第3話 暴走・紺?

 午後一時。

 昼食を終え、食器を片付けた紺は一つ息を吐いた。

冷蔵庫の壁にかけられたホワイトボードには、買い物リストが書かれている。それをメモ用紙に書き写し、手提げ鞄の中に入れた。


「真之は今頃楽しんでおるじゃろうし、ワシも出かけるとしようかの」


 今回欲しい物の中には、近所のスーパーマーケットなどでは手に入らない品も多い。市内の中心街にあるショッピングモールへ行くことにした。


 自宅マンションを出た紺は、徒歩で最寄りの駅へ行く。さすがに、普段から空を飛んで移動するわけにもいかない。ただでさえ、彼女の容姿は他人の目を引くのだ。さらに鮮やかな着物姿となれば、注目されるのも当然だった。


 数年前に発生した霊災の爪痕は、未だにこの志堂市に残っている。インフラの整備は優先して行われたが、復興が遅れている地域も少なくない。


 電車で移動すること、約一〇分。中心街の駅へと到着した紺は、駅の改札口から通路で繋がっているショッピングモールへ。広い店内を歩き回り、買い物リストにあった品を順番に購入していく。


 と。


「ん? あれは真之ではないか」


 岩のごとき巨躯の持ち主が通路を歩いていることに、紺は気づいた。

 二メートルを超える長身に、凶悪な容姿。間違いない、真之だ。どうやら、彼もここに来ていたらしい。


 紺が名前を呼ぼうとしたところで、真之の隣に見知った人物がいることに気づく。


「隣にいるのは道内の嬢か。ふむ? 今日は二人でここに来たのかや」


 芹那は一年前まで紺と同じマンションに住んでおり、互いにご近所付き合いがあった。一年前に就職と共に実家を出ており、現在は市内のアパートに暮らしているのだという。真之とは生活安全課の先輩後輩の関係で、何かと世話になっている、と彼の口から聞いている。


 なんとなく声をかけそびれ、紺はそのまま真之達の後をこっそりと追う。二人が彼女に気づく様子は見られない。


 真之達が入って行ったのは、女性用のアクセサリーショップだった。そこで紺は首を傾げる。なぜ彼らはあのような店に入っていったのか。


 そうして思考すること、一〇秒。

 紺の頭に雷が落ちたかのような感覚と共に、方程式が組み立てられる。


「こ、これは、もしやっ!?」


 芹那と二人きりで街へ。


   +


 紺には内緒。


   +


 真之に普段縁のなさそうな、女性用のアクセサリーショップへ入っていった。

   

 ――そこから導き出される答えは、ただ一つ。

 つまり、これはデートっ!


「ほぉ……、いつの間にか大きくなったのじゃなぁ」


 真之達にバレないように柱に身を隠しながら、紺は感慨深げに頷く。思わず目頭が熱くなるのを、指で押さえた。息子の成長を目の当たりにし、喜びに打ち震えている。


 真之と芹那が出会ってから、もう七年近くにもなる。ただの幼馴染のまま終わるのかと思いきや、秘密裏で関係が進んでいたとは。紺は全く知らなかった。夜叉のような容姿と、草食系男子の性格のせいで、息子が恋人を作るなど遠い先のことかと心配していたのだ。


「これは、母として見守るべき案件!」


 紺は気配を妖気で完全に消し、アクセサリーショップへと入ろうとした。が、なけなしの理性で思いとどまる。


「……いや、さすがに無粋かのう」


 息子の成長を映像に残したい衝動に駆られるが、ぐっと我慢。

 紺は真之達に悟られることなく、その場を後にした。

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