Episode:01-34 そして、もう一度
◇Muaka Side
歓声が上がる。
ケンディク一の呼び声が高いレマウ海岸は、学院の生徒たちで賑わっていた。毎年恒例の、学院生を招いての海開きだ。
上は最年長の十九歳から下は最年少の六歳まで、みんな嬉しそうだ。
「やっと戻ってきましたねぇ」
「そうですな」
医師のムアカとオーバル学院長が、ほっとした笑顔でその様子を眺めていた。
あの戦いから二ヶ月あまり。今学院は、平穏を取り戻している。
「それ返してよぉ!」
「ヤだね~」
拾った綺麗な貝を取りっこしている低学年を、上級生が嗜めた。
「ほら、返してあげなさいよ。可哀想でしょ」
「う~」
以前なら夏になれば必ず見られた、ありふれた光景。それが今は、なによりも大切に思える。
死者は最終的に、敵側も含め軽く三桁を超えた。他にも命はどうやら助かったものの、残念ながら障害が残ったという生徒が少なくない。
それ以外にもこのとつぜんの惨劇で、子供たちは誰もが精神的にひどく傷ついてしまった。あの激戦が奪っていったものは、あまりにも大きかったのだ。
ただそれも……今少しずつ、癒されようとしている。
馴染んだ大地と海とが、子供たちを優しく抱きとめている。
もちろん時間はかかるだろう。だが道がないわけではない。
親を亡くした子供たちが集まるこの学院では、生徒たちの絆が強い。今回も兄や姉を亡くした小さな子を上級生が部屋へ引き取ったり、落ちこんだ友人を慰めようと自主的に部屋を引っ越した生徒が多かった。
自分がかつて感じた痛みだからこそ、分かってやれる。
あの悲しみを知っているからこそ、手を差し伸べられる。
そうやって互いに支え合いながら立ちあがって、きっと乗り越えていけるはずだ。
じつを言えば最初にこの学院勤務の話を聞いたとき、ムアカはとんでもないと思った。
当時の彼女は他国のとある大病院の小児科医だったのだが、孤児を集めて傭兵に仕立てるなど、虐待としか思えなかったのだ。
だが話をもってきたオーバル――父親の親友だ――の言葉を聞いて、考えが変わった。
「あの子たちに、生き抜く力を与えてやりたい」。彼はあの時そう言ったのだ。
今もそうだが、あの頃も戦乱は絶えなかった。当然真っ先に犠牲になるのは子供たちで、ムアカが勤務していた病院にもよく、重傷の子が運ばれてきたものだ。
それに輪をかけて、親をなくした子の行く末は楽ではない。
「徴兵されようものなら、どこへやられるか分かりませんからね」
オーバルの言葉は彼女の心に深く刺さった。
たしかに庇護のない彼らは、大人によっていいようにされてしまうだろう。かといって帰る場所もない以上、嫌でも従うしかない。
そこまで考えた時、彼女の心は決まった。
いちばんやらなくてはならないのが戦争をなくすことなのは、ムアカも百も承知だ。
――ただそれはいつになる?
少なくとも今日明日の話ではない。何より、自分ひとりの力では成せない。
理想ではあるが、一方で現実というものもあるのだ。
なにもかも奪われて泣く子供たちに、いつか平和になる日まで我慢して奪われていろなど、誰が言えるだろうか?
その中で学院は、親を亡くした子供たちに「道を切り拓く力」を与えるだろう。
この力を忌む者は多いかもしれない。だがこの紛争ばかりの世の中で生き延びるには、ある意味で必要なものだ。
――無駄に殺すことだけは避けてほしいが。
もっともそれも、思うほどには心配ないだろう。奪われる辛さは、この子たちがいちばんよく知っている。
だからこそ今回も寄り添うようにして手を繋いで、立ち直ろうとしているのだ。
「――もっと強くなるわ、あの子たちは」
誰にともなく言う。
波の音が響いた。
遥かなる昔から変わらない音。
幾万の過去から幾万の未来へ、すべてを包みながらこの音は響くのだろう。
そう思いながら海を見るムアカのところへ、生徒たちが駆けてくる。
「先生、指切っちゃった~!」
「あらあら。ほら、見せてごらんなさい」
そう言って子供の手を取ると、たしかにかなりひどく切っている。
「まったくしょうがないわねぇ。あれほど気をつけるように、言ったじゃないの」
言いながらムアカは、救急箱から薬や判創膏を取り出して、手際よく手当てを始めた。
「――おや? 彼らまた遊泳禁止のほうへ行ってますね。ちょっと叱ってきます」
くつろいでいたオーバルが急いで出ていく。
毎年見られた、いつもの光景。
そう。
やっと……日常が帰ってきたのだ。
変わらない空。
変わらない海。
それがどれほど、みんなの瞳に懐かしく映ったことか。
そして――夏が終わる頃にはきっと、みんな少しずつ元気になるだろう。
この優しい光景に見守られながら……。
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