遅刻と喧騒

 学校に着いて、無言でアオイとはクラスを別れる。幼馴染と言っても、クラスが同じというまで都合よく世界が回るわけがない。というか、僕自身は彼女と同じクラスになったことは今の今までに一度もない。


 下駄箱で靴を履き替える。上靴の汚れが目立って見えて今度の週末こそ持ち帰って洗おうと考える。……どうせ忘れる。


 階段を一段一段を踏みしめながら歩く。


 通りすがりの後輩らしい男子生徒は何段か飛ばしながら走るように急いでいたけれど、特に遅刻するような時間でもないから慌てる必要もない。幼馴染との約束の時間に遅れたからと言って、それが学校の遅刻に等しくなるほどに影響するわけじゃない(遅刻に影響するほどならばアオイは僕を見捨てて先に行くだろうし)。


 階段を上りきった先に、僕のクラスはある。都合がいいのか、遅刻寸前で駆け込み乗車よろしくダッシュで教室内に突入してくる輩もいる。それで騒がしくなることを僕は嫌っている。


 教室に入り、クラス内を一瞥する。


 仲がいいと言える友人はまだ来ていないみたいだ。彼は遅刻常習犯であるために、今来ていなくてもさりとて気にはならないが、彼のせいで教室がざわつくのは、やはりあまりいい気分ではないものだ。


 とりあえず、鞄内の荷物の整理を行う。なんとなく、モノの選別を行っていることを認識しながら時間を過ごした。


 次第にやることもなければ、適当に使っている国語のノートの後ろ側を開いて、何か書こうか考えてみる。


 ───おまえはだれだ。


 ここから、何か物語が生まれれば面白いが、特になにか思いつくことはあっても書くことない。

 自分自身を追求する話、他人の秘密を追求する話、他幾数の話を思いついても書く気にはなれないのは、なんとなくその場の思いつきが稚拙だということを認識しているからだ。


 それなら、と。


 物語ではなく、自分自身のことをまとめることにする。


 名前は、酒井アキ。年齢は十六歳で……。


 行き詰まる。こういうとき、何を書けばいいかなんてわかっているけれど、その続きを書きたくないような気がした。

 

自分自身の琴線に触れかねない。家族構成だけは、どうしても書ける気がしない。


 こういうときに適当なことをかける性格ならば、それこそ社交的な性格の人間だろうな、とかそんなことを考える。


 性格、ね。


 性格は卑屈、って笑われながらいろんな人に言われている気がする。自覚の有無についてはともかく、客観的に見られてそうなら、性格もそうとしか言いようがない。


 性格の欄に卑屈って書く。割とこの作業は時間が潰れる。ふとやりだしたことではあったけれど、少しは退屈が紛れるかもしれない。


 その後も自分の身長、体重など書いて、入っている部活かなんかも書いてみる。そんなことをしてればもちろん時間は経過しており、いつの間にか教師が教団に立ってショートホームルームを開始していた。


 欠席の確認へと事は移っていて、次第に自分の名前を呼ばれて返事をする。気だるさが混じったひどい返事だったがそれを注意するほど熱心な教師ではない。淡々と返事を聞いて記録簿へ記入している。


 最後の出席番号を担っている和田くんに点呼の番が回ったところで、


 「うおおおおおおお」


 と勢いのいい叫び声が聞こえてくる。声自体は爽やかで聞き心地こそは良いが、声の叫びが近づくに連れ、もちろんだが声も大きくなる。その騒がしさが、とても耳に障る。


 声の主である青年は叫んだまま階段を上りきり、さながらサッカーのスライディングよろしく教室内まで飛び込んでくる。それが教室に入るまでの時間を短縮できるかどうかを僕は知らない。おそらく、ただの格好つけだろうと、そう思った。


 「はい遅刻」


 「うわあああまじかよおお」


 悲鳴に近い叫び声が聞こえたところで点呼は終わる。彼の叫び声で和田くんの返事がかき消されていたけど、何事もなかったように事は進む。


 叫び声の主は、指定されている席である僕の後方に座り、はあ、とため息をついた。


 今日はやけにため息に関わるなぁ、と他人事のようにそう思った。

 

 「今日の遅刻した理由は?」


 「重そうな荷物を持ったおばあさん」


 「これまたベタな……」


 呆れたように笑うと、それにつられて彼も、唯一と言っていい僕の友人であるヤマイも笑う。笑いざまも爽やかだな、なんて思うけど、僕にそんな"気"はない。


 ただ、僕がこう思えるくらいには爽やかでハンサムと言えるような顔立ちをしている。それなりに言動も明るいほうだから関わりやすく、女子にだって人気もあるし、僕を含めた男子からも人望は厚い。


 なんでこんな僕と関わってくれるのかも疑問なところで、前に一度聞いてみたことはあったけれど、その際の答えは「後ろの席だから」といった安直な理由だった。


 そんな彼のトレードマークは金髪じみている茶色の髪。


 見る人が見れば天然色だとわかるらしいけれど、僕は見る人ではないから染めたらしい髪の毛にしか見えない。


 前、それで一度からかったときがあるが、その際に本気で怒られたから、染めた髪ではないということは理解できた。いや、理解させられた。


 髪色の事情については定かではない。前述の通り、髪色で一度からかってしまったため、髪色についての話題はあまりにも触れづらい。高校側が黙認というか注意しない動向を見れば、おそらくそれが染めた髪でないということは自ずと理解できた。


 「というか、そもそも早起きしていればそのおばさんにも出会わなかったんじゃないの?」


 「いーや。俺が来るまであの人は立ち止まっていただろうさ。……この設定には乗ってくれるのね」


 彼は苦笑しながら鞄の中身を選別する。と言ってもおざなりに鞄の中の荷物を机の中に移しただけなのだけれど。大雑把な性格は楽だなぁ、と神経質である僕は思った。


 「設定に乗るのは、そのほうが弱点をつきやすいからだな」


 「うわっ、卑しい性格だな」


 「それを言うならいやらしい性格だろ」


 「ん?やらしい性格だって?」


 「……鬱陶しい」


 かはは、と彼は笑うと荷物の整理が終わったようで、おもむろに立ち上がり、僕の席の前へと移動する。どうせすぐに授業が始まるというのに。


 「このノートはなーんや?」

 「あっ」


 ヤマイは僕の机の上においてあったノートをパラパラとめくる。


 「おい、やめろ」


 「いやー、だって次の授業数学なのに国語のノートなんて変じゃん?」


 もっともである。


 こういうときに几帳面な性格は損をする。適当な言い訳を繕えない。


 「ほう……。ほーう」


 興味あるのかないのかよくわからない態度。見たなら見たとはっきり示してほしいけれど、それを自分で聞くのには抵抗がある。


 別に感想がほしいわけでもない。何より感想を求めるものでもない。


 「……ぷっ」


 あからさまにいたずらっぽい顔をしてヤマイは吹き出すように笑う。


 「自分自身を卑屈って紹介するやつ始めて見たよ」


 「うるさいな。お前とかがいつもそういうから」


 「俺だけじゃないだろ?今まで何人の人に言われたさ」


 ヤマイに言われるがまま記憶の片隅をたどる。ヤマイ以外の人物だと、アオイ、部長、中学時代の友人。


 「三人」


 「三人?!少な!」


 「もともと社交性とかないから」


 「………ああ、友人が少ないって意味ね…」


 納得した顔をするヤマイ。どこかそのニヤついた顔が癪に触るが、この際そんなことはどうでも良かった。アオイの顔がどこかちらついて、なんとなく忘れていた憂鬱がまた心の中にはびこったから。

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