間話 妹のおはなし

 私は罪を犯してしまった。

 いや、罪を犯したのは私であって私ではない。

 兄の汚い部屋。ゲームや漫画雑誌、お菓子のゴミや何に使ったか分からないティッシュのゴミまで、本当に汚い部屋だ。本人のだらしない性格のせいだろう。


 その汚い部屋にある大きな鏡。そこに映されるのは、女の私でも見惚れてしまうほどの美少女。女優さんのように小顔で、目鼻立ちのくっきりした顔の少女。

 これが、今の私だ。

 私は美波であって、美波じゃないのだ。昨日とある出来事で隣の家に住む一個上のお姉さんの遠藤千綾という少女と、体と心が入れ替わった。

 つまり、今、お兄ちゃんの部屋にいる私は、隣の家に住む遠藤千綾であり、知名美波の中には遠藤千綾が入っているということ。


 でも、私と千綾ちゃんは入れ替わっていることを受け入れた。


 私はお兄ちゃんと兄妹でいたくない。私がどうあがいても、どう抗っても、世界の理には逆らえない。私とお兄ちゃんは兄妹なのだ。


 だから思った。この入れ替わりは神様がくれた最後のチャンスなのだ、と。


 その晩、私は眠れなかった。ある種の興奮だ。ラブレターを出す前日のよう。

 別に構わない。お兄ちゃんにどう思われようとも。

 別に構わない。美波としてお兄ちゃんを愛することが出来なくても。


 ──お兄ちゃんに愛してもらえさえすれば、私はそれでもいい。


 その翌朝、兄だった男にキスをしてしまった。我慢の糸が解けるように。

 お兄ちゃんがオカズにする女の子を、お兄ちゃんが拒否するわけがない。慢心だろうか。慢心であった。


「俺、彼女いるから!」


 と言って、兄は私を突き飛ばした。突き飛ばされた胸が、内側から痛む。

 キスをした時、私を抱きしめたくせに。


 もしかしなくても、もしかしたらお兄ちゃんはクズなのかもしれない……。いや、クズなのは私も同じか。人の体で、何してんだろう。



 今になって思う。……なんて事をしてしまったんだろう……。



 突き飛ばされたまま、唖然としていると、兄は私に向かって「待ってろ」と言い、かつて私だった少女を追いかけた。


 ──私は、その場から逃げ出した。


 ☆☆☆


 十年と少し前の事。

 兄は私の初恋だった。


「おおきくなったらみなみ、おにいちゃんとけっこんする!」


 子どもの戯言だ。両親も笑って了承してくれたし、兄もまんざらでもない様子だった。その馬鹿な子どもはそれを信じて五年間を生きた。


 ある日、近所の女の子と遊んでいた時、誰と結婚するかという会話をした。


「私はもう心に決めてる人がいるんだっ!」


 その女の子はキラキラと目を輝かせて言う。


「そのために今『はなよめしゅぎょうちゅう』なのっ! 美波ちゃんは好きな人いないの?」


「わ、わ、わたしだっているよ!」


「誰?」


「え、えっと、お兄ちゃん!」


「お兄ちゃんって、ゆうま君?」


「そうだよ! わたし、おおきくなったら、お兄ちゃんとけっこ……」


「──ダメだよ?」


 無邪気な私の声は遮られる。


「……え?」


「ダメなんだよ! お兄ちゃんと妹は結婚しちゃダメなんだよ!?」


「……え……」


「いけないんだ! 美波ちゃん悪い子だ!」


「……ち、ちがうよぉ……」


「違くないもん! 知ってるもん! 兄妹は結婚できないって、知ってるもん!」


 そう、近所の女の子とは千綾ちゃんでした。

 そして、私の夢を打ち砕いたのも、千綾ちゃんでした。


 そして、あの女はある日突然、兄から拒絶された。


 当然の報いだと思った。って、思うくらいに私は性格が悪い、悪い子なのだ。



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