Episode:01-13 護る者
◇Sylpha
低学年の避難を終えるのに、意外と時間がかかった。
だが避難したのが百人どころじゃないうえ、六歳の子までいることを考えれば、これは仕方がないだろう。
最後のクラスと一緒に地下へと降り、扉を閉める。
ナティエスを静かな場所に寝かせてから、私は後輩たちのほうへ振りかえった。
「みんな……無事だったか?」
この問いに、クラスの面倒を見ていた上級生がうつむく。
「そうか……」
だが落ち込んでいるわけにはいかなかった。戦いはまだ始まったばかりだ。
ざっと地下を見回してみる。
出入り口は全部で五つ。うち昇降台は止められたようだから、さほど心配ないはずだ。
残りの四つは、扉の向こうが階段。敵兵が見つけたら、たちまち侵入してくるだろう。
この学院の構造を必死に思い浮かべる。
いま降りてきた北西の階段は、私も知らなかったほどだ。北東側の階段も割合見つけづらい。
やはり危険なのは、南側の二つだろう。
「シルファ!」
「――ディオンヌ」
同じクラスの彼女も上級傭兵隊だ。
「そっちの被害は……ってだいたいがシルファ、低学年担当じゃないでしょ?」
「え? あ、その……」
どう言えばいいのか分からなくなる。なにしろ私のしていることは、命令違反だ。
思わず口篭もった私を見て、ディオンヌが笑った。
「ま、とりあえず聞かないでおくけど。けど地下へ避難なんて考えつかなかった。やるじゃない」
「いや、これは私じゃなくて……」
「ということは彼氏? ま、シルファの彼氏ときたら性格はともかく、優秀だしね。で、このあとはどうしろって?」
悪戯っぽい調子で彼女が尋ねてくる。
「その、そこまでは……」
だいいちタシュアに訊いたとしても、「そのくらいは自分で考えてください」と言われるだけだろう。
「なんだ、ちょっと期待したんだけど。まぁいいや。そしたらどうするか、さっさと決めないとね」
「ああ」
彼女と二人で子供たちをみている年長クラスを一旦集めて、人数を確認する。
「この人数で、チビちゃんたちみきれるかな?」
そんな独り言をいいながら、ディオンヌが後輩たちを分けていった。
傭兵隊か候補生にあたる一六歳以上を守備に回し、十歳から一四歳の子にはさらに年下の子の世話を、頼むことにする。
「いい、あなたたち。ちゃんと言うこと訊くのよ」
「うん、わかった」
口々に低学年の子供たちが答えた。今が非常時であることは、さすがにこの子達も分かっている。
「ディオンヌ、できれば南の出入り口二つには、私たちが……」
「手分けするわけね」
全部言い終えるよりも早く、ディオンヌが察してくれる。
「たしかに上級傭兵隊はあたしたちだけだし、それがいちばんいいかな?
北の二つは分かりづらいみたいだから、他の子でも大丈夫だろうし」
「そう思う」
北側の二つに後輩を回し、南には私とディオンヌ、それになるべく年上の者がくるように調整する。
中央の昇降台には一応、銃火器を持つものを少数充てた。
「後は待つばかりか」
肩をすくめながら彼女が言う。
「来ないと……いいんだが」
そんな言葉が口をついた。
この地下はたしかにいちばん安全だが、一方で逃げ場が少ない。なんとしても食いとめなければ、またこの子たちが犠牲になってしまう。
そして気が付いた。
「ディオンヌ、その……あの子たちの場所を、変えたほうが……」
「え? どういうこと?」
訊き返される。
私が説明が苦手なせいで、上手く伝わらないようだった。
「いや……あの場所だと、だから戦闘の時に、あの子たちがもろに目に……」
「――? あ、そういうことね」
今度もどうにかディオンヌが察してくれた。
低学年は今、昇降台の手前側にいる。この位置はたしかに広いし動きもとりやすいのだが、ひとつ問題があった。
南を向いているのだ。
激戦が予想される南側にいては、この子たちが殺戮の様子を目の当たりにすることになる。
学院にいる以上はいつか目にする光景ではあるが……今から見せたくはなかった。
なにかの事故でもない限り、六歳や六歳の子供が目にするようなことではない。
「昇降台の向こう側に移動させようか? 向こうなら、さほどでもないだろうし」
「そうだな」
すぐに子供たちを移動させてやる。
「たぶん……出入り口で戦闘になると思う。けど私たちが必ず防ぐから、いい子にしてるんだ」
全員にまたよく言い聞かせた。こう言っておくだけでもかなり違うだろう。
そして――待つ。
息詰まる時間。
物音が聞こえた。
扉が破られる。
その瞬間を逃さず私はサイズ(大鎌)を振るった。
血しぶきがあがる。
さらにもうひとり、何が起こったのかも分からずに立ち尽くしているところを切りつける。
これを合図にしたかのように、扉の所で死闘が始まった。
ディオンヌが回っている向こう側でも、さほどの間を置かずに戦闘が始まる。
ただ「扉」という障害物があるため、幸いにも敵が雪崩こんでくることはなかった。
足元に転がる死体が、徐々に増えていく。
――まさに、死神だな。
ふっとそんなことを思う。
低学年の子たちが見ようものなら、私のさまに怖れをなすだろう。
タシュアがよく言っていた。「戦争の狂気に飲み込まれるわけにはいきません」と。
だが今の私は、どうだろうか?
ためらいもなく刃を振るう私は……狂気に飲み込まれているのではないだろうか?
ぬめる足元。
向こうで子供たちが、息をひそめているのを感じる。
自分たちが助かることを願いながら、この恐ろしい時間に耐えているのに気がつく。
瞬間、なにかが吹っ切れた。
あの子たちを守るためならば、それが狂気であろうともいい。
今は何より力が要るのだ。
突っ込んでくる兵士たちを、ことごとく血祭りにあげる。
同じ場所を守っている後輩たちも、魔法を使いあるいは剣を振るい、必死に防戦する。
それにしてもキリがなかった。
いったいどれほどの戦力が投入されたのか、ともかく尽きることがない。
一回きりならともかくこれだけ戦闘が続くとなると、いくら地の利がいいとは言え厳しかった。
またひとり倒れる。
「誰か、この子を下げてくれ!」
そう指示しながら、目の前に出てきた兵士に迷わず刃を叩きつける。
が。
――しまった!
一瞬血糊に足を取られて、十分に踏みこめなかった。斬撃も浅いまま終わる。
当然次に来るのは敵の反撃だ。
意外なほど鋭い太刀筋を、でどうにか受けとめる。
そこへ更に、別の敵が斬りかかかってきた。
避け切れない。
「先輩っ!」
「シーモア?」
聞き覚えのある声とともに、立て続けに銃声が響く。
どさりと重い音を立てながら、次々と敵が倒れた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、助かった。 だがどうしてここに?」
この子の持ち場がどこかは分からないが、少なくともここへ来る理由はない。
「タシュア先輩に言われたんです。
あたしら船着場のほうにいたんですけど、最初の予想と違って裏庭やら教室やらが大変なことになってるから回れって」
「そうか……」
さすがタシュアというべきだろうか。
もっともロクな戦闘もしないうちに移動させられたシーモアは、不満そうだった。
「ったく、最初からこうしてくれりゃいいものを」
「そうは言っても……相手が接触しないうちから来るとは、さすがに誰も……」
「それはそうなんですけど」
口ではそう言うが、憤懣やるかたないという感じだ。
「ともかく、まだ敵がいる。戦線に……入れるか?」
「問題ありません。なにせまだ、戦ってませんから」
頼もしい答えが返ってくる。
「指揮取ってる先輩、今連れてきますよ」
「すまない」
だがこの思いがけない援軍で、守るのがかなり容易になった。もちろんそれだけ、小さい子たちの生き延びる確率も上がる。
船着場部隊のリーダーと共に戦力を急いで割り振り直して、もう一度私はサイズを構えた。
――ここは渡さない。
どれほどの狂気が押し寄せようとも、必ず退けてみせる。
再び押し寄せ始めた敵へと踊りこんだ。
薙ぎ払い、切り倒し、ひたすらサイズを振るう。
ただ今度はシーモアたちの援護があるので、かなり楽だ。
狭い扉を挟んでの攻防が続く。
その敵の数が少しずつ減り始めた。
そしてやがて、誰も来なくなる。
「引いた……のか?」
やっといなくなった敵に、思わずつぶやいた。
「先輩、上見てきましょうか?」
シーモアが気を利かせてそう言ってくる。
「そうだな……危険だとは思うが、行ってくれるか?」
「心配ありませんって」
おどけた調子で肩をすくめると、後輩はさっさと出て行ってしまった。
ただあの子なら心配はないだろう。
――疲れた、な。
さすがにため息をつく。
周囲には数えたくない人数の敵兵が倒れていた。
よくこれだけ倒したと呆れるほどだ。
「シルファ、大丈夫?」
「ああ。そっちは……?」
ディオンヌが戻ってくる。見たところ彼女にも、怪我はなさそうだった。
「あたしはね。ただ後輩がけっこうやられたわ。こっちも……そうみたいね」
彼女の言うとおりだった。
私は従属精霊を使っているおかげもあって怪我はないが、何人か重傷を負って奥へと下がっている。軽傷となるとその数倍だ。
「助かると……いいんだが」
「さぁねぇ……。けどともかく、今のうちに手当てしてあげなくちゃ」
「ああ」
それぞれの扉の前に何人かづつ残して、一旦奥へ下がる。
残念ながら既に二人が亡くなっていた。
「――すまない」
それ以外、後輩たちに言う言葉がない。
子供たちを守るためとはいえ、他に方法はなかったのだろうか?
それとも、これでよしとしなくてはならないのだろうか?
ただ、まだこれで戦闘が終わったわけではない。
ここだけは何があっても、守り切らなくてはならないのだ。
「ディオンヌ、もう一度戦力を、割り振りたいんだが……」
「そうね。敵が引いてる今のうちにやっておかないと、どうなるかわかんないし」
すぐに上級生が集められた。
どうすればひとりでも多く生き残れるか、それだけを考えながら戦力を割り振る。
これ以上狂気に、後輩たちを渡すわけにはいかなかった。
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