Episode:02-05 二人連れの町

◇Imad

 ――試し切りしてもいいですか、だって?

 太刀を抜く動作だけでも驚いてたのに、こいつとんでもないことを言い出しやがった。

 まぁあの身のこなしじゃ無いとは言えねぇけど、それにしたってこの太刀っての、ちょっとやそっとで使いこなせるモンじゃない。

 けど当人は「あたりまえ」って感じで、さっさと店の裏へ回っちまう。しかも不安や迷いは、ぜんぜん伝わってこない。

 なんとなく、俺とおっさんも後に続いた。

 ワケわかんねぇ妙なアイテムやら木切れやらが置いてある裏手で、こいつがぴたりと止まる。

 ――ってちょっと待て、普通そんなもんに狙い定めるか?!

 そうは言っても俺の思いなんて、他人に伝わるわけがない。一方でこいつのほうは、何の躊躇いもなく太刀を正眼に構える。

 外見からは想像できないような、すさまじい気迫。

 こいつが太刀に流してる魔力が、見る見るうちに高まってく。

 辺りの空気が張り詰める。

 少しして、すうっとこいつが太刀を振りかぶった。

「破っ!」

 裂帛の気合と共に刃を振り下ろす。

 ――あれ? なにも起こんねぇ?

 少なくともそん時、俺にはそう見えた。けどこいつは満足げに微笑む。

 そして伝わってくる、自信。

「ありがとうございます。いい仕上がりですね」

 同時にこいつが狙い定めてた、腰掛け代わりの石が真っ二つに割れた。

「あわわ……!」

 おっさんが腰をぬかす。

「マジかよ……」

 俺も心底、度肝をぬかれた。

 これでも俺、入学してからずっと、かのシエラ学院じゃ学年首席だ。だからまぁ、手前ミソをさっぴいてもけっこう出来る部類に入る――はずだ。

 だけどこいつ、そんなのとはケタが違う。

 もっとも当人にとっちゃ、これは別段変わったことじゃないらしかった。

「あの、これ、代金です。それと……どこか珍しい道具置いてる店、ご存知……ありませんか?」

 何事もなかったって顔してる。てか、あっさり「道具」とか訊いてる。

 こういう店なんかで使われる「道具」ってのは、隠語だ。大っぴらには言えねぇ、早い話が戦闘用に使ういろんなもんを指す。

 試し切りのことといい、こんな言葉使えることといい、やっぱふつうの子じゃない。

「え? あ、ああ、道具ね……? ゲイルの店ならいいかもしれないが……」

 おっさんがようやく身を起こした。

「そのお店……どこですか?」

「そうだなぁ、ちょっとややこしいとこにあるから……お、そうだ。イマド、お前案内してこい」

「へ、今なんて?」

 いろいろ考えてたからおっさんの声、よく耳に入ってなかった。

「なんだ、また聞いてなかったのか」

 あきれた調子で、おっさんが同じことを繰り返す。

「ってわけだから、お前が案内するんだ」

「分かったよ。えぇと……?」

 名前を呼ぼうとして、まだ聞いていなかったことに気づく。

「そういえば、名前も言ってなかったよな。俺、イマド=ザニエス。よろしく」

 言いながら俺、右手を差し出した。でもこいつ、握らない。

「イマド――? 珍しい名前……ですね。あたしはルーフェイア=グレイスです。それとすみません、あたし右手出す自信がなくて……」

 ――とんでもねぇヤツ。

 ただ言葉といっしょにすまなそうな感じが来てるから、根は悪いヤツじゃない。

「なんか、すごいんだな。まぁいいや、行こうぜ」

「はい」

 俺らまた、並んで歩き出した。


 道具屋の方はハズレだった。

 ただ店のために言っとくと、別に品揃えが悪かったわけじゃない。ルーフェイアが欲しがるものがレアすぎってやつだ。

 いきなり「精霊石ないか」とか言われて、店のやつ目を白黒させてたし。

「欲しかったんだけど……」

「欲しいってなぁ、んな物、あるわけないだろ」

「そう……なんですか? けど、これからどうしよう……」

 お世辞にも明るいとは言えねぇ店内から出てきて、まぶしそうにしながらルーフェイアが言う。

「なんだ、予定ないのかよ?」

「列車の切符……夕方、なんです」

「じゃぁ、どっかほか案内してやろうか?」

「ほんとに!」

 なんかこいつ、やけに嬉しそうだ。

「あたし、こういうとこ……あんまり、来なくて」

 ――はい?

 いったい、どーゆー生活してんだよ?

 けど貧乏でこれない、って感じじゃねぇし……。

 ――ま、いっか。

 とりあえず、街の中心へ向かって歩き出す。

「小っちぇえ町だし、たいしたもんないけどな」

「いいえ」

 なんでも街中歩けるだけでいいらしい。

 にしても変わってる、つうのかな? ちょっと普通じゃ信じらんない反応だ。

 と、大きな本屋の前でこいつが立ち止まった。

「あの、ここ……入ってもいいですか?」

「ああ」

 別に入ったって、誰も困らない。

 俺がうなずくと、ルーフェイアは喜んで店内へ駆け込んだ。しかもすっげぇ嬉しそうな感情、振りまいてくし。

 ――それにしたって女子って普通、服とかなんか見て回ると思ってたけどな?

 どうもこいつ、よくある女子とは違うみたいだ。

 ただ当人はいたく満足げで、かなり広い店内をざっと一回りしてる。それからきっと好きなんだろう、歴史関係の棚の前で動かなくなった。

「すごい。ここっていろいろある……あ、もう!」

 ルーフェイアは小柄だから、高い棚に手が届かねぇらしい。

「これか?」

 代わりに取ってやる。

「すみません。――あ、これ詳しい」

 やっと見つけた、みたいな調子でぱらぱら本をめくるけど、買う気配はなかった。

「買わねぇのか?」

「買いたいですけど……重くなっちゃう。でもあとで落ちついたら、買いに来ようかな?」

 本の題名を覚えるようになぞりながら、妙なことを言いだす。

 けど落ちついたらって……旅行ってワケじゃなさそうだし、引っ越してきた感じでもないし。

 なんとも見当つかない。

「これと……あとこれと……」

「なにメモってんだ?」

「ええ、いろいろ」

 結局、こいつ一冊も買わずに出てきた。なんか題名と出版社、それにちょこっと内容をメモっただけだ。

 ――きっと店のやつ、ヤだったろうな。

 もっとも本人はンなこと、考えちゃねぇけど。

「この地方……けっこう、暑いんですね」

「まぁな」

 真夏のこの辺は、けっこう日差しがキツい。しかもまだ昼下がりだからなおさらだ。

 けどこいつ、それを気にする様子はなかった。むしろあんまりにも白い肌に、見てるこっちが心配になる。

「どっか入るか?」

「大丈夫、です。――いいな。こういう街中」

 つま先で石畳叩いて、にこにこしてるし。

 けど、このままぶらぶらしてるだけってのも、芸がないだろう。

「鐘楼、登ってみるか?」

 とりあえず、そう持ちかけてみる。

「あの塔、登れるの!」

 ぱっとこいつの顔が輝いた。

「んじゃ行ってみようぜ。こっちだ」

 俺が走り出すと、こいつも遅れずについてくる。どういう育ち方をしてんのかはともかく、学院の生徒並みに鍛えこんでるのは間違いなさそうだ。

 少し走って、町の南端にある塔の入り口へ着く。

「高い……」

 この子が真上を見上げながら感心した。

「いちおう、この街の観光名所だからな」

 もっとも建てられた由来は、そんな悠長な話じゃない。

 なにせアヴァン帝国が衰退してからこの方、なにかにつけて戦火に巻き込まれてたこの街だ。だからこの鐘楼は普段は時間を知らせるけど……物見やぐらも兼ねてた。

 イザとなったらこの上に何人も上がって周りを見渡して、いち早くどっかの軍隊――自国の場合だってある――を見つけようってやつだ。

 そしてヤバそうならどっか安全な場所へ、女子供から避難させる体勢が、この街には出来上がって受け継がれてる。

「じゃぁ、今も……使ってるんですか?」

「いつもじゃねぇけど、今は使ってるっぽいな。まぁワサールがロデスティオに併合されてからこっち、どうもこの辺キナ臭いしな」

 今じゃどの教科書にも載ってる大戦はあっさり終わったけど、そのどさくさにまぎれて力を伸ばしたロデスティオ国のせいで、どうも不穏な空気は絶えない。

「ほら、一番上にちらっと望遠鏡見えるだろ? あれが四方についてて、この近所見張ってんだ。昔は目がいいやつが、上がってたらしいけどな」

「そう、なんですか……」

 説明を聞いたこいつの表情は、なんか意味深だった。妙に厳しい顔して、考え込んでやがる。

「どうかしたのか?」

「え、いえ、なんでも……。上がれるんですよね?」

「ああ。ほら、来いよ」

 鐘楼の入り口をくぐる。

「お、イマド、帰ってきたのか?」

「ええ、今日」

 やっぱ叔父さんの知り合いの人が、入り口でいちおうチェックの役についてた。

「そっちは誰だ? ずいぶん可愛い子じゃないか」

「えっと……友達ですけど、ダメですかね?」

 適当にごまかす。

 俺はもう顔パスだからいいけど、物見に使ってると部外者は入れてもらえないことがある。

「友達――学院の子か? そんなら構わんさ。お嬢ちゃん、こんな遠いとこまでよく来たな。何にもないけど、ゆっくりしてってくれや」

「はい、ありがとうございます」

 そのまま俺らは螺旋の階段を上がった。

「けっこう……新しい……?」

 もうちょっと古くからある建物だと思ってたんだろう。ルーフェイアのヤツが不思議そうにつぶやく。

「何度も戦乱で壊れちゃ、建て直してっからな。鐘楼自体はずっとここにあるけど、こいつは七年前に建てられたやつだってさ」

「七年前……あ」

 数字を聞いて、こいつもすぐピンときたらしい。

 ロデスティオが周りの国へ侵攻し始めたのは大戦が終結したすぐ後からだけど、このアヴァンは間にワサール国が挟まってるせいで侵攻が遅れた。

 でもそれもしばらくの話で、地方へ逃れてたワサールのレジスタンスを一掃した後、このアヴァンへの侵攻が本格的になって――国境近くにあるこの町も大規模な攻略の対象にされた。

「まぁこの塔が爆破されちまった以外は、案外被害少なかったっていうけどな」

「そうなんですか?」

 階段をまだ上りながら、ルーフェイアが聞き返す。

「俺もよくは知らねぇけど。ただ聞いた話じゃ、シエラ学院から例の傭兵隊が派遣されて、短時間でロデスティオ軍追い出したらしいぜ」

 そのおかげでアヴァンはどうにか占領を免れて、シエラ学院の傭兵隊はさらに有名になった。

「シエラ学院の傭兵隊って、噂には聞いてましたけど……」

「ま、英才教育してる傭兵学校の、エリート連中だし」

 それから俺、なんとなく訊いてみた。

「お前さ、そういや年、幾つなんだ?」

 多分俺よりは年下だろうけど、聞いてない。

「えっと……十歳ですけど?」

「――はい?」

 思わず一瞬固まった。

 こんな、華奢で俺より頭一つちっちゃいやつが、十歳?!

 ――マジかよ。

「あの、どうか……?」

「同い年だったとはな……」

「えぇっ?!」

 どういうわけか、こいつまで目を白黒させる。

「そっちこそ、どうしたんだよ?」

「んと、えっと……きっと、年上だって……」

「なるほど」

 確かにちっちゃいこいつを基準にしたら、俺は年上に見えるだろう。

「えっと、あの、ごめんなさい……」

「は?」

 今度はいきなり謝られて、思いっきり悩む。

「なに謝ってんだ?」

「だって、あたし、年を間違えて……」

「ンなの謝んなくていいっての。気にすんなって」

 って言うか、大柄なせいかだいたい俺は年より上に見られる。

「ですけど……」

「だから、いいっての。あ、そうそう、いい加減その敬語もヤメな。タメ口でいいから」

 もともと丁寧なんだろうけど、どうもこそばゆくて俺は嫌いだ。

「あ、はい、わかりました……」

「だから、それ」

「え、あ、ごめんなさい、わかった」

 そうこう言ってるうちに、階段が終わる。

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