹という印象で女王という表現のほうが適しているような気がするのだけれど、どうにも可愛らしい顔立ちをしているからか、男子ども、そして女子たちからは姫、姫、ともてはやされている。

 

 だがもちろん、可愛らしい顔立ちというだけでもてはやされるだけではない。洒洒落落とした毅然とした態度で振舞っているからこそ、彼女は姫、と呼ばれているのだ。


 当の本人に一度だけ、姫と呼ばれることについてどう思っているのかを来てみたことがあるけれど、アオイは姫というあだ名で裏で呼ばれているということは知らなかったらしく、普通に無視された。


 ……単純に無視されただけかもしれないけど、気にしたら胃が痛くなる。


 「アオイになんかされたの?」


 「……言いたくない」


 ヤマイは心の底からそうつぶやくように低い声で言った。アオイが何をやったのかは知らないが、これは相当に重要だ。


 最初にヤマイから委員会の仕事を頼まれたときは4月だ。その時は本当に用事があったのだろう、それ相応に物を頼まれたわけだが、現在の季節は6月。明らかに5月の委員会で何かあったに違いない。

 

 「というかそもそもなんで委員会とかやろうと思ったのさ。ヤマイってそういうキャラじゃないだろう?」


 「なかなか委員会になろうとする人がいなくて、困っていた委員長が可愛かったから」


 「即答かよ」


 「まあ、冗談は置いといて」


 「即答のくせに冗談かよ」


 ヤマイはおどけて笑う。

 

 「実際問題、委員長のためだったっていうのは本当なんだよ。いろいろと解釈的には違うけど、演繹的に委員長のためにやったことにはなるのかな」


 「ほうほう」


 「……まあ、でも。こうなるんだったら割とやらないほうが俺的には正解だったような気はするけれどな」


 ヤマイは苦笑した。


 「アキが嫌だって言うのなら、仕方ない。とりあえず、他の人とかあたってみるかな」


 「自分で行く気はないのね」


 僕は息を吐いた。全身の力を抜くように、大きく息を吐いた。


 「"仕方ない"、それはこっちのセリフだよ。部長に今日の部活は休むって伝えに行かなきゃいけない手間が増えた」


 「……行ってくれるん?」


 瞬間、ヤマイの視線が期待を孕んだものになる。


 こういう素直さも、おそらく彼の好感が持てる部分かもしれない。


 「アオイと僕は幼馴染だからね。身内が迷惑をかけたっていうなら、僕が代わりに行こうっていうだけの話だ」 


 僕がそういうと、ヤマイは僕の手を握る。


 「アキ、俺はお前が好きだよ」


 「……気持ち悪いよ、お前」


 なんとなく、その後も妙にヤマイは擦り寄ってきた。


 うん、なんか気持ち悪い。





 先輩である部長の教室に向かうのはなかなかに心臓がざわつく。

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