Episode:01-03 消える日常
◇Seamore
昨日に引き続いて、あたしは校庭のベンチにいた。まぁミルのヤツに押し切られたってのが実際だけど。
でも、それほど悪かない。けっこうあったかいんだ、ここは。
「ねぇねぇシーモア、それで今日ってば、どっか行くの?」
「そのつもりだよ」
昨日ルーフェイアが言ってたのはホントだった。朝イチで外出禁止の解除が、部屋づたいに回ってきたんだ。
しかも今日は休日で授業がないから、学内は町へ出ようとする生徒でてんやわんやだった。あたしみたいにのんびり日向ぼっこしてるなんぞ、マヌケもいいとこだ。
「早くしないと、船に乗り遅れちまうね」
「えー、でも船ってば、午後にならないと出ないって」
「そうなのかい?」
どうもこの辺の細かい連絡が、最近はちゃんと回ってこなくて困る。
「うん、そうだよー。だからここで、日向ぼっこなんだもん」
「……あんたにそこまで考える頭があるとは、思わなかったよ」
「ひっどーい! ――あ、イマドだ」
毎度のことながら、ミルの言動は唐突なことばっかだ。
もっともウソは言ってないから、それだけでもマシとしとかなくちゃいけないだろうけど。
「シーモア、ルーフェイアのヤツ見かけなかったか?」
同じクラスのイマドが、声をかけてくる。
ダーティーブロンド。琥珀色の瞳。ぱっと見、気さくな感じの好青年だ。
――ただあくまでも見た目だけなんだよね、コイツは。
なんせこの野郎、いざとなったら手段を選ばない。万が一ルーフェイアでも絡もうもんなら、マジ見境なくなるし。
「ルーフェイアは今日は見てないね。さっき部屋へ寄った時も空っぽだったよ」
「そうか……」
「デートでもするつもりだったのかい?」
突っ込んでみる。
「ばーか。あいつにデートなんて高尚なもん、分かるわけねぇだろ」
「たしかに」
ルーフェイアの鈍さときたら天下一品だ。人のことはすぐ気が付くくせに、自分のこととなると、女子だってことも理解してるかかなり怪しい。
「しっかしあんたも、よく我慢してつきあってるよ」
「しゃぁねぇだろ。つーか、ガマンとかしてねーし」
「そりゃまた。でもアンタにはそうかもね」
激ニブのところを除きゃ、あの子はえらくいい子だ。優しくて繊細で泣き虫で、思わずかばいたくなる。その上素直で疑うことを知らないんだから、イマドが惚れたのも分かろうってもんだ。
「けどなんだって、あの子探してんのさ?」
なんとなく気になって訊いてみる。
「別に大したことじゃねぇんだけどよ、メシ作るから教えようかと思って」
「……はい?」
ウソみたいな答えに思わず訊き返した。
「それってさぁ、なんかすっごいヘン~」
ミルがさらっと、ひどいことを言ってのける。
「そうは思うけどよ、なにせこないだ、泣きべそかきながら鍋と格闘しやがってさ。
あれじゃどうしようもねぇって」
これにはミルと爆笑。
「ルーフェイア、らしすぎ~♪」
「あの子、才能ぜんぶ戦闘に取られちまったんじゃないのかい?」
ルーフェイアの料理音痴――というより食べ物全般に対して無知――は、常識を遥かに超えてる。昔ローストビーフを見て「ローストなのに生だ」って言い出したときなんかは、さすがにみんなで硬直したもんだ。
昨日のケーキ作りの時も、けっきょくやったのは材料を量るのと泡立てるくらいで、あとはひたすら見てただけだったりする。
ただそれを言うなら、イマドもイマドだ。こっちは下手な主婦とかお呼びじゃないくらい、家事全般が上手いってんだから。
二人ともいったいどういう育ち方をしたのか、いまだに不思議でしょうがない。
そこへひょいっという感じで、ナティエスが顔を出した。
「あれ、どしたの、イマド。ルーフェといっしょじゃないなんて珍しいね」
「いつも一緒にいるの、お前らの方だろ?」
このナティエスも食わせ物だ。大人しそうな外見に似合わず、スリは上手いわ毒付きの〝苦無〟を振るうわ、凶悪なことこの上ない。
「ナティ、あんたルーフェイアどっかで見かけなかったかい?」
「え?
あ、そういえば寮の渡り廊下でちらっと見たの、ルーフェとシルファ先輩だったかも」
人差し指をあごに当てて考えながら、彼女が答える。
「おや。んじゃ二人して、タシュア先輩のとこでも行ったのかね?」
「それだとルーフェ、また泣かされそうかも」
「おもいっきりアリだねぇ」
あのタシュア先輩ときたら毒舌で知られまくってるってのに、なんでかルーフェイアは懐いてた。それも毎度のように泣かされてるのにくっついて歩くんだから、もう立派としか言いようがない。
「まぁいいや。どうせ居場所なんてすぐ分かるしな」
探してたはずなのに、あっさりそんなことをイマドが言った。
そして一瞬、視線が宙をさまよう。
「あぁ、あそこか」
次の瞬間にはもう、どこにいるか分かっちまったらしい。
「いつもながらよく分かるね、あんた」
「まぁな」
イマドは必ず、ルーフェイアの居場所を言い当てる。
「やっぱそれって、愛の力~♪」
ミルが得意げに胸を張ってバカなことを言った。
――それで世の中片付くんだったら、苦労ないっての。
「ったく、ない胸張ってなにバカ言ってんのさ」
「ぶ~! なくないもん!」
ほっぺたを膨らませて怒るとこなんて、この子ときたらまるで六歳児だ。ホント、手がかかるったらありゃしない。
とりあえず小突いて黙らせといて、イマドに尋ねた。
「どこにいたんだい?」
「……」
けど、答えない。
そして妙に厳しい顔になる。
「お前らさ、いったん寮へ戻って、メインの武器出したほうがいいぜ」
「どういうことさ?」
「それって、どういうこと?」
ナティエスと言葉がかぶる。
同じことをミルも思ったんだろう、きゃいきゃいと騒ぎたてた。
「どしてどして? 学院内っていちおう、武器の使用って禁止だよ~?」
「たぶん……ンなこと言ってらんなくなる。――ああ、もう見えるか」
「?」
イマドが彼方を指差した。
つられて視線をやると、たしかに大きなものがいくつも海に浮かんでる。
「あ、船だ~♪」
こういうときもどっか抜けてるミルが、嬉しそうに言ってのけた。
ただあたしはそこまで、能天気には構えらんない。なんせ見えてるのったら艦砲を備えた編隊だ。胡散臭いことこの上ない。
「ねぇ、誰かに知らせた方が良くないかな?」
不安げにナティエスが言う。
「いや、必要ないと思うね。あたしらが気付くんだ、先輩たちなんてとうの昔に知ってるだろうさ」
案の定、そこへ緊急事態を知らせる鐘が鳴った。
「やだ、もしかして全部鳴ってる?」
「みたいだね」
東西南北と中央、五つ全部がいっせいに鳴り響いてる。つまり、「総員戦闘配備」だ。
合わせて、学園の生徒なら誰でも持ってる通話石――共鳴現象を利用して互いに話せる特殊な石――を通して指示がでた。
『これから所属不明の船団および部隊と、戦闘に入ると予測される。よってA編成にて迎え撃つ。総員、戦闘配置に付け』
「やっぱそう来るか……」
ため息まじりにイマドが言う。
「あんたの言うとおり、部屋へ戻って装備を出した方がよさそうだね」
「わ~、ひっさしぶりに実弾撃てる~♪」
ミル、あんたどこまでズレてんだい。
ただこういうことは、たまーにあると先輩から聞いてた。
次々と優秀な兵士を送り出してるこの学院は、傭兵学校の老舗中の老舗だ。そのせいか、時々この学院を逆恨みしたり目の敵にしたりで、攻めてくるのがいるっていう。
しかも協定でMeSはどこも原則、所属国が感知しない。だから内陸部ならまだともかく、うちみたいに陸から離れた島なうえに相手が所属不明とくりゃ、本当に知らん顔だ。
つまり、援軍は一切アテに出来ない。あたしらだけで、あの船団をなんとかしなきゃいけないってことだ。
『攻撃隊は船着場と海岸へ即時展開せよ。それ以外は編成に従い、それぞれの場所で待機するように。
なお、これは演習ではない。全生徒そのつもりで当たるように。繰り返す、これは演習ではなく実戦である』
「A編成なら、あたし低学年の担当だ♪」
放送を聞き終えたナティエスが嬉しそうに言った。この子は小さい子の面倒をみるのが好きだ。
「ともかく一旦寮へ戻ろう。丸腰ってワケにはいかないだろうしね」
「うん」
バタバタとあたしら、一斉に寮へ戻った。
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