Episode:01-17 要らない意味
◇Tasha
「学院に未来を、ですか」
学院長の言葉を聞き終えたタシュアがつぶやいた。
戦闘に関しては学院生以上の英才教育を受けてきた彼にしてみると、最初から作戦の立て方が間違っていたようにしか思えない。
(――もっとも、やむをえませんか)
そもそも今回に限っては、高位通信石が壊されて外へ連絡が出来なかったり、指揮の要となるはずの教官が居なかったりと、かなり条件が悪い。
この状況で訓練生の集団がここまで防いだだけでも、たいしたものだろう。
何より通信石が壊されていなければ、タシュアはじめ学院内の通信技術に長けた者たちがどこからか情報を拾って、今回の侵攻を事前に察知していたはずだ。
(先日の騒ぎ……繋がっていたのかもしれませんね)
いろいろな意味で弱体化した学院を、タイミングよく狙ってきたのだ。副学院長が敵とグルだったと考えたほうが、納得がいく。
オーバル学院長を追放して、ここを掌握できればよし。ダメなら混乱させた上で実力行使という、二段構えの作戦が取られていた可能性が高かった。
(まぁ、いまさらですが)
それが分かったところで、この状況が何か変わるわけではない。事が済んでから、真相を追究すれば十分だ。
最大の防衛ラインとなるはずの、海岸へと向かう。
余力のある生徒たちが徐々に集まってきていた。
その中にルーフェイアの姿を認める。
(――この点だけは、さすがですかね?)
一般常識などにはどうも疎いうえ、事あるごとに泣き出すような少女だが、その戦闘能力は下手な傭兵隊を完全に上回る。当然怪我をした様子もなかった。
それどころか普段気に入って着ている制服を脱いで、戦闘服だけになっているのを見ると、やっと本気になったというところなのだろう。
だがその彼女に、タシュアは違和感を感じた。
「ルーフェイア、なにかありましたか?」
「いいえ先輩、なにも……ありませんけど?」
一見受け答えにはおかしなところはない。ただそれでもタシュアには、表情がどこか違うように思えた。
例えて言うなら魂のない人形のような……ある種機械が、決められた手順を実行しているだけのような印象を受ける。
「ルーフェイア」
「はい?」
少女が振り向いたとたん、ぱんっという音が辺りに響いた。
タシュアが頬を軽くはたいたのだ。
瞬間、ルーフェイアの顔に感情が戻る。
驚愕、哀しみ、怖れ……さまざまなものが瞳に揺らめいた。
その碧い瞳から涙がこぼれだす。
(――殺すことに耐えられませんでしたか)
脆すぎるほどに繊細なルーフェイアだ。殺戮を繰り返すことに耐えきれず、自分を閉じ込めてしまったのだろう。
「ルーフェイア、しっかりしなさい。今まではともかく、今度は生半可なことでは勝てませんよ」
そう静かに言うと、少女は必死に首をふった。
「あたし、あたし……殺すばかりで……」
その意味するところはタシュアにも分かった。
かつての自分と同じように、この少女は「戦うために」育てられてしまった。
逆に言うなら、それ以外に何もないのだ。大義名分も、守るべきものも。
この状態で人を平然と殺せる人間は、そう多くはない。例え誤魔化しであろうとも、人は人を殺すことに理由を必要とするのだ。
ましてやこの少女は、自分が何をしているのか十二分に承知している。
自分がなんの理由もなく、ただ戦場で居合わせたというだけの理由で、屍の山を築いていることを。
誰も死なせたくない――タシュアに言わせれば甘すぎるのだが――ことだけを願うルーフェイアにとって、この状況はまさに地獄だろう。
「殺すだけ……壊すだけ……なんのために……」
泣きながら少女がつぶやく。
この問いに答えられるのは恐らく、同じ戦場で育った自分だけだ。
「ルーフェイア、いいのです。友人を守る――それだけの理由で」
「え……」
少女が涙に濡れた顔を上げた。
「あなたには友人が大切にしているこの学院を、守るだけの力があります。ならば彼らのために、その力を使いなさい。そのために例え誰かを殺すことになろうとも、誰もあなたを責めはしません」
「あたし……」
ルーフェイアがうつむいて自分の手を見、ゆっくりと顔を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます