Episode:01-09 忍び込む絶叫

◇Imad

 海岸に顔を揃えたメンバーは、だいたい一個中隊ってとこだった。

 資格が限定されっから、上級生のそうそうたる顔ぶればっかだ。次々出る指示にも、反応が早えぇし。

 ――って、俺が最年少か?

 けどもう一学年下で合格すんのはさすがにキビシいから、まぁそんなとこだろう。

「イ~マド♪」

「なんでお前がここにいるんだよ……」

 さっきまで一緒にダベってたミルに声をかけられて、一気に不安になる。

 ――そりゃ、腕はたしかだけどよ。

 ただこいつ、どう考えても性格が……。

「え~、あたしちゃんと、三級持ってるもん! すごいんだから☆」

「分かった分かった!」

 戦闘直前のピリピリしてるとこで、頼むから素っ頓狂な声で騒ぐなっての。

 案の定、周囲が白い目で見てやがるし。

「おい、シーモアはどうしたんだよ?」

「あ、シーモアはねぇ、船着場行ったよ」

「――マジ?」

 頭が痛くなる。

 一縷の望みをたくして周囲を見回してみても、やっぱ同じクラスは俺だけってやつだ。

 ってことは、俺がこいつのお守りか?

 ――冗談。

 ンなことしてた日にゃ、戦う前に倒れちまいそうだ。

「ねぇねぇねぇねぇ、イマド、そ~いえばルーフェイアは?」

 こいつやっぱ学習機能ついてねぇ。またきゃいきゃいと騒ぎ立てて、周囲のヒンシュク買ってやがる。

「あいつ、検定受けてねぇんだよ」

「え~、どしてどして? なんでイマド、ちゃんと受けさせてあげなかったの?」

「俺に言うな!」

 あいつの場合事情が事情だけど、それをここで言うわけにもいかねぇし。

「けどけどぉ、ルーフェイアいなかったらキビしいよね~」

「いいんじゃねぇか? その分校舎の守備が堅くなるからな」

 他にも向こうには、運営に関わってるような先輩たちが回ってる。

「向こうがきっちり守ってくれれば、俺らは考えないで済むんだぜ?」

「でもぉ」

 その時……聴こえた。

「――悲鳴? どこだ?」

「え~、なんにも聞こえないよぉ?」

 ミルが騒ぎやがるけど、そりゃそうだろう。俺が聞いたのは声じゃない。

 耳を――いや、心を澄ます。

 眼前に裏庭の風景が見えた。

「――やべぇ」

「どしたの?」

 ミルのヤツ、興味津々って顔だ。

「裏庭が――それに教室もかっ?!」

「だからぁ、どしたの~」

 子犬じゃあるまいし、キャンキャン吠えるな。

「ヤツら空中部隊出してんだよ! 船団が上陸してから攻撃なんて悠長なこと言ってたら、こっちが全滅だ!」

「あ、それたいへんかも☆」

 俺の話聞いて、こいつが絶対に分かってねぇっぽい口調で騒ぎ立てた。

「けどさ、先輩に言わなくていいの?」

「言われなくたって行くっての」

 ともかくここの指揮を取ってる上級傭兵隊の先輩――キザなことで有名だけど、能力は折り紙つき――のとこへ走る。

「先輩、セヴェリーグ先輩っ!」

「ああ、イマドか。どうしたんだ?」

 幸いこの先輩とはけっこー長い付き合いだ。そのうえ俺の「曰く」も多少は知ってっから助かる。

「敵の出した部隊が、もう裏庭を襲ってます」

「本当なのか? いや、君の能力を疑うわけじゃないんだが……まだ接触もしてないじゃないか」

「向こう、空中部隊まで出してんですよ。このままじゃ俺らが攻撃なんてする前に、こっちがやられます」

 俺の言葉に、ほんの少しの間先輩が考え込んだ。

「――わかった。十二~十八班、裏庭へ回れ。オルディス、指揮を頼む。残りの班は、ここに残って侵入を阻止する。急げっ!」

「了解!」

 指示が飛んで、一斉に生徒が動き出す。

 指名された連中が素早く裏庭へ向かった。これで少しは向こうも違うだろう。

「こっちは多少時間がありそうだな」

 また先輩が少しの間考え込んだ。

「――常套手段で気に入らないが、待ち伏せといくか」

 ありきたりだけど、確実な方法を先輩が選ぶ。

 校舎があるこの島は、周囲が切り立った崖に囲まれてる。海へ出られるのは船着場と海岸――意外と広い――の二ヶ所だけで、どっちも崖の間の細い坂道を通らねぇと、校舎は絶対行かれねぇ作りだ。

 待ち伏せするには絶好の場所、ってヤツだった。

 そりゃもちろん敵も警戒してんだろうけど、だからって罠を張らない理由はねぇし。

「今のうちにトラップを仕掛けよう。腕に自信のあるやつは、前へ出てくれないか」

 この言葉に俺を含め、十人ちょっとが前へ出た。

 顔ぶれをセヴェリーグ先輩が確認する。

「そうだな……リドリア、きみにリーダーを任せる。どういうトラップにするかはそっちで相談して決めてくれ。ただ、急いでほしいな」

「オッケー、手っ取り早く効果的にってわけね」

 ロア先輩やエレニア先輩と同じ学年の女性上級傭兵が、面白そうに答える。

「まさか道具を取りに行ってる時間はないだろうなぁ……」

 言いながらこの先輩が、ツールキットを取り出した。

「よし、決めた。オーソドックスに行こ。ワイヤーで行くわよ」

 たしかにオーソドックスだな。

 でもワイヤーでのトラップなら、大抵の学院生は簡単に作れる。慣れてるやつならなおさらだ。

 たちまちかなりの数の、細工した手榴弾が出来上がった。

「よし、そしたらワイヤー張るわよ。だめだめ、もっとピンと張って。そこじゃなくてもっと上!」

 って、この人のトラップの仕掛けかたもヤなタイプだな。

 発見した時には爆発してっから、効率いいのはたしかだけど。

「おっけー、じゃぁあとはその辺に二次用のも仕掛けて……」

「先輩すみません、俺、魔力石まいていいですか?」

 俺はこっちのほうが得意だ。

「いいわよ。タイミングだけは間違わないでね。――あ、あなたたち、少し石、分けてあげてよ」

 コトを察した先輩が、手際よく他の生徒から魔力石を集めてくれる。

「これで足りる?」

「はい、十分です。すみません」

 集まった石を、俺はさっさとばら撒いた。ワイヤーの仕掛けのもっと向こう、敵から見たら手前側になる場所だ。

「イマドってば凶悪~」

 ミルが茶々入れてくる。

「お前ほどじゃねぇよ」

 けどこれも、たしかに嫌われるタイプのトラップだろう。踏もうが何しようが発動しないからって無視して進んでると、いきなりドカンだ。

「よし、全員下がるんだ!」

「了解!」

 班ごとに、崖上や道路わきの茂みへ身を潜める。

「そこ! もう少し下がるんだ。そうしないと爆発に巻き込まれる。音を立てるなよ。金属音は特にだ!」

 準備が整う。

 息詰まる時間。

 敵の船が着いて、敵が走り出す。

 そして……。

「かかった!」

 誰かの声とともに、トラップが作動した。手榴弾が次々と爆発し、さらに誘爆する。

 ――今だ。

 俺もタイミング合わせて魔力石を発動させた。

 相乗効果で威力を増した魔法が紅蓮の炎となって舞い上がり、広範囲にわたって敵を捕らえる。

「きゃ~、すごいすごぉい♪」

「あ、ああ……」

 一瞬めまいがした。

 だけどともかく、これでかなり数が減っただろう。

「さ、あたしもやろ~かな♪」

 ミルのやつが銃を構えた。

 正確な射撃。

 ウソみてぇな話だけど、引き金が引かれるたんびに悲鳴あげて敵が倒れる。

 ――違う。

 俺が聞いてんのは……悲鳴じゃねぇ。そいつらの出してる感情が、モロにこっちへ来てる。

 余裕があるときならともかく、普通は戦場じゃ相手にとどめを刺すより、戦闘能力を奪うほうが優先される。

 逆に言えば苦しんだまま放っておくってことだ。

(――苦しい)

(――死にたくない)

 すさまじい負の感情が俺の精神をえぐりにかかる。他の連中はともかく、これじゃ俺は精神攻撃を受けてるのといっしょだ。

 かと言って、シャットアウトはできねぇ相談だ。

 なぜなら……。

「ミル、右だ! 三班、五班下がれっ、グレネード来るぞっ!!」

 これ能力があるからこそ、向こうの行動を先読みできる。

 俺がこれをやめちまったたら、ぜったい被害が増す。なんせ今だって、こっちにもけっこう負傷者出てる。

「あれ、イマド、大丈夫? なんか顔色悪いよ~?」

「大丈夫じゃねぇ。でも大丈夫だ」

 言いながら俺は魔法を放った。物陰の向こう側で絶叫があがる。

「ヘンなの。見えないのに」

「殺ったんだからどうでもいいだろ!」

 肉眼じゃ見えないトコも、俺は確認できる。物陰だろうがなんだろうが、あんま違いなかった。

 ――にしても。

 吐き気がする。

 死にかけてる奴らの断末魔の声が、途切れなく俺を襲いつづけてやがる。

「よし、一旦下がるぞ。偶数班と奇数班に分かれて後退!」

 さすが先輩だ。弾切れおこすやつが出たのを見て後退の指示を出す。

「弾幕を張りながら下がるんだ。やつらを誘いこんで魔法を放つ。炎系を持ってるヤツは、合図で一斉に放ってくれ!」

「了解!」

 次々と指示が下され、命令通り俺たちは後退した。

 最後のヤツが後退を終える。

「よし、詠唱行くぞ!」

 先輩の声で詠唱が始まった。

「星に眠る原初の炎よ、ここに目覚めて新たなる創世となれ――ランペィジング・ラヴァっ!」

 初級から上級まで魔法が一斉に放たれて、炎が吹き上がる。

 坂道が再び、灼熱の渦に飲みこまれた。

 ――!

 同時に巻きこまれたやつらの苦しみが俺に襲いかかる。

 身体を灼かれる感覚が流れ込んだ。

「イマドぉ?」

「おい、大丈夫なのか?!」

 耐え切れなくて、いつのまにか膝をついたらしい。ミルとセヴェリーグ先輩とが俺を覗きこんでいた。

「やつらの想いを食らったようだね。動けるのかい?」

「すみません、大丈夫です」

 まだ戦闘は序の口だ。ここで怪我もしないうちから、ぶっ倒れてるわけにはいかない。

 ――負けるかっ!

 歯を食いしばって、俺は立ち上がった。

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