Episode:01-19 続く悪夢

◇Tasha Side

 負傷者の集められたホールは、とても治療をする場所には見えなかった。

 薬も機材も、それどころか寝かせるためのマットさえ足りない。

「タシュア……その、大丈夫か?」

「私はなんでもありませんよ」

 パートナーとそんな会話をしながら、立て続けに魔法をかけていく。

 だが死んでいく者も多かった。

 運び込まれる者。

 運び出される者。

 生と死が交錯する。

 その中で黙々とタシュアたちは作業を続けた。

 できる限りの応急手当をし、使えるだけの魔法を使い……。

 ただその魔法も、十分なほどにはかけてやることができない。なにしろ負傷者の数が多すぎるのだ。

 この設備ではとても対応しきれなかった。

 と、タシュアの姿を認めたのだろう。ロアが険しい表情で詰め寄ってきた。

「ちょっとタシュア、聞きたいことがあるんだけど?」

「今はそれどころではないでしょう。怪我人の治療がなにより先です。そんなこともわからないのですか?」

「その怪我人が出たの、誰の責任よ!」

 彼女の声はいつになく厳しい。

「キミ、海岸の部隊のはずなのにいなかったっていうじゃない。いったいどこ行ってたのよ! キミがいれば、助かった人間もかなりいたはずよ!」

「……」

 タシュアは答えなかった。答えるつもりもなかった。

 言ったところで、どうなることでもないのだ。

「言えないってわけ?」

 ロアの声がもう一段荒くなる。

 真っ直ぐな性格のロアは、自分本位に振舞うことの多いタシュアをかなり嫌っていた。

 そこへ加えて、今回はこの有様だ。穏やかになどいくわけもない。

「それとも何? 普段は偉そうなことを言ってるのに、いざ実践となったら怖じ気ついたとでも言うの?」

「そんなことないです!」

 とっさにそう叫んだのはルーフェイアだ。

「それにあの鳥たちを最初に落として、戦局を変えたの、タシュア先輩です!」

 必死に少女がタシュアをかばう。

「そうかもしれないけど、それとこれとは別でしょ。だいたいがタシュア、あんたいつも好き勝手に――」

 瞬間、乾いた音がホールに響いた。

「シルファ先輩……?」

 頬を押さえるロアの前に、シルファが立ちはだかっている。

 事実を知らずに言いつのる後輩に、彼女が平手打ちを食らわせたのだ。

「それ以上タシュアを侮辱することは、私が許さない」

 普段は物静かなシルファが、怒りをあらわにしていた。

「タシュアは年少組のことを考えて、教室に回ったんだ。それだけじゃない。教室にいた年少組が安全な場所へ避難するまで、ずっとひとりで守り抜いていたんだぞ!」

「え……?」

 驚いたロアからは怒りの表情が消えたが、それでもシルファはおさまらなかった。

「何よりタシュアは自分の弟を――」

「シルファ!」

 タシュアが鋭く制止する。

「だが!」

 それでも何か言おうとする彼女に、タシュアはかすかに首を振った。

 これは……学院とは無関係のことなのだ。

 そしてロアのほうに視線を向ける。

「言い訳をするつもりはありません。ですが今やらなくてもいいでしょう。手当てが先です」

「――分かった」

 ロアもそれ以上追求することなく、怪我人の手当てへと戻る。

 彼女の怒りの原因を、タシュアは分かっていた。海岸へ回った彼女の同級生――いちおうタシュアの同級生でもある――が、何人も死んでいるのだ。

 そのやり場のない思いが、こちらへ向いたのだろう。

(はた迷惑ですがね)

 だがそれも、仕方がないのかもしれない。

 誰もが疲れ、苛立っていた。

 最後の戦闘で船着場が破壊されたため、本土へ船が出せない。イマドが再び門を通って――彼は無傷で通れる――助けを求めに行ったようだが、それもすぐには来ないだろう。

 薬も既に底をついている。個人が持っていたものさえも使い切ってしまい、もう頼りは魔法だけだ。

 もちろん魔法を使える者は総動員されている。特に精霊持ちの上級生たちは、魔力も強いためずっと休みなしだ。

 だがそれでも……間に合わない。

「あ……」

 隣にいたルーフェイアが、立ち上がりかけて膝をついた。

 この少女も魔力が並外れて高いため、戦闘終了直後からずっと魔法を使いつづけている。

 だがこの子はまだ十四歳だ。しかも女子で小柄な上に、戦闘開始直後から最前線で死闘を繰り広げていたのだ。

 もう体力の限界など、とうに超えているはずだった。

「ルーフェイア、あと少しです。頑張りなさい」

 タシュアが声をかける。

 休ませてやるべきなのは百も承知だ。だがそれさえ出来ないほど、状況は追い詰められていた。

「はい」

 少女も戦場で育っただけあって、事態を良く理解しているのだろう。気丈に返事を返して手当てを続ける。

(これでどこが――勝ったと言うのでしょうね?)

 勝利の歓喜など欠片もない。

 あるのはただ……空虚さとうめき声と、死。

 終わらない悪夢の中を、学院はさまよい続けていた。

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