第6話 真之③

 目を覚ますと、そこは見慣れた自宅の自室だった。どうやらベッドで横になって、眠っていたらしい。壁にかけられた時計を見やると、午後三時過ぎ。


「あ、れ……?」


 ぼんやりする脳を頼りに、記憶を引き出す。確か、自分は帰宅途中で、一也に文句を言って、それから――


「気がついたか」


 そこへ、艶めかしい女の声が差し込んできた。真之はベッドから上半身を起こし、自室のドアの方を見やる。そちらにいたのは、慈母のような微笑みを浮かべる紺だ。授業参観のときのスーツ姿ではなく、薄桃色の着物を着ていた。


「紺さん。あの、えっと」

「先に説明しておくと、お主らを襲ったコート姿の男じゃがな。おそらくは最近、騒ぎになっておる、連続児童誘拐事件の犯人なのじゃろう。しかし奴は妖怪でな、警察の手には余る存在じゃから、身柄を引き渡すわけにもいかん。ワシが退治しておいた」


 紺のさらっとした説明を聞き、真之は全てを思い出した。慌ててベッドから下りる。


「じょ、城島さんと結城君はどうなったんですか!?」

「ああ、あの子らなら無事じゃ。居間のソファに寝かせてある。ついでに、記憶も軽く改ざんしておいた。先程の出来事は全て夢だった、とな」


 話を聞いた真之は胸を撫で下ろした。


「あの子らの記憶を軽く見たが。まったく、お主も無茶をしおる。仲間を庇うのは雄として褒めてやりたいが、だからといって自らを危険に晒すのはやりすぎじゃ。今回のところは、親として叱るべきか、難しいところじゃな」


 紺がため息を吐きながら、真之の傍らに寄る。そうして、彼の頭を優しく撫でた。


「さて、と。そろそろあの子らも目覚めるころじゃ。ワシはお茶を入れてくるから、お主は二人の相手をしておってくれ。それと、お主が着ていた服は血まみれだったので、勝手に着替えさせてもらった」


 そう言われてようやく真之は、自分が先程までと違う服を着ていることに気づいた。肩の傷も全く痛くない。どうやら、治癒してもらったようだ。

 紺が部屋を出て行こうとしたところで、彼女の背中に話しかける。


「こ、紺さん」

「うん?」

「えっと、その、ありがとうございました」


 結局、今回も紺の手を煩わせてしまった。申し訳無さで胸がいっぱいになると同時に、自分の未熟さが情けなくなる。

 そんな真之の心の内を読んだのか、紺は鋭い両眼を優しく細めた。

「なに、息子の助けとなるのは、母親として当然のことじゃ」







 真之は紺の後に続いて居間へ向かう。

 ちょうど、明日香と一也がソファから起き上がろうとしていた。二人とも、ここがどこなのか分かっていないようで、周囲を見回している。


「あ、真之君」


 明日香が真之の存在に気づいて、彼の方を向いた。


「ここは、どこなの?」

「一応、僕の家」

「へえ、真之のお家なんだ……」


 初めて入る家ということもあってか、明日香はどこか不安そうに縮こまった。


「私達、帰りの途中で貧血を起こして倒れたんだよね。真之君が運んでくれたの?」

「え、あ、うん」


 紺の記憶改ざんによって、明日香達の中ではそういうことになっているようだ。真之は慌てて話を合わせる。


「ありがとう、真之君」

「いや、その、もう身体は大丈夫?」

「うん。ちょっと寝たら、元気になったみたい」


 明日香がソファから立ち上がろうとしたところで、居間の隣の台所から紺がやってきた。


「無理はせぬ方が良いぞ。もう少しゆっくりしていくと良い」


 紺の持つ盆の上には、人数分の麦茶が入ったガラスコップと、マドレーヌが乗せられている。ソファの正面のガラステーブルの上に、そっと盆を置いた。

 その様子を見た一也が、頬を朱色に染めて生唾を飲んだ。それから、真之の耳元に小声で話しかけてくる。


「……なあなあ。建宮の姉ちゃん、すっげー綺麗だな。授業参観にも来てただろ」

「あ、いや、紺さんは姉じゃなくて」


 真之が訂正しようとすると、それに先んじて紺が明るい声を差し込む。


「ワシは、真之の義母じゃよ」

「えっ、お母さん?」


 明日香が心底驚いた様子で目を大きく見開いた。真之が養子として引き取られたことは、彼女にも話してある。とはいえ、こんな若々しい美人が義母と聞かされたら、この反応は無理もない。

 一方の一也はだらしのない表情を浮かべ、紺に見とれている。すっかり彼女の美貌の虜になってしまったらしい。無理もない話ではあるが。


「真之はこの通り、自分の気持ちを出すのがあまり得意ではない子じゃが。二人とも、仲良くしてあげてほしい」

「は、はいっ」


 紺の言葉に、明日香と一也は何度も深く頷く。その傍らで、真之は何とも言えない気恥ずかしさに絡みつかれていた。

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