Episode:01-23 想いの丈

◇Sylpha

 私は眠れなかった。

 気が昂ぶっていたのか、それとも参っていたのか、自分でもよくわからない。どちらにしても落ちつかなくて、部屋を出て食堂へと向かった。

 校舎の廊下までは侵入されて酷いことになっているが、ここは寮と同じく戦闘時は生徒がいなかったために、被害は軽微で済んでいる。

 さすがに営業はしていなかったが、テーブルを使うのはかまわないようだった。

 飲み物を持ってきて、適当なところへ座る。

 こんなところにいる自分が悔しかった。

 タシュアにとって私は、いったい何なのだろうか?

 彼は決して、人に弱みを見せない。

 ――それがたとえ私でも。

 そして独りで抱え込んで、乗り越えて行くのだ。

 だがそうなら、私は何のためにいるのだろうか?

 ただそばに……居るというだけではないのか?

 タシュアにはいつも助けられ癒されているのに、私は彼に何か、返しているだろうか?

 それならいったい、なんのために……。

 そうやってめぐる考えを持て余していると、人の気配を感じた。

「あらシルファ、こんなところでどうしたの?」

「ムアカ先生……?」

 いったいどこから持ってきたのだろうか、ワインまで手にしている。

 そしてそのまま厨房へと入っていくと、グラスを二つ手にして戻ってきた。

「一杯、どう?」

「いいんですか……?」

 教官が生徒にアルコールを勧めたなど、聞いたことがない。

「ま、いいわよ。状況が状況だし、あなたもうすぐ卒業だしね。だいいちあたしも、独りで飲んでちゃつまらないし」

 言いながらグラスにワインを注ぐと、一つを私へと差し出す。

 受け取ると中で、金色の液体が揺れた。

 思ったより甘めのそれを、一気に飲む。

「――あなたとタシュアのおかげで、年少組の被害が少なくてすんだわ」

 二人してしばらく無言で飲み続けてから、ぽつりと先生がもらした。

「いえ、私は何も……」

 何かしたというのなら、タシュアのほうだろう。

「そんなことはないと思うけど。あなたがきっちり采配振るったから、低学年が無事だったんじゃないの?」

「それは……タシュアが二階に残って、敵を食い止めたから……」

「そう自分を貶めるもんじゃないわ。タシュアだって恐らく、あなただから安心して、二階に残れたんだと思う」

 その言葉が、胸に突き刺さった。

 ――タシュアにとって、私は?

 さっきの問いが再び沸き起こる。

「どうしたの?」

 私のグラスにまたワインを注ぎながら、先生が尋ねる。

「私は……何もできないから……」

 少し酔っていたのだろうか? ついそんな言葉が口をついた。

「タシュアに頼るばかりで、自分ではなにも……」

 努力はしている。少しでも追いつきたいと、必死に努力はしている。

 だがタシュアはそれ以上で、差が開くばかりだった。

 それを知るたびに自分の無力さを思い知らされるのだ。

「だけどタシュアは、あなたを必要としてるように見えるわよ?」

 その問いにも答えられなかった。

 落ちこんでいたタシュア。

 それなのに私は、かける言葉さえ持たない。

 タシュアはいつだって私を支えてくれるのに、私はこんな時でさえ力になれない。

「私は……タシュアにとって、いったい……」

「しっかりしなさい、シルファ」

 不意に先生が厳しい声を出した。

「あの子は……タシュアは、人を拒絶してる。昔、何があったかは知らない。けどあんな風になるんだから、おそらくとんでもないことなんでしょうけど。けどシルファ、あなただけでしょ? そんなタシュアに近づくことが出来るのは。 だったらこんなところで油売ってないでほら、さっさと行って慰めてらっしゃい」

「先生……」

 どうするべきか迷う。

 タシュアはひとりにして欲しいと言っていた。

 なのにそんなところへ押しかけようものなら、嫌われてしまうのではないだろうか?

 他のことはどうでもいい。ただそれだけが怖かった。

 タシュアをなくしたら私は……。

「シルファ=カリクトゥスっ!」

「は、はいっ」

 とつぜん鋭く名前を呼ばれて、思わず反射的に答える。

「あなた、自分とタシュアと、どっちが大事なの!」

「それは……」

 考えるまでもない。

 そして、気がつく。

 自分がなにをすればいいのか。

「先生、ありがとうございます」

 そう言って立ち上がった。

 足元がふらつく。

「大丈夫? あなたちゃっかり、けっこう飲んでたものねぇ。ともかく、しっかりやってらっしゃい」

 ムアカ先生に励まされて(?)食堂を出た。

 急に動いたせいか、頭がぼうっとしてくる。

 それでも真っ直ぐ、私はタシュアの部屋へ向かった。

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