Episode:01-02 這いよる不穏

◇Sylpha

 私はタシュアを探していた。

 もっともそれほど重要な用事があるわけではない。単に手合わせをしてもらおうと思っただけだ。

 ここのところケンディクへ渡ることはもちろん、学院の校舎がある本島以外へ行くことまで、禁止されている。そのせいで野外へ本格的な訓練にでることもできないうえ、上級傭兵隊としての任務もこれといってない。

 だから身体がなまった気がしてしかたなく、彼に訓練の相手をしてもらおうかと思ったのだ。

 なにしろタシュアは強い。多分この学院内でトップだろう。

 ただその強さを見せることは皆無と言ってよく、知っているのは当人と私、それにそういうことに聡いルーフェイア等、せいぜい両手で足りる程度だった。

 まず図書館へ足を向ける。ここがタシュアの居場所としては、一番確率が高い。

 だが中をひととおり見回しても、姿はなかった。

 その代わりにと言ってはなんだが、別の見慣れた姿をみつける。金髪碧眼、妖精のような雰囲気の美少女――ルーフェイアだ。

「あ、シルファ先輩」

 向こうから先に声をかけてきて、そばへと来る。タシュアと同じように戦場で育っているだけあって、その動きはまったく気配を感じさせなかった。

 女子な上に小柄で華奢というハンデがあるが、この子も強い。タシュアにはさすがに及ばないが、ここへ来た十歳当時から、並みの上級傭兵隊を上回る実力の持ち主なのだ。

「あの、タシュア先輩……知りませんか?」

 外見どおりの、澄んだ声で尋ねてくる。

「タシュアか? 私も探しているんだ」

 戦場で育ったというわりに素直なこの子は、私やタシュアによく懐いていた。

 まとわりつく様子がヒヨコのようで、可愛い。

「シルファ先輩が知らないんじゃ……どこ行っちゃったんでしょう?」

「たぶん、寮の自室だろう」

 あと思い当たるのは、せいぜい食堂ぐらいだ。

 ――そう言えば。

 食堂で思い出す。食べることだけは忘れないタシュアなのに、今日は朝食時にも見なかった。

 急に心配になる。

「まさか、具合でも悪いんじゃ……」

「タシュア先輩が、具合悪いって、ちょっと想像……あ、でも前に倒れた……」

「万が一ということもあるだろうし。いっしょに行くか?」

 この子もタシュアを探していたのを思い出して、訊ねる。だいいちルーフェイアひとりでは、タシュアの自室まで行けないだろう。

「あ、はい」

 少女が嬉しそうな顔をした。

 並んで歩き出す。

 こうして並んでみると、この子は本当に小柄だ。もう十四歳にもなるというのに、私の肩まで届かない。体型もまだどちらかと言えば子供だった。

 もっともこの二、三年は伸びているようだから、最終的にはそれなりになるのだろうが。

「他シュア先輩が自室にこもってるなんて、珍しいですよね?」

「いや、それほど珍しくはないな。たしかに彼は、図書館にいることが多いが」

 この子がよく目にする放課後、彼もたいてい図書館にいるだけだ。授業をサボって自室にいることも、実は多い。

 それにしても、このルーフェイアも変わっている。

 タシュアは人を寄せつけなかった。だから私はともかく、この子が傍にまとわりつけること自体が、かなり異例といえるのだ。

 それだけタシュアも、ルーフェイアを可愛いとは思っているのだろう。

 ――よく泣かしてはいるが。

 いじめ癖のあるタシュアにとって、素直でなんでも真に受けるこの子は、かっこうのオモチャらしい。

 しかもルーフェイアが信じられないほど繊細で、ちょっとしたことで泣き出してしまうものだから、よけいに面白がっていじめるのだ。

 まぁそれなりに厳しいことを言ったり時たま助言をしたりと、面倒もみてはいるのだが。

 ともかく行った先でも気をつけてやらないと、また泣かされるだろう。

 どこか不安げな調子で、ルーフェイアが小さく言う。

「あの……男子寮なんてあたし、初めてで……」

「本当か?」

 これは意外だった。

 他のところは知らないが、この学院はそれほど規律は厳しくない。消灯時間前ならば、それほど咎められることもないのだ。

「イマドの部屋も……行ったことがないのか?」

「はい」

 ただ、この子らしくもある。

 イマドは、ルーフェイアと同じクラスの男子だ。戦場にいたこの子が学院へ来るきっかけを、彼が作ったのだという。

 そのせいなのだろう、よくいっしょにいて仲がいい。

 ただルーフェイア、恋心や何かをどこかへ落としてきたようだ。それでどうにも進展せず、ずっと仲良しのままだった。

 ――イマドも大変な相手を選んだな。

 幸いイマドの方がそのあたりをよく分かっていて、二人でそれなりに上手くやってはいるのだが。

「先輩、あたし……なにか変なこと、言いましたか?」

 つい笑ってしまった私に気が付いて、ルーフェイアが不思議そうに尋ねてきた。

「あ、いや、なんでもないんだ」

 慌ててそう言い訳する。

 男子寮二階の一番奥、そこがタシュアの部屋だった。

「シルファ先輩と、ちょうど反対側ですね」

「そうだな」

 言いながら部屋のドアをノックしようとすると、先に中から声がかかる。

「どうぞ。開いていますよ」

 いつもと変わらない声。どうやら杞憂ですんだようだ。

「私だ。入るぞ……」

 一言断ってからドアを開ける。

 部屋の中に入って最初に目に入ったのは、脱いでいるタシュアだった。

 上半身がさらけ出されている。

「きゃぁぁっ!!」

 間髪入れずにルーフェイアの悲鳴が響き渡った。どうも刺激が強すぎたらしい。

「着替えているところですけどね」

「……そういうことは、入る前に言ってくれないか」

 よほど驚いたのだろう。しがみついてきた少女をなだめながら、苦情を申し立てる。

 もっとも言うだけムダという気もした。

 気配を読み取るのが上手いタシュアだ。私と一緒にルーフェイアがいることなど最初から分かっていて、わざとやったに違いない。

「別段、驚くようなことではないと思いますがね?」

「だがルーフェイアは、まだ子供なのだから……」

「では、シルファは大人というわけですか」

 答えに詰まる。

 見ればタシュアは、意地の悪い笑みを浮かべていた。

 下手に何か言おう物ならまた突っ込まれるだろうと、そのまま口をつぐむ。

 ――それにしても。

 一切の無駄のない、隅々まで鍛えられた身体。

 いつ見ても思う。美しく磨ぎ上げられた剣のようだと。

 激戦地にいた名残なのだろう、その刀身とも言うべき彼の身体には、あちこちに鈍い傷痕が刻まれていた。

 だが、それらが刃の輝きを損なうことはない。むしろ日を重ねるにつれ、鋭さを増している。

「何をそんなに見ているのですか?」

「え? あ、いや……」

 また答えに詰まる。

 そして気が付いた。

 タシュアが手にしているのは私の実家――武器商としてはかなりの老舗――で開発した、防刃繊維で織られた戦闘用の服だ。

「タシュア……何か、あるのか?」

 彼がこれを着たのは、今までに一度しかない。

「じきに分かります」

 そう言って彼は戦闘服を無造作に着ると、今度は漆黒の両手剣、ラスニールを手にした。

 身長ほどもあろう剣を一息で抜いて、その状態を確認する。

 ラスニールはタシュアがメインとしてる武器だ。ただそれを実際に使用することは少なく、私も片手で数えるほどしか見たことがない。

 それをあえて手にしているというのは……。

「やっぱり……先輩もなんですね?」

 タシュアが服を着たのでやっと落ちついたのだろう、顔を上げたルーフェイアが、厳しい雰囲気で言った。

 驚いてこの少女を改めて見る。

 今まで気付かなかったものが目に入って、背筋が寒くなった。

「ルーフェイア、その中に着ているのは、まさか……」

「はい」

 この子も制服の下は戦闘用の装備だ。それに手にしているのも、滅多なことでは出さない銘入りの方の太刀だった。

 タシュアとルーフェイア。

 時と場所こそ違うが、戦場の最前線で育った二人。

 この二人が、同時に同じものを感じ取っている。

「一体、何があるというんだ……?」

「――先輩、いろいろ出せるだけ、出した方がいいですよね?」

 私の質問には答えず、どこか諦めたような調子で、ルーフェイアがタシュアに尋ねた。

「あって困るものではないでしょうね。もっとも戦闘の邪魔になるようでは、本末転倒ですが」

 二人のやりとりは、明らかに激戦を想定したものだ。

 どうにも落ちつかなくなる。

「だからタシュア、いったい何が……」

 そこへ、緊急事態を知らせる鐘が鳴った。

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