Episode:01-11 虚ろな刃
◇Rufeir
裏庭の状況は、前庭の方なんて比べ物にならないほどひどかった。
完全な乱戦になっている。こうなるとどうしても、装備のいい敵の方が有利だ。
負傷者もそうとうの数にのぼっていた。これでよくいままで食い止められていたと感心するしかない。
ところどころで倒れたまま動かない制服姿は――たぶん死んでいるだろう。
「状況は?!」
ロア先輩の声に、ここの先輩たちが振り向いた。
「見てのとおりだぜ、先輩。どうにか食い止めてるけど、もう一回きたらあぶねえ」
「――負傷者と救護班を校舎前に下げなさい。戦える者は二人一組でかかること。必ずだよ!」
ロア先輩が矢継ぎ早に指示を出す。
「了解!」
ロア先輩、やっぱり頼もしい。
たぶん他の生徒も同じことを思ったんだろう、心なしか士気があがっていた。
こういう厳しい戦いの時に優秀な指揮官がいるのは、ほんとにありがたい。
「ルーフェイア、行くよ。思いっきりやんなさい!」
「――はい」
一度でいいからロア先輩と実戦でペアを組みたいと思っていたのが、意外な形で叶った。
でも手放しで喜ぶわけにはいかない。友達が……死にかけているのだから。
そしてそれ以上に、「全力」というのが恐ろしかった。
「幾万の過去から連なる深遠より、嘆きの涙汲み上げて凍れる時となせ――フロスティ・エンブランスっ!」
先輩が前方に魔法を放ち、たちまち辺りが凍りつく。そこへあたしが間髪入れずに踊り込んだ。
慌てた敵兵が、魔法を唱えようとする。
――遅い。
敵が呪文を唱え終わるより遥かに早く、あたしの太刀が閃いた。
振り向きざまにもうひとり。
「ルーフェイアっ!」
先輩の声。
同時に周囲に、すさまじい炎が巻き起こった。
敵兵が次々と燃え上がる。
その中をあたしは戦う相手を求めて駆け抜けた。
まさか訓練生がここまでやるとは思わなかったのだろう、あたしたちの反撃に驚いた敵が銃を乱射しだした。
一瞬あたりに視線をめぐらせて、場所を確認する。
――いた。
瞬間、敵とあたしの目があう。
敵が銃口をこっちに向けて狙いを定め、あたしは地を蹴った。
打ち出される銃弾。
ためらわず突っ込む。
魔法の盾が弾をはじく音。
斬撃。
あたしの太刀が血の軌跡を描く。
そのまま周囲を見回すと、敵の兵士があとずさった。
「ば、化け物……」
――ひどい。
あまりな言葉に、さすがにそう思う。
けど。
――それが事実なのかもしれない。
返り血を浴びながら敵を屠るあたしは、たしかに化け物にしか見えないだろう。
そのあたしが、たちまちその兵士も血祭りに上げる。
一歩、出た。
怯えた悲鳴があがる。
完全に浮き足立ったあたしの周りに向かって、すかさずロア先輩がこんどは雷系呪文を叩き込んだ。
また何人もがいかずちの餌食になる。
でも中心にいるあたしは無傷だ。
太刀を構えると周囲から敵が引く。
その時、後ろで絶叫があがった。
――セアニー?
この声、同じクラスのセアニーだ。声から判断して致命傷。
でも、そっちへ振り向く余裕さえない。回復魔法をかけるなんてなおさらだ。
――ごめん、セアニー。
あたしは心の中で謝りながら、再び敵に突っ込んだ。
キリがない。
普通だったらこれだけ戦えば、どっちかに戦局が傾き始めるはずなのに。いったいこの敵は、どれだけの兵力を投入したのか。
そのとき、敵兵を運んできている大鳥が、堕ちていくことに気がついた。
鳥の翼が燃えている。きっと誰かが魔法で……。
――そうか!
船団にどのくらいの兵がいるかは分からない。でも輸送手段をなくしてしまえば補充は出来ないし、船からの上陸は地点が限られる。
きっと今やってるのは、タシュア先輩だと思った。いち早くそのことに気づいて、まず鳥を落しにかかったんだろう。
「ロア先輩!」
敵を切り倒し、わずかに空いた時間に叫ぶ。
「鳥です! あれを落さないと!」
「鳥……? あ、そういうことか!」
再び指示が出る。銃火器持ちと魔法に長けた生徒がどうにか集められ、空を舞う鳥を攻撃し始めた。
堕ちた鳥と兵には、接近武器を持つ生徒がとどめを刺す。
――え?
倒された大鳥の足に付けられてる、識別環。見たことがある。
隙を見て近寄って、外してみた。
「ロア先輩、これ……」
「なにこれ、ロデスティオ国の傭兵隊の紋じゃない」
あの国の傭兵隊は、汚れ仕事をするので有名だ。ただ証拠はなくて、そういう「噂」だけだった。
所属不明の敵と、そういう傭兵隊の紋。
混乱させるためにわざとやってる可能性もあるけど……たぶん外し忘れだろう。そのほうが、兵装なんかが納得行く。
でも、理由が分からない。
ロデスティオの誰かがここを邪魔だと思ったんだろうけど、そう考えた根拠が掴めなかった。
「まぁいいや、これ、あたしが預かるから。さ、ルーフェイア、出て」
「はい」
そう。悩むのはあとでも出来る。
先輩が拾った識別環の報告をするのを聞きながら、あたしはもう一度切り込んだ。
兵を運んでた大鳥を落としたのが良かったらしい。少しずつだけど、敵の数が減ってきている。
けど……それでも劣勢だった。
生徒たちの悲鳴が、叫びが、途切れることなく続く。そのなかには明らかに、死のうとしている声が混ざってる。
「俺らの学院、好き勝手になんかさせるかよっ!」
誰かが叫んだ。
はっとする。
――「俺らの」なんだ。
この学院にいる生徒のうち、かなりの数が孤児だ。シーモアもナティエスもイマドも……やっぱりそうだ。
当然頼る人もなく帰る場所もない。この学院以外に居場所がないのだ。
けどあたしは――違う。
戦場を渡りあるっているとはいえ両親は健在だ。
それにたとえこの学院を辞めても別に困ることもない。路頭に迷うということ自体が、あたしの場合はありえなかった。
みんなはこの学院を、家を守るために戦っている。
――じゃぁ、あたしは?
答えは虚ろだ。
長い年月血統を重ねた傭兵の一族が生みだす、血の結晶。それがあたしだった。
幼い頃から考えるより先に身体が動いた。
呼吸するくらい自然に刃を振るい、戦場を駆けた。
――今も。
突っ込んできた敵の剣を、身体を入れ替えてかわす。その間に手は自然と太刀を振り上げて……一閃。
相手が倒れる。
それを横目で見ながら、今度は敵が固まってる場所に上位の攻撃魔法。
――あたしは、なんのために?
背後から襲いかかった相手には、後ろを向いたまま下位の炎魔法。
怯んだ隙に反転して斬撃。
――理由なんてなかった。
戦場で毎日を過ごしながら、本当はすぐにでも逃げ出したかった。
そうしなかったのは……周囲の期待と、勝手に動く身体とをもてあましたからだ。
あたし自身の思いとは関係なく、才能だけはあった。最初からそう組み込まれているかのように、身体は勝手に動く。
たまたま戦場にいて、なおかつそれだけの力があって。
ただそれだけの理由で、戦っていたことに気付く。
誰もが必死に戦っているこの場所で、自分だけがひどく浮いている気がした。
虚ろなまま手を血に染める狂った小娘――それがあたしだ。
「――来ないで」
唇から言葉がこぼれる。
三人同時ならと思ったのだろう、確信の表情で迫る敵兵。
「だめよっ! 来ちゃだめっ!!」
でもあたしの叫びなど聞くわけもなく……数呼吸後には彼らも、物言わぬ死体の仲間となる。
不意に風が舞い上がった。
あたしの長い金髪が踊る。
周囲を敵が取り囲んで、一斉に襲いかかってくる。
「お願い、来ないでっ!」
迫る幾つもの刃。
だがそれが、あたしに触れることはない。
「死にたくなければ来ないでぇっっ!!」
願いは届かず――炎が吹き上がった。
剣を振り上げた体勢のまま彼らが燃える松明と化し、たちまちのうちに灰となる。
こぼれた涙が、小さく炎にはぜた。
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