Episode:01-12 そこにある狂気

◇Imad

 防衛ラインは、徐々に奥へと移ってきてた。

 どうみたって不利だ。なんせ向こうときたら、きっちり装備整えたプロが出てやがる。

 なのにこっちは上級傭兵隊がたった二人、他に従属精霊使ってるのが俺一人。戦力差は歴然だ。

 こっちが防衛側で地の利があるのと、場所が狭くて向こうが一度に入ってこれねぇからどうにか防いでっけど、このままじゃジリ貧ってとこだろう。

「ったく、キリねぇな」

 剣を振るいながら思わずつぶやく。

「ほぉんと、どっから湧いてくるんだろね~?」

 ミルのやつが能天気な調子で答えてきた。

 ――誰もお前の答えなんか期待してねぇって。

 にしてもこの期に及んでもけろっとしてるのは、多分こいつひとりだろう。

 しかも平気な顔して、敵の眼前へふらふら出ていきやがる。

「はぁい、そこどいてくださ~い♪」

「な、なんだお前はっ!」

 いや、訊くだけ無駄じゃねぇかな?

「やだぁ、おじさん知らないの? ミルちゃんだよ~♪」

 そう言いつつこいつ、連射銃を乱射しやがるし。

 たちまち数人が倒れる。

 しかもどういう神経をしてんのかミルのヤツ、にこにこしながら死体またぎ越えて、次の獲物を探しに行っちまいやがった。

 ――頼むからとどめ刺してくれ。

 貫通力の高い連射銃あたりだと、よほど当たり所が悪くねぇと即死しない。

 当然苦しんだまま放置ってことになる。

 ただこれをやられると俺の場合、そこら辺でうめいてるやつの苦しみがモロにぶつかってくるからヤバい。

 ――ちきしょう!

 歯を食いしばって気合入れた。

 ケガもしてねぇうちから、戦線を離れるわけにはいかない。だいいちこの状況で精霊持ちの俺が下がったら、かなりの戦力ダウンになる。

 にしてもミルのヤツ、ここのエースか?

 むちゃくちゃなやり方とはいえ確実に敵を倒してやがる。しかも得物が俺らみたいな剣じゃないから、ある意味効率がいい。

 もっともいくらミルの狙いがよくても、相手の人数が多すぎだ。掃射をくぐりぬけて肉薄してくるやつが後を絶たねぇ。

 俺に向かって剣が振り下ろされる。

 たぶん向こうは仕留めたと思ったはずだ。

 切っ先が届く直前で身を引きながら左へ避ける。

 同時に電撃。

 俺が右手で放った魔法石からの放電に、敵が絡め取られる。

「悪りぃな」

 一瞬動きが止まったところで胸を突いた。

 同時に来る相手の感情は、必死に聞かないようにする。

「イマド、やるじゃん♪ じゃ、あと頼むね~」

「おい、どこ行くんだよ?」

 すぐ脇を後方へと走りぬけるミルに、思わず問いただした。

「弾ないも~ん。気が向いたら帰ってくるから♪」

「お前なぁ! 気が向かなくても戻って来い!!」

「ぶ~☆」

 例によってのブーイングは無視、とりあえず敵を片付けにかかる。

「おい、リドリア、お前のクラスのタシュアはどうしたんだ? 彼も段持ちだろう?」

「あたしに聞かないでよ!」

 すぐ向こうで、そんなやりとりを先輩たちが交わしていた。

――そういやタシュア先輩、たしかに見かけねぇな。

 ってもあの先輩じゃ、命令なんか素直に訊くわけねぇし。ついでにシルファ先輩も見当たらねぇから、きっと二人して好きなとこで戦ってんだろう。

「まったく困ったやつだな。シルファもいないところをみるとあの二人、一緒か?

――イマド、居場所を掴めないか」

「ムチャ言わないでください。戦闘中にンなことしてたら、『殺してください』って言うようなもんですよ」

 だいいちこの状況で精神集中して感応なんざした日には、探し出す前に他の連中の苦しみの念で、こっちがどうかなるだろう。

「それにあの先輩じゃ、絶対こっち来ませんって。そりゃ、いれば楽でしょうけど」

 セヴェリーグ先輩が一瞬沈黙する。

「……まぁ、そうなんだろうが……。

 にしても厳しいな。仕方ない、もう一度魔法いくぞ。後退しろっ!」

「了解」

 いつまでも途切れない敵の攻撃に、やむなく先輩が後退の命令を出した。

 カバーしあいながらの後退が始まる。

 ただ退却ってのは突撃よりよっぽど難しい。

 俺の隣にいた女の先輩が、後退し損ねて撃たれた。

 とっさにその身体に手を回して、抱きかかえて連れていく。まだ生きてるのにこのまま放っておいたら、魔法で焼死体になるのは確実だ。

「助けて……痛い……」

「助かりたかったら黙って我慢しろっ!」

 思わず怒鳴りつけた。

 他の連中ならともかく、俺の場合は痛い痛いと騒がれっと、こっちまで被害こうむる。

 けど人の身体ってやつは重い。俺も力がない方じゃねぇけど、普通には動けなかった。

「イマド、頭下げてっ!」

 ミルの警告に、とっさに体勢を低くする。

 頭上を弾が通り抜けて、後ろの敵が絶叫を上げた。

 こんな言い方したくねぇけど、即死してくれたおかげでさして念を食らわずに済む。

 どうにかこの先輩を抱えたまま、後退しきった。

「悪りぃな、助かったぜ」

「べっつに~。でもあとで、お礼にご飯作ってね♪」

 ――このヤロ。

 ちゃっかりしてるとはこのことだ。

「これで全員か?」

「――あとは死んでます」

 メンバーを確認してる先輩に、気配を探って報告する。

 また吐き気がした。

「そうか。誰か魔法使わないやつ、彼女を奥の救護班のところへ連れて行くんだ。

 よし、もう一度魔法いくぞっ!」

 さっきと同じように、炎系の魔法が一斉に放たれる。

 あの灼かれる感覚もどうにか振り切った。

「思ったほどの効果はなしか。さすがに向こうも馬鹿じゃなかったようだな」

 先輩の言葉に炎が収まった坂道を見ると、どうにか防ぎ切ったらしい敵が性懲りもなく来てやがった。

 一応プロなだけあって、同じ攻撃はそうそう通用しないらしい。

 ――だったらこっちはどうだ。

 俺にしか使えないテを試す。

 魔法は防ぐ手段があるだろうが、これはそうはいかないはずだ。

 いったん心を閉じ込めてから、周囲に溢れる苦痛の念に同調する。

 自分が巻きこまれないギリギリのところでバランスを取りながら、そいつを集めて増幅させて……。

 ――行け。

 一気に放つ。

 俺みたいにしょっちゅう他人の念に晒されて生活してるならともかく、普通の人間がいきなりこんなもの食らったら、まずひとたまりもない。

 思惑通り、いくつもの絶叫があがった。

 狂気があたりを覆い尽くす。

 怯え、怖れ、錯乱し、倒れてのたうちまわり、そのままショック死するやつも出る。

 ――まぁいいとこか?

 もっとも俺のほうもそれなりにダメージは来て、荒い息で膝をつく羽目になっちまったけど。

「いったい……何をしたんだ?」

 セヴェリーグ先輩が呆然としながら訊いてきた。

「一種の精神攻撃ですけど、上手く説明できません」

 それに説明したって、どうせちゃんと理解はできないだろう。

「そうなのか……? まぁいい、だいぶ敵も減ったことだしな。

 で、君は大丈夫なのか?」

「少し休めば、大丈夫です」

 ――多分。

 ただこの状況じゃ、ダメですとはさすがに言えない。

「そうか。とりあえず君のおかげで攻撃も下火になった。少し奥で休んでくるといい」

「――すみません」

 先輩の言葉に甘えて、救護班のあたりまで下がる。

「あれ、イマドどしたの? どっかケガ?」

 どういうわけかミルのやつがいて、ごちゃごちゃと話しかけてきやがった。

「なんでもねぇよ」

「あ、そぉ? でもさでもさ、さっきのすごかったね~♪ なにしたの?」

「るせぇなっ! 黙れよっ!」

 気づいた時には俺、こいつを怒鳴りつけてた。

「イマドぉ?」

「――悪りぃ。ひとりにしてくれ」

「は~い」

 ミルが離れてく。

 自分がかなりイラついてるのが分かった。

 もっともずっとこの苦痛に晒されてることを考えれば、よく持ってる方だとは思う。

 ともかく少しでも休もうと、感覚を遮断して閉じこもった。

 ――ダメか?

 周囲の狂気を、シャットアウトし切れない。向こうの方が強すぎる。

 冬の窓から冷気が忍び込むように、俺の中へ入ってくる。

 いや、もしかすると、俺自身が狂気そのものかもしれなかった。

 そして周囲をを惹きつけてるんだろう。

「イマド、出られるか!」

 不意に呼ばれて、現実へ引き戻される。

 時間は長かったのか短かったのか分からない。

「すまない、前線へ出てくれないか」

「――了解」

 剣を手に立ち上がる。

 本来あったはずの大義名分がどこかへ押しやられて、誰もが狂ってくように思えた。

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