Episode:01-07 裂かれる者
◇Nattiess
「お姉ちゃん!」
あたしのそばに、低学年の子が集まってくる。
見ているのは四年生。九歳の子達なの。
いちおう学院ってば傭兵学校だから、イザってときの対応は決まってるのよね。当然どの上級生がどのクラスを見るのかも、ちゃんと割り振られてたりして。
ただあたしとしてはラッキーだったかな? ちっちゃい――今回はちょっとトウが立ってるけど――子達といるの、嫌いじゃないから。
「大丈夫。ただみんな、言うことはちゃんと聞いてよ?」
「うん」
まぁこの期に及んで、言うこと聞かない子もいないだろうな。
このクラスを見てる上級生は、あたしを含めて三人。十八人いるから、ひとり六人ずつの割り振りってとこ。
「先輩、奥に行きます?」
「止めとこう。どうしてもになってからでもいいだろうし」
「ですね」
そのとき悲鳴が上がったのよね。裏庭の方で。
「あたし、見てくる」
同じクラスのアイミィが窓の方へ駆け寄ってみて。
「どぉ?」
「大変! 裏庭がもう襲われてるっ!」
「えっ――!」
だってまだ、船が上陸したとか聞いてない。それなのにどうして、襲われちゃったりするの?
悩んでたら轟音と共に足元が揺れて。
「ねぇどうしよう? ここにいたら危ないのかな?」
「そんなこと聞かれても……。先輩、どうしましょう?」
さすがにこんな時どうしたらいいかまでは、ちょっとすぐには思いつかない。
逃げた方がいい気もするし、かといって廊下に敵がいたら困るし……。
いちばんいいのはたしかめに行くことなんだろうけど、そうするとこっちが手薄になりすぎちゃう。
――ルーフェイアだったらどうするんだろう?
あの子戦闘なれしてるから、こーゆーとき簡単に状況読むんだろうな。
みんなで必死に考えて……。
また悲鳴。それとガラスの割れる音。
さっきより近いの。
「どこ?」
「――隣だっ!」
いっしょにチビたちを見てくれてるクライブ先輩が、真っ先に気がついてくれた。
でもどうして?
どう考えても校内へはまだ、侵入されてないよね。
けどあたし、唐突に理由を知ったの。どうしていきなり隣が襲われたか。
「アイミィ、危ないっ!」
とっさに声をかける。
もちろん小さい子達も、急いで下がらせて。
窓ガラスに影が映って……ロープにぶら下がった敵になった。
――蜘蛛みたい。
一瞬、そんな場違いなことが、頭をかすめちゃったり。
でもあたし、のんき……だったのかな? その時までは。
勢いをつけて兵士が体当たりしてきて、窓ガラスが割れて。
「痛っ!」
小さい子をかばった拍子に、ちっちゃい破片が背中に刺さったみたい。
だけど気にしてるヒマなんてないの。
「早くっ、廊下へ出てっ!」
飛び込んできた兵士はでも、一人だけでラッキー。アイミィとクライブ先輩が、すぐ戦い始めて。
だからあたし一人で、ちびちゃんたちを全員になった。
「誰でもいいから! 隣と手を繋いで外へ出るの!」
子供たちが手を繋いで、次々と廊下へ出て。だけどまだ、少し奥に数人残ってるから……。
後ろで立て続けに絶叫。
慌てて振り向く。
「アイミィっ!」
叫んだけど、ムダなの分かってた。あれじゃもう助からない。
だって……上半身と下半身がサヨナラしてる。
アイミィの隣には首の無いクライブ先輩。
殺ったのは、こいつだ。
飛び込んできた、やたらデカいヤツ。
そいつが、あたしが叫んだのを聞きつけてこっちを向く。
総毛立つような薄笑い。
「どうして軍に、こんなのがいるのよ……」
思わずつぶやいちゃった。
――こいつ、イっちゃってる。
昔スラムにいた時、よく見た。ラリった挙句にどっかへイっちゃってるヤツ。
そいつらの目にそっくりなの。
それから気が付く。
こいつの足元……。
「リティーナっっ!!」
なんでよ! どうしてこんなことするのよっ!!
低学年のリティーナ――あのキザで有名なセヴェリーグ先輩の妹――が、切り刻まれてる。
手を、足を、胴の一部まで切り落とされてまだ生きてる。
それをこいつ、嬉しそうに眺めて悦に入って……。
「たすけ……おにいちゃ……たす、け……」
虚ろな目で天井を見ながら、リティーナがつぶやく。
けど、助けたいけど、近寄れない。ただ見てるだけ。
だからあたし、自分の苦無を投げつけたの。リティーナに向かって。
苦無には即効性の猛毒が塗ってあるから、当たればすぐに息をひきとるはず。
――これで楽になるよね?
狙いたがわず苦無は飛んで……リティーナに突き立った。
この子の身体から力が抜ける。
「邪魔するんじゃねぇよ……」
そいつが初めて声を出した。
ヤな声。ザラザラしてる。
「お姉ちゃん!」
「早く行くのよっ!」
あたしの厳しい声に、慌てて最後のちびちゃんたちが部屋を出た。
――よかった。
とりあえず、生きてる子はこれで全部だ。
苦無を構える。
あいつの武器ときたら、あたしじゃ持ち上がらないような戦斧。これじゃどうみたって、不利なんてもんじゃないかも。
でも、引き下がるもんか。
後ろには低学年がいる。あの子たちが安全な場所へ行くまで、時間だけでも稼がなくちゃいけない。
――先手必勝!
苦無を二本、立て続けに投げる。いくら大男だろうが力があろうが、かすればこっちの勝ち。
けど、甘かった。
戦斧が一閃して、苦無が叩き落されて。
その上あっという間に間合いを詰められた。
次の苦無を投げるより早く、戦斧が振り下ろされる。
とっさに腕をかざして身体をひねって……。
激痛。
左腕が切り飛ばされて、わき腹まで刃が食いこむ。
あたし悲鳴を上げたのかな? よく分からない。
倒れたあたしの目の前に立ちはだかるこいつだけが、いやにはっきり見えて。
酷薄な笑い。
――愉しんでるんだ。
そのことに気が付いて歯を食いしばる。悲鳴を上げて、こんなやつを喜ばせたくないもの。
睨みつけてやったら、こいつの表情が変わった。あたしの態度、気に食わなかったみたい。
――ざまみろっての。
ちょっとだけ楽しくなる。
でもこのサディスト、それだけじゃ終わらなくて。
もう一度戦斧が振り上げられる。
鈍い音。
今度は……両足。
――負けるもんか。
目をつぶって歯を食いしばって激痛に耐えて。「助けて」なんて、死んでもコイツに頼まない。
まぁ……言う前に死んじゃいそうだけど。
『手の空いてる隊、教室へ来てくれ! 低学年が襲われてる!!』
切羽詰った感じで、通話石に報告が入って。
――ちょっと、遅いってば。
その時、誰かの手があたしを抱き上げたの。そして急に痛みが消えて。
やっとの思いで目を開ける。
「タシュ、ア……せん……ぱい?」
瞳に飛び込んできたの、意外すぎる人だった。
「喋らないように。傷に障ります」
言葉遣いはいつもとおんなじ。けど、ずっと優しい感じ。
――そっか。
いつもルーフェイアが言ってたっけ。タシュア先輩はいい人だって。
ほんとだったんだ。
ならあの子たち、きっと助かる。
「せんぱ……あの子……た……おね……が……」
ひどく眠かった。
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