Episode:02-03 昼下がりの迷子
◇Imad
「そんなに泣くほど――何困ってんだ?」
なるべくキツくならない調子で言ったのに、またこの子が泣き出しちまった。
「あ、いやその、悪りぃ。だからさ、なんか困ってるみたいだったから……」
「ごめんなさい!」
俺が謝ったはずなのに、なんかこいつが謝ってまた泣いちまうし。
ただ、俺以上にこの子のほうが戸惑ってるのが分かった。
しょうがねぇから少し待って、また声をかけてみる。
「どこ行きたいんだ?」
近づいてみるとこの子は俺より頭ひとつちっこくて、二つか三つ年下って感じだった。
――けどそれにしちゃ、妙にしっかりしてるよな?
年齢が下になるほど伝わってくるものは漠然としてることが多いけど、この子の場合は年の割に、筋道だった考え方をしてる。
まぁこんなのあくまでも目安だから、アテにはできねぇけど……。
「そのメモが行き先か?」
「え? あ、はい」
そう答えて、この子があっさり俺にメモを差し出した。
――前言撤回。
しっかりしてると思ったのは、俺の思い違いってやつだったらしい。困った顔で俺を上目遣いに見上げる様子ときたら、どう見たって迷子になったチビだ。
可愛いけど。
瞳の碧がすげーきれいだし。
「多分……この近くだと、思うんですけど……」
「えーと、ちょっと待てよ――って、何語だ、これ?」
俺、普通に使われてる言葉なら、ほとんど読めるんだけどな……?
けどここに書かれてる言葉ときたら、アヴァン語どころかロデスティオ語でもねぇし、ワサール語とも違う。
で、俺が悩んでたら、この子がまた泣きそうになりながら説明した。
「ご、ごめんなさい! あの、ここに書いてある……バディエンの店っていう、改造屋さんなんです」
「あ、なんだ。その店か」
相変わらず字は読めねぇけど、その店なら知ってる。この町じゃ腕がいいので有名な改造屋で、しかも店主は叔父さんの友達だから、知らないわけがない。
もっともこの店、初めて行こうとした人間が必ず迷うのでも有名だった。
「あそこ、分かりづらいからな。えーとここからだと、まずこの通りをこのまま向こうへ行って……」
「え? それじゃここから……離れちゃうんじゃ……?」
「入り口がこの辺にないんだよ。んであそこの十字路を右へ曲がって三つ目の右手の路地を入って、今度は四つめで左、それから二つめを右へ行ってすぐもう一回右で……」
「――え? え?」
案の定、こいつも混乱した。
気持ちはわかる。
俺だってこの街を知んなかったら、この説明じゃ絶対わかんねぇだろう。けどマジであそこ、これ以外に説明のしようがない。
「えっと、十字路は右で、次も右で……二つ目?」
「三つ目」
ついでに言うとあそこ、「地図を見て」ってのも役に立たない。なんか裏路地やら行き止まりやらで、地図と実際とがどうも合ってなかったりする。
「ごめんなさい、ちょっと何かに書かないと……」
「一緒に行ってやろうか?」
初対面の相手に差し出がましい気はしたけど、一応訊いてみる。
そしたら意外にも、この子がぱっと顔を上げた。
「あの、本当にいいんですか?!」
「ああ、かまわねぇよ」
どうせ時間、余りまくってるし。
「――ありがとうございます」
しかも、エラく素直にお礼言うし。
普通これだけカワイイともう少しお高くとまりそうなもんだけど、この子はそういうものの持ち合わせは、なかった。
「いいって。俺もどうせ、時間あるからさ」
並んで歩き出す。
それにしても近くで見ると、その美少女ぶりがさらに際立つ。
陽の光がきらめく、黄金色の髪。
吸い込まれそうに澄んだ色合いの、碧い瞳。
顔立ちの方も、これをつかまえて美少女といわないほうがおかしい。
それに加えてこの濁りのない雰囲気だ。
――天は二物を与えず、っつーけどさ。
あれぜったいウソで、神様とやらはえこひいきしまくりだろう。けど俺、そのうちとんでもないことに気づいた。
ちょっと見じゃ分かんねぇけど、こいつのベルトやブーツ、いろんなモンが仕込んである。しかも全部戦うための道具ときてる。
身のこなしも、明らかに何かの格闘技を使うヤツの動きだった。見かけで判断して手なんか出した日にゃ、間違いなく返り討ちだ。
でもどうみたってこいつ、俺より年下かせいぜい同じくらい――つまり十歳かそれ以下だ。それなのにこんな技術を身に付けているなんざ、マトモな話じゃなかった。
――うちの生徒、じゃねぇよな?
俺と同じでMeS――Mersinary Schoolの略――の生徒っつーのがいちばんありそうだけど、うちの学院にゃこんな子いねぇし。だいいちこんだけの美少女が在学してりゃ、絶対噂になってる。
「あの……」
呼びかけられて、はっと我に返った。
「次はどっちへ行けば……?」
「あ、悪りぃ。ここは右だよ」
そう言って、先に立って角を曲がる。彼女がすぐ後からついてきた。
だけど足音がしない。当然気配もない。
――どうなってんだよ?
すごく気になる。
けっきょく俺、ためらったけど尋ねてみた。
「おまえさ……どっかMeSの生徒?」
この年でこんな技術を身につけているなんて、やっぱそれ以外に考えつかない。
けどこいつ、不思議そうな顔をした。どうも俺の質問が意外だったらしい。
「MeS? 違いますけど……でも、どうしてですか?」
「いや、あっちこっちに凄いもの仕込んでっからさ……」
とたんに瞳が険しくなりやがった。
けっこう迫力がある。
「これが、分かるなんて――」
「そんな顔すんなよ」
なんか思わず慌てながら、ともかく俺は説明した。
「俺、シエラ学院の生徒だからさ。んであの学校、そのくらい分かんなかったら、やってけないんだよ」
「シエラ学院……いちばん古いMeS、私設の傭兵学校?」
彼女は学院のことは良く知らないらしかった。まるでパンフレットでも読み上げてるみたいな言い方だ。
けどそれで、一応は納得したらしい。
「じゃぁ……わかっちゃいますね」
少しほっとしたような表情をみせる。
「でも、あの、このこと……誰にも言わないで、もらえますか?」
「言わない、約束する」
こんな美少女に頼まれて、約束を破れる男いるのか?
少なくとも俺にゃ、出来そうにない。
「すみません、ありがとうございます」
俺の約束に、少女が笑顔になった。大輪の花が咲き誇る感じだ。
そして、あ、と小さく声をあげる。
「あの店?」
『改造屋・バディエンの店』と書いてある小さな看板を、目ざとく見つけたらしい。
たたたっと走って、扉に手をかける。
――ってあの子、やたら素早いぞ?
俺も慌てて後を追っかけた。
「あの、すみません……」
「おっさん、お客だよ」
俺たち二人、店の奥に声をかける。出てきたおっさんは逞しい体つきで、改造屋ってより鍛冶屋って風貌だ。
「なんだ、イマドか。お、今日はずいぶんかわいい連れがいるんだな?」
「おっさんがヘンなとこに店構えてるから、わかんなくて捜してたんだよ。だから案内してきたんだ」
このおっさん、なにかと絡む。
彼女の方は、俺らのやりとりを不思議そうに見てた。けど途中で「そうだ」って小さく言って、おっさんの方に向き直る。
「あの、兄がお願いしてたの……出来てますか? 太刀、なんですけど」
「ん? ああ、出来てるよ。えーと……」
おっさんがごそごそ、その辺を探す。
「あぁ、これだろ?」
出てきたのは小太刀なんかじゃなくて、ホントにまともな太刀だった。
それをこいつ、受け取ってすらりと鞘を外す。
刃の重さなんて感じさせない動作。
そして一瞬、彼女の顔に嬉しそうな、なのに凄絶とも言える笑みが浮かんだ。
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