第15話 身近なものほどよく知らない?!
石舞神社。
遠い昔にはこの辺りを治める領主が住まう屋敷があり、今もその名残がある坂森町の名所の一つだ。
近年、坂森町への観光客誘致の一つとしてイベントを開催するなどして活気を見せているが、有名かどうかと言われれば地域の自慢だという以外にはないと思う。
でも、誇れる何かがあるというのは素敵なことだと万実は思っていた。
田舎だからという理由で卑屈になってしまう人もいるのだと、以前、母親から聞いた話はまだ万実にはよく理解できなかったのだが、こういった事を積み重ねていって誇れる町になればみんなが幸せになるのではないかと考えるからだ。
境内にある建物内にはもちろん入ることはできないが、身近な神社ということもあり気負わずにいることができる石舞神社のことが万実は好きである。
友達と鬼ごっこをして遊んだこともあるし、おみくじがあるときはみんなで引いたりもする。
罰当たりなことはしないけど、わいわい遊んでいても、友達とおしゃべりしていても、神主のおじちゃんからは怒られたことはない。
初詣はここの神社だし、夏は盆踊りだってある。
小さいけど近所の人たちで賑やかに過ごすお祭りだってあるし、さっきまでいた図書館には、石舞神社やここに住んでいた領主に関する展示物だってある。
そこまで考えてふと気がついたのは、万実自身はこの町について勉強したりしていないし、それどころか図書館に行ったとしても飾られている展示物ちゃんと見たことがないということだった。
現に、何度も来ているこの神社について知っていることは、せいぜい『遠い昔は偉い人が住んでいた』ということだけだ。
この神社が何を祀っているのか知らないし、どこに何があるかも知らない。
何度もここで遊んだし、お参りだってしてるけど、じゃあ一人でしてみなさいと言われれば困ってしまう。
さっきも悠海がいたからこそなんとかなったぐらいだ。
言われれば、確かにそうだったと思い出せたりするが、ヒントが何もなければどうしようもない、その程度なのだ。
「どうしたの?」
万実の目線よりも低い位置から声が聞こえた。
振り向くと一段下がった位置いる悠海が不思議そうな顔で万実を見ている。
急に立ち止まって動かなくなった万実を、どうしたのかと思っているのだろう。
普段は悠海のおでこの辺りが万実の目線の位置になるが、段差がある今は悠海の頭のてっぺんまで見えていた。
普段は髪に隠れている表情も段差分高くなった万実を見るために見上げていて、くるくるとした大きな目がよく分かった。
「ねえ、悠ちゃんって髪の毛短くしたりしないの?」
自分の頭の中で色々なことをたくさん考えていた万実は、つい、うっかり、聞かないでおこうと思っていたことがポロッと口から飛び出してしまった。
「え?」
「……あっ」
悠海の首を傾げた仕草に、万実の意識が頭の中からぽーんと出てきた。
口はポカンと開けたまま、ちょっとマヌケな顔をしていた万実は、自分が口にした言葉に気がつき、今度はなにかうまい言い訳を考えなくては、と必死に動き出した頭の中は真っ白で、いくら言葉を思い浮かべようとしても何も出てこない。
万実の体感では沈黙の時間が長く続いた気がするが、実際は数秒ほどだったのだろう、気遣いとか、そういう雰囲気ではなく、万実の質問に答えるように悠海は喋り出した。
「あー、そういえば、保育園の頃からずっと同じ髪型だもんね、私」
顔の横に下げている横髪を一つつまんで昔を思い出すように悠海は髪を見つめている。
その仕草に、万実もすっかり薄れて消えかかりそうな保育園時代を思い出そうとした。
残念ながら全く思い出せなかったが。
「お母さんにも言われたことがあるの、もっと短くしたら?とか、それこそ万実ちゃんがたまにしてるじゃない?編み込みしてくるくるってまとめてたり、ああいうのしてみないの?って聞かれるけど、できないの」
家でそういう話が出たことがあるのかと思った反面、それでも髪型を大きく変えないのには理由があるのだろうかと万実は興味がムクムクと湧いてきた。
「アレンジが出来ないってこと?何度も練習すればできるようになるよ?最初はおばさんにやってもらえばいいんだし」
「あ、うん。お母さんも同じこと言ってたんだけど、なんていうか、新しいことにチャレンジするのってあんまり好きじゃなくて。あ、なんでもそうかって言われると、そうじゃない部分もあるけど。髪型って印象がかなり変わるでしょ?ずっとこれなのに変えるのが、不安で」
「興味はあるの?」
「変えたらどうなるんだろうとは思ったことはあるけど、別にいいかなあ、なんて。今の長さ気に入ってるし、人とあんまり目も合わないからあんしんしてるし」
「耳あたりまでの長さのボブとか似合いそうだけどね。あ、ねえ、今度編み込みさせてよ」
「え?」
万実の言葉にキョトンとした顔をする。
自分はいま髪型を変えるつもりがないというような事を言ったと思うんだけどと、悠海はハテナが頭にたくさん浮かんでいる。
「学校とかじゃないよ?明日とか、こうやって会った時に。私、髪の毛のアレンジするの大好きなんだけど、弥生姉は大学生だからもう家にいないし、あとは男ばっかりでつまんなかったの!今までは自分の髪だけだったけど、悠ちゃん、興味が全くないわけじゃなさそうだし!ねねね、お願い!」
左右をおろしている意味はあったけど、髪型を変化させるのに全く興味がないというわけではないのだと万実は受け取っていた。
髪型を変えるのを強要したりはしないが、二人で遊んでる時に髪の毛をアレンジして遊ぶなんてことを万実はしたかったのだ。
今まではあんまり触れない方がいいのかと遠慮していただけで、以前から悠海に似合いそうだなと思うアレンジはいくつかあったのだ。
このまま押し切ってしまおうと、『お願い!』を連打していると、軽いため息が聞こえた。
押しの強さに、流石の悠海呆れてしまったのだろかと、おそるおそる様子を伺ってみると、悠海は困ったような顔をしていた。
「ねえ、井戸は探さなくていいの?早くしないと三十分になっちゃわない?」
悠海の言葉に自分の腕時計をパッとみると、針は“四”の位置にさしかかっている。
井戸らしきものを見つけていない万実は焦ったように顔を上げた。
「ヤバい!探さなきゃ!!」
辺りを見回してみるが、井戸らしきものはどこにも見当たらない。
「ねえ、あの奥、階段あるけど…」
建物と建物の間の道、その奥に石階段が見えている。
悠海は指をさして伝えた。
「あー、あっちは山に登って行く道なの。かなり急な山道なんだけど、途中まではコンクリートで綺麗になっててね、そのあとは土で踏み固められた道になるんだけど、なんか領主の屋敷?はここよりもさらに上に…あっ!!」
万実の大きな声に悠海はびくんと体を震わせた。
「待って!領主の屋敷がこの山の上にあるなら、井戸もそこにあるんじゃない?!!」
万実は閃いたように目を見開き悠海の肩を掴んだ。
「ま、万実ちゃん、落ち着いて」
「どうしようも!鹿石山ってかなり急なんだよ!道も結構あるって大智くんのお母さんが言ってたよ!」
「ま、万実ちゃん…」
「今から登る?あっ、でも時間がないんだね。それに水筒とかタオルもいるよ!杖になりそうな太い枝は道にいっぱい落ちてるけど…」
「万実ちゃん!」
悠海には非常に珍しい大きめな声に驚いた万実は、鹿石山に登ろうと暴走しかけていたテンションがぐっと落ち着いた。
「ごめん、呼んでもなかなか聞いてくれなきて…」
大きな声を出したことが恥ずかしかったのか、キョロキョロと周囲を見回したあと照れたようにうつむいた。
よく見ると悠海の耳が赤くなっている。
「ご、ごめんね。つい、はしゃいじゃって」
「登山するのにテンションが上がる万実ちゃんはすごいと思う」
「そうかな?遠足とか超楽しいけど。悠ちゃんは苦手だもんね」
「うん、まあそうなんだけど。ま、いっか。あのね、山の上に跡地があるらしいけど、井戸はそこにはないと思うよ?」
「なんで?」
「万実ちゃん出された問題ってなんだった?」
「えー?えーっとね、……あ、『藩主が住んでいた場所に建つ神社の井戸が埋まったのはいつか』だって」
肩から下げていたカバンに手を入れてガサゴソと探っていると、一枚の紙をつかんで取り出した。
開かずの教室から入った奇妙な空間で手に入れた問題が書かれた四つ折りの紙だ。
「ほら、『神社の井戸』」
「あ、そっか。ならやっぱりここか」
何度見回したとしても周囲に井戸のようなものはない。
「やっぱり無くなっちゃったのかな…」
しょげたような声で呟く万実を見て、悠海は一生懸命考えてみる。
「今日は、時間がないから。明日もう一回見にきてみる?今日はここの斜面を登ってきたけど、明日は正面の鳥居から入ってみない?あっちなら神主さんの家とかもあったよね?もしかしたら話も聞けるかもしれないし…」
「あ、そっか!」
図書館から来たため、神社に行くのに正面からではなく側面の斜面にある石階段を登ってきている。
本来なら大通りからまっすぐ行った突き当たりの鳥居から入るのが正しいのだ。
今から帰るのに自転車を止めてある広場に戻らなければならないので、正面には行かずにまた側面の石階段を降りて行かなければならない。
「じゃあ、明日、リベンジ?」
「そうだね、リベンジ」
「よし、分かった!じゃあ今日はとりあえず帰ろうか」
「うん」
明日のステップアップ講座の後にもう一度来ることを決めると、広場に繋がる石段へと歩いていく。しかし階段近くになると悠海の前を歩いていた万実が立ち止まった。
「こっから正面の階段って遠いんだっけ?」
「どうだろう。そこまでないかもしれないと思うよ。ここの神社ってそんなに大きくないし」
「うーん…」
「どうしたの?」
「いや、上から見てみるだけ見てみようかなって」
どうやら、明日来ると言いつつも気になっているのだろう、一目でも確認してみたいようで神社から正面へと続く道を見てみたいと言い出した。
「うーん、いいけど、階段は下りて行かないよ?正面のほうに行くと遠回りなって帰りつくのが遅くなっちゃう」
「分かってるって。ちょっとだけ、ね?」
そう言いながら万実の足はすでに正面に繋がる石階段がある道へと進んで行っている。
眉毛を少しだけ下げた悠海は、足早に歩いて行っている万実の背中を追いかけた。
「うーん、やっぱり見えないか」
端に辿り着いた万実は石階段の下を覗き込むように見ているが、周囲の木々の葉がが目隠しするように先の道を覆っていた。
「万実ちゃん、そろそろ下りないと本当に間に合わなくなっちゃうよ」
体力に自信のない悠海は登ってきた道のりを思い出してだんだんと焦ってくる。
今度は下りとはいえ、上りとはまた違って体力を使うのだ。自分の運動能力がよく分かっているからこその焦りだが、万実はのんびりとまだ辺りを見ている。
「万実ちゃん…」
「うん、そうだね、もう行…あ、ちょっと待って!」
そう言うと、万実は突然石階段を駆け下りていく。
「ま、万実ちゃん?!」
驚いた悠海はおろおろと戸惑ってしまうが、万実はすぐに戻ってきた。
「ごめんね、さっきそこの男の子がいたからさ」
「男の子?」
「うん、多分六年生」
「え?!」
六年生の男の子と聞いて悠海は昨日の男の子を思い出したが、その考えにすぐに頭を振った。
見知った六年生の男の子があの男の子だけだから頭に浮かんだだけだと考えたのだ。
「もしかしたら、図書の先生が言ってた男の子かも」
「え?」
「私は会ってないから絶対とは言えないけど、悠ちゃんに確認してもらおうと思ったけど、私に気づいてすぐに走って行っちゃったから。でも、多分」
「なんで?」
「うーん、なんとなく?…あと、その子が立ってた辺りの奥をじっと見てたんだよね。何があるのかは分かんないけど。でも、もし開かずの教室に入ってるなら、私たちと同じかもしれないじゃん?」
「同じ?」
石階段の向こうを見ていた万実は振り返っていたずらっぽく微笑んだ。
「試験、この町の、私たちみたいにあそこに行ったのなら」
万実の言葉に悠海はハッとする。
「じゃあ…」
「その子にもう一度会って話をきいてみたいね」
学校の裏側はゲームの世界?! 窪原 一夏 @kmrmkt
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