Episode:01-24 手に残るもの
◇Tasha Side
端末の前に腰掛けて、ぼんやりとタシュアは考えこんでいた。
弟を殺したことを後悔しているわけではない。むしろ放置していたことを後悔していた。
実を言えば以前から、彼がロデスティオの傭兵隊にいることは知っていたのだ。
――そしてその心が、壊れてしまっていることも。
もっと早くに手を打つべきだった。それが兄としてすべきことだったはずだ。
だがそれを……自分はしなかった。
どうにかしたほうがいいとは思いつつも、ついそのままにしておいた。
その代償が、これだ。
「ナティエス、リティーナ……」
自分のミスのために、死ぬ羽目になった後輩たち。
些細な事と読み違えたがために、取り返しのつかない事態を招いてしまった。
バスコの前に立って低学年を守るべきは、ナティエスではなく自分だった。そもそももう少し早く行ったなら、誰も死ななかっただろう。
――あの時もそうだった。
学院へ来る前の苦い経験。
自分に力がないばかりに、些細な事と取り違えたために、三人は死んだのだ。
後悔してもなにも変わらないことは分かっている。
だからこそ自分が許せなかった。
そして二度と繰り返すまいと、自分に言い聞かせてきた。
だが……。
(――変わっていないということですか)
結局やったことは同じミスだ。
これが自分の限界なのか……。
その時、部屋の外で気配がした。
(――シルファ?)
ああ言って別れたのにわざわざ彼女が来るなど、いつもなら考えられない。
だがともかく、タシュアはドアを開けた。
「シルファ、どうかしたのですか? ――え?」
どう見てもパートナーは酔っている。
前後不覚と言うほどではないが、それでも普通の状態とは言い難かった。
「大丈夫ですか、そんなに酔ったりして……。ともかく中へ」
急いでシルファを招き入れる。
と、その彼女が真っ直ぐに見つめてきた。
「――タシュア」
「なんですか?」
だが次に彼女が取った行動には、さすがのタシュアも慌てる。
「シルファ、落ちつきなさい!」
「落ちついている」
「それのどこが落ちついていると言うんですか!」
落ちついているなら、いきなりブラウスのボタンに手をかけたりはしないだろう。
「だいぶ酔っているのでしょう? ともかくベッドで休んで……」
「休まない」
「シルファ!」
いったいどれほど飲んだのだろうか?
一瞬魔法で眠らせてしまおうかとも思ったが、さすがにそれはためらう。
「ともかく脱ぐのはやめてください」
こんな状況に乗じて、パートナーに手は出したくなかった。
が、シルファはそうではなかったようだ。
「私は、私は……」
彼女の紫水晶の瞳に涙が浮かんだ。
「タシュアにとって、私は……」
泣き出してしまった彼女を見て、今更ながらに気付く。
「すみません。心配させましたね」
「違う、そうじゃない!」
酔っているせいもあるのだろう。珍しく強い口調だった。
「タシュアは、いつもひとりで……なのに、私はなにも……」
シルファの瞳から、また涙がこぼれる。
「なにも……なにも出来ない……タシュアに、返せない……」
「そんなことはありませんよ」
子供のように泣きじゃくる彼女を、タシュアはそっと抱き寄せた。
優しいシルファ。
辛い経験に閉じこもってしまった自分を引き上げたのは、シルファのこの優しさだ。
もう十分、返してもらった。
いや、返してもらったのではない。
――与えられたのだ。
彼女に必要とされなければ、今も自分はあのままだったろう。
「タシュアに、タシュアに……」
そう言って泣きつづけるシルファの頭を、ゆっくりと撫でる。
何もいらない。
今度は自分が返す番だ。
「私にとってあなたは……」
言いかけてタシュアは苦笑した。
まだ小さく泣きながら、だがパートナーは腕の中でうとうとしている。
無理もなかった。
夕方のルーフェイアではないが、シルファもまた疲れ切っているはずだ。そこへ酔った挙句にこれだけ泣いては、体力が持つわけがない。
「ゆっくり休んでくださいね」
抱き上げてそっとベッドへ移してやる。
降ろした時にシルファは少し目を開けたが、そのまままた寝入ってしまった。
――泣きながら。
「すみませんでした……」
自分に余裕がなかったばかりに、彼女まで傷つけてしまった。
あれほどの経験をして、平気なわけがない。あんな狂気に晒されて平然としていられるなど、もはや人ではないだろう。
終わったあとでもいいから、守ってやるべきだった。
自分が狂気の残滓を、退けてやるべきだった。
手を伸ばす。
起こさないようにしながら頭を撫でてやると、やっとパートナーの寝顔が安心したものになった。
「――シルファ」
その彼女に語りかける。
「私にとってあなたは……最高のパートナーで、最愛の女性なのですよ」
聞くものは、いない。
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