Grace Sagaより ~ルーフェイア・シリーズ~
こっこ
Rufeir series 01 夢の終わり、夢のはじまり
Episode:01-01 夢の終わる日
◇Rufeir
上がる悲鳴。
手には馴染んだ太刀。
横からの気配に、身をかわしながら向きを変えて……。
「フルグラトル・ラースっ!」
呪文が生み出した雷撃が敵に突き刺さった。
崩折れるそれを視界の端に、身体をかがめる。
頭上を通り抜ける刃。
――キリがない。
一つ息を吐いて、集中して。
「遥かなる天より裁きの光、我が手に集いていかずちとなれ――ケラウノス・レイジっ!」
最強の雷撃呪文が周囲の敵を一網打尽にした。
更に唱える。
「星に眠る原初の炎よ、ここに目覚めて新たなる創世となれ――ランペィジング・ラヴァっ!」
倒れている敵に炎が襲いかかって、とどめを刺す。
――どうして?
何故こんなことになったのだろうと、何度も虚空へ問いかける。
もちろん答えはない。あるわけもない。
分かっているのは……巻き込まれた、ということだけだ。
いつもどおりだった。何も変わらなかった。なのにあっという間にこんなことになった。あとはもう、生き残るために武器を取るしかなかった。
殺す。死にたくないから。
刃を振るいながら、ふと思う。そういえば昔は、いつもこんなだったと。
どこかの誰かには理由があったのかもしれないけど、少なくとも「そこ」では理由なんかなかった。
死にたくないから互いに殺しあう、それだけの場所。
たぶん、信じたくないのだろう。そういう狂気が「ここ」にまで来てしまったことを。
やっと見つけた夢の場所だったから……。
「あ~もう! この光景、見飽きちゃったよぉ」
昨日あたしは、クラスの三人と校庭のベンチに陣取って、のんびりと日向ぼっこしていた。
「そんなこと言ったって、しょうがないだろ?」
「そうよ。勝手に出るわけにいかないもん」
シエラ学院本校。数あるMeS――Mersinary Schoolの略――の中では、いちばん有名なところだ。あとその成り立ちの関係で、孤児を中心に受け入れてることでも有名だった。
木々の向こうから、潮騒が聞こえる。
この学院があるのは、とある群島だ。それを丸ごと敷地としていて、校舎なんかがあるこの島を、「本島」と呼んでいる。
対岸からは、そう遠くない。霧でもかかっていなければ、この国第二の都市と呼ばれるケンディクの町が、碧い海の向こうにいつでも見えた。
町までは船が往復していて、許可さえもらえば遊びに行ける。他にも何故かこの本校より大規模な分校と交流があったりで、けして隔絶された環境ではない。
ただ今だけは事情があって、外へ行くことが出来なかった。
学院へ来てからそろそろ四年。
その前はあたしは、戦場でひたすら戦って育った。当然学校へ行くこともなければ友達もなくて、だからこの親友と言える三人はとても大切だった。
不満げに騒いでいたのがミル。ちゃんとした名前はミルドレッドだけど、そう呼ぶ人はまずいない。きれいな水色の瞳をしていて、ちょっとオレンジがかったふわふわの髪が、雰囲気によく合っていた。
なだめていたのがシーモアとナティエス。なんでもこの二人は、学院へ来る前から親友どうしだったのだそう。
シーモアはあたしたち四人のリーダー格だ。鋭い翠の瞳に、炎のような色の髪。姐御肌だし言葉遣いもぞんざい、行動も豪快だ。
一方でナティエスの方は、ぱっと見た感じは大人しそうだ。おだやかな鳶色の瞳に、ほんの少しウェーブがかかったダークブラウンの髪。それをいつも髪留めで留めている。
それとナティエス、シーモアと学院へ来る前から一緒なだけあって、じつはけっこうやることが過激だ。外見に騙されようものなら大変なことになる。
隣ではまだ、ミルが騒ぎつづけていた。
「だからだからだから、シゲキテキってのないのかな」
「あんただけだよ、ンなこと思うのは」
けどミルの言うとおり、このところは穏やかだ。
いろんな理由が重なって学院の外へ出られなくなったことを除けば、ただただ海をながめながら、平穏な毎日だった。
「もうもうもう、つまんなぁい!!」
耳鳴りがしそうな声がイヤだったのか、シーモアがミルの頭を軽くはたいた。
「黙りなって。ったく三才児じゃないんだから」
「けど、つまんないのはたしかだよね。ここのとこ、町とかにも行かせてもらえないんだもん」
ナティエスも不満そうだ。
――仕方ない、とは思うけど。
最近はどうも情勢が不穏だ。このユリアス国の首都イグニールは先日、テロ情報で大騒ぎになった。第二の都市で学院からいちばん近いケンディクも、どこかの勢力が潜入したとかで戒厳令が敷かれてる。
こんな状態だから、あたしたち学院の生徒が敷地外へ出るのも、少し前から禁止だ。
よそのMeSならそれでも脱走とかがあるだろうけど、この学院は小さな群島を丸ごと使って作られてるから、町への連絡船が止められるとどうしようもない。
さらにここ数日は、校舎と寮のある本島以外への出入りも禁止されて、ほとんど缶詰だった。
「ひまひまひまひま、すっっっごいひまっ!」
あ、ミルが壊れた。
「連呼するんじゃないよ、よけいヒマになる」
そういうものだろうか? よく「余計おなかが空く」とか「よけい寒くなる」とは言うけど。
「ひっまーっ!! 誰かなんとかしてーーっ!」
「――明日とか、外出禁止……解けるかも」
「え、ホント?」
いっせいに三人があたしを見て、つい言ってしまったことに気づいた。
「マジかい?」
「――うん、間違いないと、思う」
期待しているシーモアたちに、一瞬考えてからそう答える。明日の話だし、シーモアたちが相手なら、隠さなくてもだいじょうぶだと思ったからだ。
「でもルーフェ、どこでそんなこと聞いたの?」
ナティエスが不思議そうに訊いてくる。
「お昼ご飯の時、ロア先輩といっしょで……その時、聞いたの」
「あ、なるほど。ルーフェイアはロア先輩に可愛がられてたっけね」
ロア先輩はあたしにとって数少ない、頼れる先輩の一人だった。この学院へ来た時に同室になった縁で、ずっと可愛がってもらっている。
今この学院は、深刻な人手不足だ。このあいだ教師同士の対立があって、副学院長が出てってしまったのだけど、そのとき教官や他のスタッフもごっそり辞めてしまった。何かお金がからんでたって噂だ。
ともかくそのせいで教官の数は足りないし、運営する人も足りなくて、上級生がその穴埋めで奔走している。だから予定も連絡系統もメチャクチャで、「○月×日に何々」というのが、なかなか分からなかった。
そんな中、ロア先輩はこの学院の運営を手伝っていて、物資の調達とかこまごましたことを引きうけている。だから最新の状況も知っていたのだ。
「そしたら、少し買い物とかできるかな?」
ナティエスが嬉しそうだ。
「行く行く、ぜ~ったい行くぅ!」
「わかったから黙りなって」
シーモアがミルの頭を小突いた。
いつもの光景。
なんとなく可笑しくなる。
「そういえばルーフェ、『学院の美少女ベスト3』に選ばれたんだってね~」
こんども唐突に、ミルが妙なことを言い出した。
「なに、それ?」
「……ルーフェイア、ホントに知らないの?」
いかにも驚いたという顔で、ミルが訊いてくる。
「だから、なに、それ?」
「これだよ。自覚ないんだから」
「ルーフェイアらしいなぁ」
呆れた調子でシーモアとナティエスが言う。自覚も何も、そんなおかしなランキング自体聞いたことがない。
「どこかに、張り紙……してあった?」
そう言うとまた笑われた。
「あんたね、そのランキングでトップだったんだよ」
「え?」
これも初耳だ。
それにしてもあたしなんて小柄で華奢で、どこがいいんだろう?。
ただみんなの感想は違うみたいだった。
「ルーフェイア、とびっきりの美少女だもんね~♪」
「どこが……?」
「どこがって、全部!」
半分ヤケになったような口調で、ナティエスが断言する。
「けどこの髪、前線で目立つし……あたし小柄だから、バトルで不利だし……」
小柄ゆえのパワー不足も気に入らないけど、髪なんて目に飛び込む金色で、「見つけてください」って言うようなものだ。
ひとつだけ海色の瞳は気に入ってるけど、戦場じゃ意味がない。瞳の色なんて関係なくて、どれだけ戦えるかですべて決まる。
それを言うと、ミルが何故か騒いだ。
「あ~もう! どうしてこうズレてんのかな~」
「まぁ、あんたらしいけどさ」
よく分からないけれど、ひどいことを言われたような気がする。
「そういえばさ」
ナティエスがあたしの顔を見ながら訊いて来た。
「その額の飾り、なんでいつも翠玉なの? 瞳が碧いんだから、碧玉のほうが良さそうなのに」
「そう……?」
実を言うと額の宝石は、ただの飾りじゃない。半分埋め込まれてる魔力増幅器を隠すためのものだ。そして学園には面倒なので、内緒にしてある。
でも確かに上にかぶさる宝石は、ナティエスの言うとおり変えてもいいかもしれない。
「紅玉でもいいかも? あ、いっそ虹色石とか」
「月長石とかも、いいんじゃないかな~」
なんだかすごく盛り上がってる。あたしには宝石の色が違うのが、そんなに大事とは思えないのだけど……。
世の中ってやっぱり謎だと思いながら、なんとなく辺りを見渡した。
「――あ」
視界に見慣れた姿が入る。
「うん? ルーフェイアってばどしたの? あ~♪」
ミルが悪戯っぽい調子になった。
「あ、やだ、ミル止めて。あの先輩たち、そういうのは……」
でも遅かった。
耳に突き刺さるような声が響く。
「せんぱ~い、タシュア先輩~、シルファ先輩~、こんにちは~~!!」
校庭へ出て来た男女の先輩が、大声に振り向いた。あたしがこの学院へ来て、いちばんお世話になっている先輩たちだ。
男性の方はタシュア先輩。長身で整った顔立ちで、縁のない眼鏡をかけてる。
瞳は紅で髪は銀。それを長く伸ばして三つ編みにして、しかも前髪をひと房紅く染めてるから、目立つなんてもんじゃない。
ただこの先輩、見た目より「毒舌」で有名だった。言葉遣いはとても丁寧だけど、その内容がすごく苛烈だ。
――本当は優しいんだけど。
けどあたしがこう言うと、大抵の人は固まってしまう。
一緒にいる女性は、シルファ先輩。けっこう長身で、かなり背丈のあるタシュア先輩と並んでも、バランスがとれている。
瞳は紫水晶のような澄んだ色、背中まである黒髪をいつもストレートにおろしていて、落ちついた雰囲気だった。あとどういうわけか、しょっちゅう女子から告白されるらしい。
それと意外なことにシルファ先輩、男子の間では「無口で愛想がないから可愛げがない」と言われてるそうだ。イマドがそう教えてくれた。
――たしかにあんまり、喋るほうじゃないけど。
けどとっても面倒見がよくて、お姉さんみたいな感じなのに、愛想がないってどういうことなんだろう? 男子の考える事はよく分からない。
「先輩、せんぱぁ~い! こっちどうですか~~♪」
気が付くとミル、ぶんぶん手を振っている。
「やれやれ……そんなに大きな声を出さずとも聞こえますよ。もう少し周囲の迷惑を考えなさい」
呆れた調子でタシュア先輩が言った。でもちゃんとこっちへ来てくれたあたり、今日はいいことでもあったのかもしれない。
――それにしても周囲の迷惑って、あたしたちしかいないような?
もっともそれ以前に、この調子でタシュア先輩に声をかけるミルのほうが、何倍もすごいのだけど。
「それでいったい、何の用なのですか?」
いつもどおりのどこか冷たい声で、タシュア先輩が続けた。
そして騒ぎの主のミルは。
「日向ぼっこしません?」
「………」
思わずみんなで絶句する。タシュア先輩をこういう理由で誘った人は、きっと彼女が初めてのはずだ。
でも次は、もっと予想外だった。
「そうですね。大事の前の平安なれ、とも言いますからね。たまにはゆっくりするのもいいでしょう」
絶対なにか毒舌が返ってくると思ったのに、タシュア先輩はそう言って、シルファ先輩と並んでベンチへ腰を下ろす。
見やるとシーモアもナティエスも見事なくらいに石化していて、平気なのはミルひとりだ。
「ですよね~。ゆっくりしないと、腐っちゃうもん」
ゆっくりしすぎたほうが、腐る気がするんだけど……。
なんかめまいがしてくる。
けど本当に、穏やかな昼下がりだった。
優しい陽光。
流れる潮風。
碧い水平線の上には、揺らめく連惑星が浮かんでいる。
いつもの光景。
――ずっとこうしていたいな。
みんなも同じことを思ってるんだろうか? 誰も――あのミルでさえ――何も言わずに、ただ座るだけだった。
「そうだ! なんか食ーべよっと♪」
前言撤回。
「あんたねぇ、どうしてそうむやみやたらと騒ぎたてんのさ」
シーモアがまたミルの頭を小突く。
「え~、だってだって、食べたいんだもん」
「たしかに、おなかが空きましたかね?」
「え?」
タシュア先輩が会話に割りこんできて、またみんなで呆然とした。
――そろそろおやつの時間と言えば、そうなんだけど。
「やぁん先輩、話わかるぅ。あ、これどーぞ」
半分意味不明のことを言いながら、ミルがどこからかクッキーを取り出して差し出した。
「おや、ありがとうございます」
しかも先輩も、しっかり手を出している。なんだか夢でも見ているみたいだ。
和やかと言えば和やかだけど、ちょっといつもからだと考えつかない光景だった。
「私も……何か作るか」
それまで黙っていたシルファ先輩が、ぼそりと言う。
「わぁ、ほんとですか?」
ナティエスが聞きつけて、嬉しそうな声をあげた。
じつはシルファ先輩、お菓子をつくるのがとても上手だ。特にケーキなんて言うと、下手な店で買ってくるよりもずっと美味しい。
「ああ。ただ最近ちょっと、材料が手に入らないから……」
「あ!」
この言葉に大事なことを思い出す。
「先輩、材料あるんです」
「本当か?」
シルファ先輩が驚いた。
「はい。ただその……条件付き、なんですけど」
「条件?」
条件というのは、ロア先輩へのおすそわけだ。
教官の半数以上がいなくなってからは、物資の調達もけっこう大変な問題だった。教官が業者と癒着してたせいで他にルートがないうえ、最寄りのケンディクはあのとおり戒厳令だ。
だから最低限の食料と生活用品を確保するのが精一杯で、とても嗜好品にまで手が回らないらしい。
でもロア先輩、あたしが前に言ってたのを覚えててくれて、たまたま余った小麦粉なんかを取っといてくれたのだ。
「で、『あたしにも食べさせてね』って言われたんです」
「なるほど……」
「裏取引にしか思えませんがね」
しばらくぶりに、タシュア先輩が毒舌になった。
もっともタシュア先輩とロア先輩が、犬猿の仲(正確に言うとロア先輩が一方的に嫌ってる)なのはけっこう知られてるから、そうなっても当然かもしれない。
「ねぇねぇ、そしたらさ、みんなでつくろーよ♪」
ミルが妙なことを言い出す。
「え、そんなことしたら……先輩に迷惑……」
「私は別に構わないが。また、みんなで作るか?」
「やたっ!!」
「けど、本当に……いいんですか?」
ミルは跳び上がって喜んでるけど、ちょっと心配になってそう尋ねた。
シルファ先輩はもう手慣れてるから、あたしたちが下手に手伝ったりしたら、やっぱり邪魔じゃないだろうか。
「大丈夫だ。それに一緒にやれば、たくさん作れるだろう?」
「でも……」
迷惑な気がして、行く気になれない。
「気にしなくていい。ルーフェイアもだいぶ、上手くなっているんだし」
言いながらシルファ先輩が立ち上がる。
「だいいち急いで作らないと、夜になってしまうぞ?」
「あ……」
先輩が作っているのを見て初めて知ったのだけれど、ケーキって出来上がるまでに意外と時間がかかる。
シーモアやナティエス、ミルも立ち上がった。
「あたしこないだ先輩にもらったレシピ、持ってこようかな?」
「本家本元がいるんだ。聞いた方が早いと思うけどね?」
「あ、そっか」
指摘されたナティエスが苦笑する。
「よぉし、いっぱいつくるぞ~」
ミルがやけに張り切る。
「作るのでしたら早くしてもらえませんかね? 夕食代わりというのは願い下げです」
タシュア先輩もしっかり食べる気でいるらしい。
「ほらルーフェ、行こ?」
「うん」
あたしたちみんなで、調理室へ向かった。
そして翌日――つまり、今朝。
あたしは起きたときから、何故か不安でしょうがなかった。
どう表現したらいいんだろう? あの戦場にいた頃よく感じていた感覚が、嫌な重さで周囲に澱んでる感じだ。
――何かが来る。
そうその感覚が告げていた。
同室のナティエスは何かの当番だとかで、朝からいない。だから部屋にひとり残ったまま、あたしはこの感覚をずっともてあましていた。
不安の正体がわからないまま、なんとなく戦闘用の服を着込む。
見た目は薄手のボディースーツとショートパンツの組み合わせだ。どちらも特殊素材で作られていて、ナイフ程度なら受けつけない。それに防御の魔法も一応付与されているから、これだけでそれなりの守りになる。
これを専用のアンダーの上に重ね着した。
さらにいつもの靴とハイソックスをやめて、戦闘用に加工されているロングブーツに履き替える。
なのにそれでも落ちつかない。
これはそうとうのものが来るのかもしれない。そう思うとよけいに嫌な感じだった。
戦闘服の上に今度は制服を着て、とりあえず寮の部屋を出る。
――タシュア先輩を探そう。
あの先輩はあたしと同じで、戦場で育っている。だからもしこの感覚が本物なら、あの先輩も同じことを感じているはずだ。
太刀――いつも携帯している半端なものではなく、銘入り――を手に、あたしは先輩がよくいる図書館へと急いだ。
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