Episode:02-06 塔と煙と


 鐘楼の上には交代で見張りしてるらしい青年団の人が何人かと、防災担当のおっさんがいた。

「ども」

 下から連絡が行ってたんだろう、俺らを見ても誰も驚かない。

「お、やっと上がってきたか。にしても、お前がわざわざ上がってくるなんて珍しいな。やっぱそのお嬢ちゃんの案内か?」

「そんなとこです」

 叔父さんがこの町じゃ有名人なもんだから、たまに来るだけの俺まで、町のエライさんに顔知られまくってる。

 絶対に悪いことはできないってやつだ。

「ほらお嬢ちゃん、そんなとこ突っ立ってないで、こっち来て見てごらん」

 ――おっさん。

 美少女ぶりに当てられたのか、猫なで声でルーフェイアの面倒みてやがるし。

「あれ、ちょっと届かないか? そしたらほらこれで……よし、この上へ乗ってごらん」

 挙句にその辺に置いてあった木箱を動かして、踏み台にしてやってるし。

「見えるかい?」

「はい、大丈夫です」

 そうやってしばらく、町の外に広がる平原を眺めた後だった。

「あ、煙……?」

「煙?」

 妙なことをこいつが言い出す。

「どっかの改造屋の煙じゃねぇのか?」

「んと、そうじゃなくて、火事みたいな……」

「なにっ!」

 緊張が走る。

「お嬢ちゃん、どこだっ!」

「いえ、あの、そこの町中……」

 おっさんたちの剣幕に押されながらも、ルーフェイアが指差した。

 慌てて見張りの一人が望遠鏡を向ける。

「分かるか?」

「はい、どうにか――南区の十番通りっぽいですね。キナ通りと交差する辺りです」

「え?」

 耳を疑う。

 確か叔父さんとこのいちばん上の姉貴とその娘のネミ、いま住んでるのそこら辺だ。春に来たとき家建て直すってことで、仮住まいへの引越し手伝わされた。

「やべぇ、俺ちと行ってきます。姉貴とか家が今そこなんで!」

「ホントか? だが気をつけるんだぞ」

 慌てて身を翻して階段を駆け下りようとした時。

 ルーフェイアと目が合った。

 不安げでうろたえて……。

 ――そうか。

 ここでひとりにされるのが嫌なんだろう。

「来るか?」

 俺の言葉にこっくりうなずく。

「んじゃ行くぞ!」

 さっき上がってきた階段を二人で駆け下りて、街中を駆け抜けた。

 にしても、華奢な見かけによらずルーフェイアはタフだ。俺だって学院で鍛えてるのに、ぜんぜん遅れないでついてくる。

 そのうち、前のほうに人だかりが見えてきた。

 ――って、マジかよっ!

 悪い予感ってのは当たるもんだ。姉貴たちのアパートメント――ってもかなり豪勢――は火元じゃなかったものの、もう隣の炎が移ってた。

「晴天続きだったからな……」

 誰かのつぶやきが聞こえる。

「すいません、通してもらえますか!」

 どうにか人垣をかき分けて家の前まで行くと、その辺の男連中に姉貴が、取り押さえられてるのが目に入った。

「姉貴、だいじょぶか?」

「イマド!」

 声に気がついてこっちへ振り向く。幸いぱっと見、ケガだのヤケドだのはなさそうだ。

 ただほっとしたのも束の間だった。

「ネミがっ! ネミが中にっ!!」

「え?!」

 お土産でも買ってって――そいや忘れてた――やろうと思ってたあいつが、まだこの中に取り残されてるって言う。

 けど思いのほか火の勢いは強くて、誰もが二の足踏んでる状態だ。「消防はまだか!」とか、叫び声があがってる。

 と、気配もナシにルーフェイアが隣へ来た。

「中に……誰かいる……の?」

「それが、姉貴の子のネミってチビが――」

「わかった」

 俺の言いかけた言葉が終わらないうちに、こいつがふわりと身を翻す。

「なっ、ちょ、待てっ!」

 止める間があればこそ、あっという間にその姿が、炎が縁取る建物へ消えた。

「ルーフェイアっ!!」

 とっさに――あとで、よくンなことをしたと背筋が寒くなった――俺も後を追う。

「バカヤロっ! 死ぬぞ!!」

「イマドこそ、どうして?! あたしはともかく……死んじゃうじゃない!」

 それは俺のセリフだろ、と思う。どこをどうやったら、炎の中でこいつが平気でいられるってのか。

 けど、言い切るだけあってちゃんと理由があった。

「ちょっと待って、いま精霊、移すから」

 突然、奇妙な感覚が襲う。

 ――なんなんだよ、これ?

 背筋が逆なでされるような、独特の感覚。

「ごめんね、持ってた精霊……どうにか強制憑依、したんだけど」

「あ、それでか」

 シエラ学院の傭兵隊は、精霊を利用した強力な魔法で有名だ。だから俺もいちおう、これについての知識はあった。

「精霊」って呼ばれる存在は、けっこうありきたりだ。ちょっと曰く付きの山だの洞窟だの滝だの、そういうところへ行けばたいていお目にかかれる。早い話そういう「場」で出来上がった、この世界を作るエネルギーの塊だ。

 しかも、それぞれに意思があったりする。

 なんでエネルギーの塊が出来たうえ意思まで持つのか、これはさすがに分かってなかった。神話の時代の超技術で作られたとか、死んだ人間の魂だとか、異世界から来てるとか、いろんな説があるけど真相は藪ン中だ。

 ともかく精霊はそういうよく分かんねーモノで、でも捕まえて従えて上手に使うと、自分を強くしたりできる。

 にしても。

 精霊を使うとこうなるっては聞いていたけど、どうにもヘンな感じだ。

 ただ、焼けつくような熱さは消えてた。

「炎と煙、だいじょうぶにしてあるから。早くしないと」

 なんかいまいちピンとこないけど、炎やら煙やらでやられるってことはないらしい。

「えっと……二階?」

「いや、三階だ。姉貴んち、今そこだから」

 こいつと二人、炎が舐める階段を駆け上がる。幸い石造りの階段は、まだしっかりしてた。

「ネミ、いるのかっ!」

「待って、なにか……」

 どうもこいつ、耳も鋭いらしい。

「この先……泣き声?」

 廊下の向こう、固く閉ざされた扉を指差す。

「間違いない、姉貴たちの部屋だ。行くぞ!」

「だめよっ、開けたら! 空気が入って、一気に燃え上がっちゃう!」

「じゃぁどうするんだよ!」

 答えはなかった。代わりにルーフェイアのやつが、何か呪を唱えだす。

「幾万の過去から連なる深遠より、嘆きの涙汲み上げて凍れる時となせ――フロスティ・エンブランスっ!」

 瞬間、冷気系最上級呪文が炸裂した。

 通ってきた後ろに氷の壁が出来たうえ、周りの炎も弱まって消える。

 ――魔法って、こーゆー使い方もあんのか。

 感心しながら、俺はドアのノブに手をかけた。こっちももう冷えてる。

 それから慌てた。

「早くっ! 今なら開けられる!」

 ルーフェイアが急かす。

 けど。

「分かってるけど、開かねぇんだよ!」

 炎にやられたのか、今ので凍りついたのか。ともかくドアはびくともしない。

「どいてっ!」

 しびれを切らしたルーフェイアが、俺を押しのけた。

「ネミちゃん、ドアから離れてっ!!」

 一言警告してこいつ、目にも止まらない速さで蹴りを叩き込む。

 轟音とともに、一撃でドアが砕け飛んだ。

 ――信じらんねぇ。

 どこをどうやったら、あの細っこい脚でンな離れ業ができるんだか……。

「ネミちゃん!」

 もっともこいつにゃこれは当たり前らしくて、そのまままっすぐ部屋へ飛び込んでる。

「おねえちゃん、だれ……?」

「え、えっと……その、助けに、来たんだけど……」

 そこで詰まるな。

 あんだけ勢いよく魔法放ってドアを蹴り砕いたってのに、ネミの質問にしどろもどろだ。

「ネミっ、逃げっぞ!」

「おにいちゃん?」

 一瞬俺のこと忘れてたらどうしようかと思ったけど、それはなかったらしい。

「おにいちゃん、あつかったよぉ……」

 燃え始めたのと反対側の部屋にいたのがよかったんだろう、ネミはケガした様子もなかった。

「もう、だいじょぶだ」

 すがりついてきたチビを、とりあえず抱きしめる。

 けどルーフェイアのほうは、感動の再会になんざかまっちゃなかった。

「早く、ここから出ないと。火が消えたわけじゃ、ないから」

「そだな」

 まさか通ってきたほうへ行くわけにもいかないから、手近な窓へ近寄る。幸いこっち側は、向こうほどには火は強くなかった。

 でも窓を割って炎が押し寄せるのは、時間の問題だろう。

「こっからロープでも使えば、どうにか……」

「それじゃ、逃げ遅れちゃう。このままネミちゃん抱いて、飛び降りて」

「む、ムチャ言うなって!」

 俺ひとりだって三階なんてヤバいのに、抱いてたネミを落っことしたら笑い話じゃ済まない。

 でもルーフェイアのやつは譲らなかった。

「絶対、大丈夫だから。信じて」

 言いながらこいつ、水系の魔法で毛布を濡らして、ネミのやつを包む。

「冷たいけど、我慢してね。――ねぇ、お願い」

「わかった」

 こいつのまっすぐな碧い瞳に、信じる気になる。

 それに炎の中から出るには、こうやったネミを抱いて飛び降りるのが、いちばん早くて確実だろう。

「クマさんもぉ!」

 さすが姉貴の娘。マイペース過ぎる。

「これか?」

 さっきまで持ってたんだろう、床に放り出されてたぬいぐるみを拾って持たせて、俺はネミを抱きなおした。

 窓を開けた瞬間、熱風が吹き込む。

「頼むぜ!」

「うん」

 ネミのやつを頭まで包んで、ぎっちり抱いて飛び降りる。

 近づく地面。

「――セレスティアル・レイメントっ!」

 聞いたことのねぇ呪文をルーフェイアが唱えて、落下が一瞬止まる。

 それからごく軽く、地面へ足が着いた。

 次いで今度はルーフェイアが飛び降りてくる。

「大丈夫だった?」

「ああ。

 っと、このチビ、姉貴に返さねぇと」

 とたんにこいつの顔が曇る。

「あたし……ちょっと違うとこ、行っていい?」

「へ? なんでだ?」

「だってその……目立ちすぎちゃったから……」

 ――そりゃそうだ。

 ただでさえ人目引くヤツなのに、こんなことすりゃ目立つどこの話じゃない。

 ともかくなんかこの辺ワケありらしくて、しかも路地の向こうから人の声が聞こえてきてるから、もう気もそぞろって風だ。

「そしたらそうだな、そこ左に曲がって真っ直ぐ行くと、ガッコの隣に公園あるんだ。そこだったらほとぼり冷めるまでいても、目立たないと思うぜ」

「――ありがと」

 言ってルーフェイアが駆け出して、立ち止まる。

「どした?」

「ううん、えっと……あとでそこへ、来てもらって……いい?」

「へ?」

 いきなり何を誘う、と思ったら違った。

「だって、その、精霊……」

「なら、今取ってけよ」

「え、でも、強制でつけたのに、いきなり取ったら……」

 そういうことらしい。

「分かった。んじゃこいつ返したらちゃんと行くから、待ってろな?」

「うん、ありがと」

 今度こそルーフェイアの姿は、路地を曲がって消えた。

「おねえちゃん、いっちゃった?」

「ああ。――さて、ネミ、ママんとこ行くか?」

「うん!」

 どこまで状況がわかってんのかわかんねぇネミ抱いたまま、ぐるっと遠回りで表通りへ戻る。

「姉貴!」

「イマド、あなた無事で――ネミっ!!」

 後はもう、言うことナシのご対面だ。

「ネミ、良かった……。イマド、ほんとにありがとう」

「いいけどさ、姉貴、今度っからネミひとりで置いてくなよ?」

「ええ、もう、絶対」

 まぁ、怖くて二度と出来ねぇだろうけど。

 それから姉貴が、思い出した顔になる。

「イマド、あの子は? 無事なの?」

「あの子? ――あ、あいつか」

 きっちりルーフェイアのこと、覚えてたらしい。

 かといって、細かいこと訊かれちゃ困るし……。

「無事だけど、なんか目立ちたくないって言ってさ。だから、こっそり逃げて隠れてる」

「あらまぁ。困ったわ……」

 お礼するつもりだったんだろう、姉貴が考え込んだ。

「どこへ行ったか、分かるの?」

「分かるけど、来ないと思うぜ。そゆの、キライらしいし」

「あら……」

 どうにか落ち着いてきたみたいで、姉貴お得意の妙なのんびりペースが復活のきざしだ。

 ――これ、苦手なんだよな。

 この姉貴のスローペースに巻き込まれると、なんか抜けらんなくなる。ついでに言うと叔父さんちの姉貴三人は妙に個性的で、いつも振り回されるのがオチだった。

 つか姉貴、マイペースはいいけど、家が焼けてるの忘れてねぇか……?

「――そ、それより姉貴、ネミ病院連れてけよ。見た目だいじょぶそうだけど、ほら、一応さ。それに出てくっとき、こいつ濡らした毛布で包んじまったから、このままだと風邪ひくかもしんねぇだろ?」

 なんとか別の方向へ話題を持ってく。

 状況が状況だから、姉貴もすぐ乗った。

「そうね、そうよね、そうするわ」

「それがいいって。ほら、ちょうど救急車来てるし」

 姉貴とネミをそっちへ押しやって、救急隊にワケを話す。もちろん即刻乗せてくれて、まっすぐ病院行きだ。

「イマド、あの子によろしくね?」

「はいはい」

 ネミが元気だから、姉貴も救急隊もなんかのんびりだ。

「きゅうきゅうしゃー」

 当人、すげーはしゃいでるし。

 消防も到着して、その辺りが池になりそうな勢いで放水してるから、もうだいじょぶだろう。

 ともかく二人を見送って、やっと俺の身体が空いた。

 ――早くしねぇと。

 途中で迷子ってこたねぇだろうけど、ルーフェイアのやつをひとりで待たせとくのは、なんか怖い気がする。

 で、そっちへ駆け出そうとしたとき。

「イマド!」

 呼ばれて振り向くと、今度は叔父さんと姉貴のダンナだった。

「アーネストとネミはどうしたっ?!」

 仮住まいとはいえ家焼けてるうえに、姉貴とチビの姿が見えないもんだから、半分パニクってる。

「無事だよ」

「どこにいるっ!」

「どっかの病院」

「どっかって、どこだっ!!」

「いや、俺もそれは……」

 ンなの、救急隊しか知らねぇだろうし。

「すぐ探しに行くぞ! ほら、来い!」

「ちょ、ちょいタンマタンマ」

 強引に腕掴まれかけて、慌てて逃げる。

「こらっ、どこへ行く!」

「用事あるんだって! あぁもう、細かいことは姉貴に訊いてくれよな!」

 これ以上とっ捕まらないうちにと、俺は慌てて駆け出した。

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Grace Sagaより ~ルーフェイア・シリーズ~ こっこ @kokko_niwa

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