Episode:01-15 終わりか始まりか

◇Imad

 やっと波が引いて、どうにか俺らは一息ついていた。

 ただそれも、三度もの一斉魔法攻撃でどうにか凌ぎ切ったってだけで、かなり死傷者が出てる。

 精霊使ってる連中はともかくとして、それ以外でまだ普通に戦えるのは、もう幾らもいなかった。

「まったくどこの誰だかは知らないが、ソイツらはそうとう学院が嫌いらしいな」

 セヴェリーグ先輩が、誰にともなくつぶやく。

 言いたくなる気持ちは、俺もよくわかった。なにせヤツら、こっちを根絶やしにしようってつもりだ。

 ――まぁそうじゃなきゃ、あんな戦力持ちこまねぇだろうけど。

 それにしたってこっちは訓練生ばっかだ。プロ相手じゃ分が悪すぎる。

「次が勝負だろうな」

「ですね」

 って言うか、次で決まらなかったらかなりの確率で負けだ。

 ――冗談じゃねぇって。

 この学院は早い話、俺らの『家』だ。

 別に比喩なんかじゃない。ここに来てる生徒のうち、帰る場所がないヤツがほとんどだ。

 学院は文字通り、俺ら孤児たちの命を繋ぎ止めてる。

 どっかの正規軍だろうが悪魔だろうが、カミサマ相手でも明け渡すワケにはいかなかった。

 腹を括る。

 もう出し惜しみなんざしてられねぇ。

 その時。

『――学院長のオーバルです。これから学院の地下にある“門”を復活させ、開放します』

 通話石から聞こえた声に、思わずみんな顔を上げた。

 つかここ、そんなモンあったのか……。

「門」って呼ばれるワープゲートは、この星のあちこちに昔から点在してる。どういう仕組みかはまだ分かってねぇけど、かならず対になってて、片方から入るともう片方へ出られる仕組みだ。

 ただ、ヘタに使うとヤバい。大人でも通ると寝込んだりするシロモノで、年寄りとか子供だと、けっこうな率で死ぬハメになる。

 あとどれも枯れる傾向で、使えなくなって放棄された門は数え切れねぇほどだ。

 学院長が「復活」って言ってるとこからすると、ここにある門もそういう枯れたヤツなんだろう。

 ――けど、復活ってやべぇだろ。

 通るだけでも衰弱するってのに、それを復活させようなんてしたら、ピンピンしてる大人でも間違いなく死んじまう。

『敵は未確定ですが、幾つかの物証から、ロデスティオの傭兵隊と思われます』

 敵の正体を聞いて、みんながどよめいた。

 確かに……あの隊相手じゃヤバい。つか、ここまで持ったこと自体が奇跡だ。

『正直なところ、彼ら相手に当学院では、勝ち目がありません。ですからどんな手段を使っても門は復活させ、撤退することとします。門が復活したら低学年から順に――』

 指揮取ってる先輩たちの抗議の声が、いっせいに通話石にあふれた。

 つか、もし学院の全員の声を伝えられる設定なら、全生徒の抗議で石が絶対割れてるってヤツだ。

「冗談じゃねぇぞ学院長! 死ぬ気かよ!」

「そうよ、それにそんなとこにチビたち通して、殺す気なの?!」

 聞こえねぇのを承知で、誰もが学院長に対して叫ぶ。

『いろいろ考えましたが、他に確実な方法がありません。ですからこのまま全員が死ぬよりは、一人でも多く生き延びるほうを、私は選択したいと思います』

 また盛大なブーイング。

「チビたち死なせて、俺らだけ生きろってことじゃん」

「さすがにンなマネしたら、明日っから夜眠れねえっての」

「そもそもチビたち嫌がって、門入らないんじゃない?」

 一理ある。

 そのとき、とんでもない声が通話石に割って入った。

『がっくいんちょー、ミルちゃんにイイ考え、あっりまーす!』

 声が耳に突き刺さって、周り中がいっせいに顔をしかめる。

 つか、なんで一般生のミルが、全体通話に紛れ込めるんだよ……。

 こいつぜったい人間じゃねぇと、改めて思う。

『いま、そっち行っきまっすねー♪』

『いや、ですからミルドレッド、今そういうわけには……』

 学院長に同情。こんなときにミルのヤツに入ってこられて振り回されっとか、マジでサイアクだ。

『ですけど学院長の案より、助かる率が高いと思います。私にはアヴァンがあります』

 ――え?

 一転しての、いつもとは似ても似つかない落ち着いたミルの声と内容に、思いっきり面食らう。

 数瞬の沈黙。

『……ミルドレッド、本当に可能ですか?』

『門さえあれば』

 なんつーか、こいつ何者??

 ――あ。

 そういや確かコイツ、海むこうのアヴァン国の貴族連中に、かなりのコネ持ってた気がする。

 直接それが今の状態と、どう結びつくんだかはさっぱりわかんねぇけど、なんかやる気なんだろう。

 とりあえずこれは、振り回されるアヴァンの連中に合掌だ。

『1分だけ、時間をください』

 言ってミルのヤツが、俺のほうに振り向いた。

「イーマド♪」

 いつもの調子のにこにこ顔が、なんかすげーヤな予感だ。

「門、開・け・ら・れ・る・よ・ね♪」

「ちょっ――ミル待てっ!」

 慌てて、他の生徒から離れた場所へ引っ張る。

「デカい声で言うんじゃねぇっ!」

 知られたくねぇ話を平然と言いふらす無神経さは、コイツぜったい宇宙一だ。

「あ、ゴメンゴメン。でもさぁ、開けられるよね?」

「そりゃまぁ、開けられるけどよ……」

 そういやコイツ、前に俺が似たようなマネしたの、見たことあったっけ。

「じゃぁキマリ。あたしと一緒に来てね~♪ あ、セヴェリーグ先輩、イマド借りま~す」

 勝手に借りられたうえ、ミルのヤツ俺の腕を掴んで走り出した。

「てめー放せよ」

「ヤだ。イマドってばルーフェ以外が相手だと、ぜったい逃げるもん」

「あたりまえだろ!」

 こんな地球外生物と、一緒にいる義理はない。

 けど、他人の話聞くようなヤツじゃないわけで。

『学院長、話ついて準備できました~♪ 今そっち行きますねー』

 勝手に話進めてやがるし。

「いったい何する気だよ」

「うん、イマドにケンディクの、おとーさんのとこ行ってもらうだけ~」

 意味が全くわかんねぇし。

 確かにこいつの親父さんケンディクにいるけど、それが俺らが助かることと、どう繋がるのかサッパリだ。

「オヤジのとこって、ならお前が自分で行けよ」

「あーダメダメ、あたし人質やらなきゃだし~」

 さらにワケわからなくなる。

「攫われてもねぇのに、なんで人質なんだよ」

「包囲されてるから~」

 いつものこととは言え、この状況でこういう言動ばっかされると、マジでイライラしてくる。

「いい加減にちゃんと説明しろよ! 帰っぞ俺は」

「あ、怒った?」

 この言葉にゃさすがにキレて、本気で帰りかける。

「怒ったらダメだってば~。ちゃんと説明するからぁ」

「――いくら戦闘落ち着いたからって、やっていいことと悪りぃことがあんだろ!」

「ゴメンゴメン」

 ぜったい悪いと思ってなさそうな顔で、ミルのやつが謝った。

 そしてマジメな表情で話しはじめる。

「例えばさ、このユリアス国の領海内に、外国船が侵入したとして。その攻撃で、滞在してた他国の要人に何かあったら、完全に国際問題でしょ?」

「そりゃまぁ……」

 国際問題で済みゃいいくらいで、場合によっちゃ戦争だ。

 つかその前に、そこまでよそ者を侵入させんなって思うし。

「でさ。あたしに何かあると、アヴァン国が黙ってなかったり~」

「――冗談はあとにしろよ」

 つい口が滑る。

「あのねぇ、今こーゆー状態なのに、いくらあたしだって冗談言わないってば~」

「だってお前、存在自体が冗談じゃねぇか」

 なんかいろんな意味でイラついてるのもあって、半分八つ当たりだ。

 けどミルのヤツ、意外にも笑い出した。

「それって、言いえて妙かも~♪ イマドって時々、おもしろいこと言うよね~」

 ぜったいコイツに意味通じてねぇ……。

 頭抱えたくなる。

「まぁ冗談はこのくらいにして」

 これでもミル的には冗談だったらしい。マジでクラクラしてくる。

「アヴァンの支配層は、あたしに何かあったら大問題なんだよね。で、ユリアス国も自国の領内でそんなこと起こったら、やっぱり困るし。だから、それ利用して圧力かけるの」

 なんかとんでもねぇことを、あっさり言いやがる。

「そんなん、ホントにできんのかよ? つか、なんで行くの俺なんだ?」

「さっき言ったでしょ、あたしは人質だって」

 もう忘れたのかって顔で怒られる。

 ――ミルに言われるとか、なんかすげー腹立つんだが。

 教官に意味不明のことで怒られるほうが、まだマシってヤツだ。

「あたしが学院の外に出ちゃったら、アヴァンは万々歳で、ユリアス国に圧力かける必要なくなっちゃうじゃない。あたしがここに居て危ない目に遭ってなきゃ、ダメなの」

「あー、そゆことか」

 やっとなんとか、話を飲み込む。

 要するにミルのヤツ、アヴァン国の貴族連中にやたらコネあるの利用して、こっちの政府を動かそうってんだろう。んでそのために、自分をエサにするってことだ。

「けどよ、このシエラ学院ってMeSだぜ? MeSがたとえ攻撃されても立地国は感知せず、がキマリだろ。

 そんなんで圧力ったって、かけようねーじゃん」

「そうでもないんだな~」

 狡猾、って言いたくなるようなミルの笑み。

「確かにMeSには感知せず、が原則だけど、領土は領土だよ? そこへ侵入許して攻撃させ放題で、あげくに要人に被害出たりしたらね~。領海外からやってるなら、そりゃ話は別だけどね♪」

「――オニだなお前」

「そぉ? 駆け引きって、こゆもんだと思うけどな~」

 ミルのヤツ、アヴァン国に同じこと言わせるつもりだ。

 領海外から攻撃されたならともかく、領海内なのだから責任を取れ――こういう言われ方されたら、このユリアス国に逃げ道がない。

 こんなこと考え付くとか、コイツ底ナシに腹黒い。

「ホント言うとさ、本土に連絡さえ出来れば、さっさとこれやれたんだよね」

 ミルが珍しく、低いテンションで言った。

「でもほら、こないだの騒ぎで、学院外への通信できなくなっちゃってるから……」

 騒ぎってのは、ちょっと前に副学院長が出てっちまった時のことだ。

 あん時は実権握りたい副学院長が大騒動やらかして、教官までごっそり連れてっちまったわけだけど、アイツついでに高位通話石まで壊してった。

「あれやられちまうと、復旧大変だからなぁ」

 細かい通話石を束ねる高位のヤツは、同じものを作るのが難しいから、壊れるとエラいことになる。

 幸いこの学院はMeSなだけあって、予備が用意されてたけど、それでも学院外との通話はまだ未設定だ。本土から人呼んでやり直すのに、あと何日かかかるって話だった。

「包囲されたら逃げようないし、これはダメかなーって、あたしも今度ばっかりは思ったんだけどね。けど、門があるなら話が別でしょ。そこを通れば、向こうに連絡出来るもん」

「なるほどな……」

 普段の言動からは思いもつかねぇほど、抜け目ねぇヤツだ。

「そゆわけだからイマド、しっかり伝言係してね~」

 気楽に言われる。

「まぁダメかもしれないし、そうなったらチビちゃんたちに、門通ってもらうしかないんだけどさ」

 本人にその気はねぇんだろうけど、言ってる内容は思いっきり俺への脅しだ。

「でもさ、なーんにもしないより、ずーっとマシだと思うんだ~」

「まぁ確かにな」

 ンな話しながら走って、校舎の前まで来る。

 惨状に、思わず足が止まった。

「ひでぇな……」

「ちょっとここまでとは、思わなかったねぇ」

 かなりの数のケガ人だ。それがまともな治療もナシのまま、大半がほっぽっとかれてる。

 少し離れた場所、あっちこっちで倒れてるのは……死んで放置か。回収する余力なんざ、残ってねぇから。

 ルーフェイアの姿は見えなかった。けどまさかケガするとも思えねぇから、場所移動したんだろう。

「ミルドレッド! こちらです」

 玄関のほうから学院長の声がして、二人で慌ててそっちへ行く。

 前へ着いたとこでミルが学院長に手短かに、どうするかを説明した。

「つまりミルドレッド、あなたがここに居るのを利用して、間接的に敵に圧力をかけるわけですね」

「ですですー。それとあと、門はイマドに開けてもらって~、本土もイマドに行ってもらいます~♪」

 さすがの学院長も、これには驚いた顔だ。

「あなたではなくて、イマドに……ですか?」

「そうでーす」

 ミルは学院長をびっくりさせたのが、嬉しかったんだろう。ニコニコしてやがる。

 どういうことだと、学院長が俺を見た。

「えーっと、俺、門とか開けられて、通るほうも平気なんで……」

 俺の言葉のあとを、ミルが引き継いだ。

「それにほらー、あたしが学院から出ちゃったら、圧力にならないですー♪」

「なるほど、そういうことですか」

 学院長はいろいろ最初から事情知ってるんだろう、大して説明ナシで話を飲み込む。

「イマド、もう一度確認しますが……門のほうは本当に、大丈夫なのですね?」

「だいじょぶです」

 即答する。この期に及んで、隠したってどうにもならねぇし。

「……分かりました、門を開けるのと本土へ渡るのはイマド、あなたに任せます。どこへ何をどう連絡するかについては、ミルドレッドから詳しく聞いてください。ミルドレッド、あなたの申し出に感謝します。ですが、すべてをこの計画に委ねるわけにはいきません。動きがないようなら、当初の計画通り門を通って全生徒を避難させます」

「はい」

 声が重なる。

「門は祠の地下です。すぐ行きましょう。ミルドレッド、あなたもいっしょに来て、道すがらイマドに本土へ渡ってからを説明してください。私はその間に、全校生徒に状況を説明します」

「はーい♪」

 相変わらず緊張感のカケラもねぇ返事しやがる。けど考えようによっちゃ、こいつが深刻になったらオワリかもしんない。

『学院長のオーバルです。先ほどの作戦を少々変更します――』

 全体への説明を聞きながら、俺らは「門」へと急いだ。

 ――学院を守るために。

 シエラ学院に拾われたことが、いいか悪いかは知らない。

 けど、ここで俺らは育った。

 ここに拾われなかったら、今ごろどうなってたか分かんねぇヤツもかなりいる。

 下級生は上級生に育てられて、そいつらがまた大きくなって下級生を育てる。

 そうやって今まで、肩をくっつけるようにしてやってきた。

 だから……絶対に渡さねぇ。

 俺らの未来は、ここから始まるのだから。

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