第30話『異種族恋愛の掟』
宴も酣。豪勢なコショウダイの鍋も残りはだいぶ少なくなっていた。
「ふにゃぁ、アヤカネ~。アヤカネも食べよぉ~よ~」
「……ああ、俺はいいから。お前腹減ってたろ? いっぱい食べな」
「あたしだけじゃ食べきれないよ」
主に食べているのはファルカで、フリックスは少し食べた後はバーボンをちびちびやっている。どうも満腹になるのを控えているようだ。このあたりいかにも武人らしい。
そして彩兼もほとんど箸をつけていない。昼間のことがあって食欲がなかったのだ。
「も~、しょうがないなぁ~」
ファルカは何やら嬉しそうに彩兼のすぐ隣へ座る。肩が触れ合うほど距離が近い。そして箸にソーセージをぶっ刺すと彼の口元へと持っていく。
「ほら、美味しいよ? はい、あーん」
ファルカの吐息から微かに甘い匂いがする。
(さてはこいつ、飲んだな?)
白い肌にもほんのり赤みを帯びている。どうやら彩兼の目を盗んで調理用に置いてあった日本酒を飲んでいたようだ。
(据え膳食わぬは冒険者の恥……)
年齢以上に艶っぽいファルカの勧めを断れず彩兼は口を開く。もちろん食べるのはソーセージだ。
「……あーん」
ソーセージ本来の塩気と、味噌バターの味が絡まって美味い。普段ならもっと喜んで食べただろう。しかし、今はファルカがいなければ吐き出していたかもしれない。
「美味しい?」
「ああ」
「気に入られたようだな」
どこか愉快そうに見ているフリックス。彼も酒が入り普段より豊かな表情をみせている。恨めしげな視線を送る彩兼だが、救いの手を差し伸べる気はないらしい。
「アーヤーカーネー! ほらほら、あーん!」
「あーん」
次に葱だが、これも箸で刺している。どうもファルカ箸をあまり上手く使えないようだ。
周囲はこぼした具材で汚れていたが、自分に食べさせようとするファルカの気持ちは嬉しかったから咎めるようなことはしない。
次々運ばれて来る、コショウダイの身や野菜を咀嚼、嚥下という作業を繰り返しているうちに、彩兼の胃袋も元気を取り戻したようだ。締めの雑炊には3人仲良く舌鼓をうって鍋は終了となった。
「う~ん、美味しかったぁ!」
「……食いすぎた」
満足げに伸びをするファルカ。一番良く食べたくせに腹の周りに変化は見られず、綺麗なラインを形どったままだ。そして思った以上に食べることになり、胃が苦しい彩兼。よろよろと後片付けを開始する。
とはいえ鍋や食器は全自動食器洗い機に放り込み、テーブルをしまうだけなのでそれほど手間はかからなかった。ファルカがこぼしまくったため、その掃除が一番大変だったかもしれない。
(余ったご飯は握り飯にしておくか)
などと考えながら再びリアデッキに顔を出すと、ファルカは既に寝息を立てていた。
「まったく。自由なやつだな」
「それがメロウ族というものだ」
フリックスがマント外し彼女に掛ける。
海で気ままに暮らすメロウ族は家を持つという概念が無い。夜は陸に上って適当に野宿するが普通である。フリックスもファルカが起きるまでこのまま外に放っておくつもりでいた。
相撲とりとメロウ族はすっぽんぽんで風邪ひかないとはこの世界で有名な揶揄で、彼がマントをかけたのもTPO的な配慮でしかない。
夜中にメロウ族のねぐらには絶対に近づいてはならない。フリックスからそう聞かされる彩兼。フリックスほどの武人が恐れるほどの魔窟らしいが、詳しい話を彼は語らなかった。
「アヤカネは嫁がいるのか?」
「い、いませんよ!?」
「ふむ。女を抱いたこともないか?」
「ななな何いってんですか!? 女の子の前で! ていうか大きなお世話です!」
その反応から彩兼が女性に対して初心であると見たフリックスは、急に真面目な顔をする。
「いいかアヤカネ。この国では異種族間で子供を作るのは重罪なのだ」
「な、なんですか急に!?」
「念の為だ。だいぶ気に入られていたようだからな。アヤカネもまんざらでは無かっただろう?」
「それは、まぁ……」
悪い気はしないし、どこか期待しているのも確かだった。
「昨今、魔族の女性の中では文化的で紳士な人の男性に惹かれる者が増えていてな、その相手を腕力にものを言わせて強引に行為に及ぶという事件が社会問題になっているのだ」
魔族が住む里はルネッタリア王国の中でも独立自治区であり、文化や生活習慣が異なる。メロウ族などは原始人のような生活をしているし、獣人の中では腕力が全ての脳筋至上主義社会の里もある。
そのような社会で暮らしている魔族の女性が、人の男性が見せる気配りや優しさに惹かれてしまうことがある。だがそれがこの国で密かな社会問題となっていた。
「……確かに力では敵いませんね」
もしファルカに強引に迫られたらという妄想をしかけて、慌てて頭から振り払った。
「ならどうしてファルカを止めなかったんですか?」
「恋愛や婚姻が禁止されているわけではない」
異種族間での恋愛や婚姻を禁止する法は無い。そして魔族は人が魔力で変異して生まれたのだから交配も可能である。しかし種族保護のために子供を作ることに関しては、固く禁止されていた。
異種族間の交配では、子供は両親の特徴をそれぞれ受け継ぐ。例えば人とメロウの間に生まれてきた子供はメロウとしては力が弱く、メロウ社会では生きていけないが、多少なりとも魔法は使えるため人の社会では重宝されるだろう。だが、魔族社会は人が魔法の力を手にすることをひどく恐れており、その存在が魔族と共存する現在の社会の安定を壊しかねない。
また、魔族同士の間で生まれてくる子供は間違いなく異形だ。
「そういえば、長官はマロリンの関係って……やっぱり?」
サバミコの町で見せた彼とマロリンのキスシーンは実に衝撃的だった。その後の様子からもふたりが特別な関係にあるのは明らかだろう。
マロリンの方は随分目移りしやすい性格のようだが……
やや口元を緩ませてフリックスは頷く。
「想像している通りで間違いない」
「マロリンは魔獣ですよね? いいんですか?」
「確かに好奇な目で見られることもある。だが皇狼との間で子供が出来ることはありえんからな。誰も文句を言わん」
単に怖くて何も言わないのだろう。
「俺のことはいい。それより心配なのはお前だ。アヤカネ」
フリックスは切れ長の相貌をさらに鋭くさせて彩兼を見据える。
有無を言わせぬ迫力に、彩兼は唾を飲み込む。
「アヤカネがもし、ここでファルカ殿を抱くというのならば俺はそれを見過ごすことはできん。その場でお前の性器を斬り落とさねばならなくなる」
異種族間での婚姻の条件。それは男性の去勢であった。
目を座らせて語るフリックスに彩兼は叫ぶ。
「長官。実は相当酔ってるでしょう!?」
こうして夜は更けていく。
その夜、彩兼はティーラと弥々乃が魔獣に食われるという夢にうなされたのだった。
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