Episode:01-22 こだまする叫び
◇Imad
ひととおり事後の騒ぎが済んだあと、俺は自室でぶっ倒れてた。
――頭痛てぇ。
限界まで魔力を使い切っちまったのと、何度も門を通って往復したってのもあるけど、それ以上にまだ終わらない精神攻撃がキビしい。
今夜ひと晩聞いてたら、ぜったいどうかなるってヤツだ。
と、ドアがノックされた。
「すまない、僕だ」
「セヴェリーグ先輩? 今開けますから」
急いでドアまで移動して、鍵を開ける。
――動くと吐き気しやがんの。
かなり重症だ。
ただ先輩が来てくれたのは、どっちかってとありがたかった。誰かと話でもしてたほうが、気がまぎれる分ダメージが少なくて済む。
ドアが開いて先輩が入ってくる。
「――先輩?」
ひどく落ちこんでるっぽかった。
「しばらくここにいてもいいかな? みっともないとは思うんだが……部屋にいられなくてね」
「かまいません。俺もちと、ひとりだじゃ厳しかったんで」
「すまない」
そう言って先輩が、椅子にかけた。
底のない悲しみが伝わってくる。
何があったのか、聞かなくても分かった。
「先輩、飲みます?」
冷蔵庫に放りこんであった飲みかけの酒を、グラスといっしょに差し出す。
「いや、別に……ああ、きみは分かるんだったな」
「はい」
まさか、リティーナが死ぬとは……。
あの子のことは俺もよく知ってる。先輩が学院へ来た五年前はまだ五歳で、半年くらい先輩といっしょに、この部屋で寝起きしてた。
あたりまえだけど学院への入学資格は六歳以上だから、あん時のリティーナは資格を満たしてない。けど預けられた施設で、ずっと泣きっぱなしの妹を先輩が不憫がって、学院長に頼みこんでここへ引き取った。
昼間はムアカ先生に面倒を見てもらって、夕方からはよく俺と先輩とで手分けして相手してた。
なのに……。
「僕は……五人兄弟のいちばん上だったんだ」
自分に言い聞かせるみてぇに、先輩が言う。
「リティーナとの間に、弟が二人と妹がもう一人いてね。よく騒いで叱られたよ」
「そうだったんですか……」
初耳だ。
亡くなった兄弟がいたっぽいのは、まぁうすうす感じてたけど、まさかそんなに亡くしてたとは。
「ロデスティオと隣接する、小さな国にいたんだ。いまはもうないけどね」
力なく先輩が笑う。
「父はリティーナが産まれる少し前に亡くなったけど、そこそこ裕福な家でね。あんまり苦労はなかった。家族六人、けっこう楽しくやってたよ。――町が襲われるまでは」
ある日とつぜん、隣国のロデスティオが攻めてきたと、先輩は言った。
「なんの前触れもなく、町に兵士がなだれこんできてね。家まで踏み込んできたんだよ」
先輩のイメージが伝わってくる。
テーブルの上に並べられた夕食。集まってきた兄弟。
――平和な風景。
けどいきなりドアごしに銃弾が撃ち込まれて、母親が倒れる。
「母に言われて、夢中で裏口から逃げ出したんだ。みんなを連れて。ただ子供の足なんて、たかがしれてるだろう? もたもたしてるうちに、町中戦場になってね」
それでも必死に、逃げられるだけ逃げたんだっていう。
「けどある場所で、いきなり機銃掃射さ。とっさに伏せてしのいだけど……気付いた時には僕と僕が抱いてたリティーナ以外、全員死んでたよ」
グラスを一気に先輩があおった。
「あとはどこをどう逃げたかもわからない。気付いたらリティーナと二人近くの町にいて、運良く誰かが保護してくれたらしくてね。学院への入学手続きなんかもしてくれたらしい。もっとも僕も動転してたらしくて、よくは覚えていないんだが」
また先輩がグラスを空ける。
「来月僕が二十歳になって卒業したら、ここを出て二人で住もうと思ってたんだ……」
やり切れない思い。
俺も……何も言えなかった。
先輩の、いや学院中の嘆きが聞こえる。
とつぜん命を断ち切られた者の嘆き。
とつぜん大切なものを失った者の嘆き。
怒り、苦しみ、戸惑い……さまざまな感情が渦を巻く。
めまいがした。
「先輩すみません、俺ちょっと、向こうで横になってます。帰るの面倒だったら隣の部屋のベッド使ってください。空いてますから」
それだけ言って、寝室へ引っ込む。
「結局……誰も守れなかった……」
先輩の背中から悲痛な声が聞こえる。
いろんなものに、押し潰されそうだった。
セヴェリーグ先輩は結局酔いつぶれて、隣のベッドに寝た。
けど、俺の方はそうもいかない。
――やべぇな。
まだ声が聞こえる。
戦闘中に比べればマシとはいえ、苦しみと怨嗟の声とがずっと俺には聞こえてる。
あまりのすごさに眠ることも出来なくて、さすがに参りそうだった。
実戦自体はまったく初めてってわけじゃない。ただ……これほどに負の感情を浴びたことはなかった。
本当の「声」なら、ドアを閉めて耳を塞いで、毛布でもかぶってりゃ聞こえないだろう。
でもこれはそうはいかない。
心へ直接聞こえてくる嘆きの声は、締め出すことができない。
ひどい吐き気がする。
痛い…… 熱い……
死にたくない…… 助けて…… 苦しい……
終わることなく続く叫び声。
そこかしこにうずくまる、死んだ連中の影。
傷つき、血を流し、焼け爛れて……。
さすがにこれ以上は耐えられそうになかった。
机の引出しを開けて、錠剤の入った瓶を二つ取り出す。
片方は精神安定剤。もう片方は睡眠薬。
前におんなじような状況になった時に、見かねてムアカ先生が出してくれたやつだ。
――使いたくねぇんだけどな。
けどこのままだったら、遅かれ早かれ気が狂うだろう。
どっちも規定より量を増やして、まとめて口に放りこむ。
そこまでしてようやく……落ちつかないながらも俺は眠りに落ちた。
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