第14話 石舞神社
しんみりした空気が二人の間にフヨフヨと漂っていた時、図書館の時計からポーンポーンという音が鳴りはじめた。
「あ、閉館時間!」
数える程の人しかいなかった図書館だが、閉館時間の五時の今は悠海と万実以外は司書のお姉さんたちしかいなくなっている。
「大変、本、片付けなきゃ」
慌てて立ち上がった悠海は机の上に重ねていた本を二つに分けるように選別すると、片方を持って本棚へと向かっていった。
万実も持ってきていた漫画を本棚にいれると、机の上にある残りの本を持ってカウンターへと持っていく。
「ごめんなさい、もう閉館時間ですよね。気づかないで本を読んでいました。これ、ありがとうございました」
そう言うと抱えていた本を司書のお姉さんへと渡した。
「いいのよ、本をたくさん読んでくれたなら嬉しいから。借りていかなくていい?」
「大丈夫です。あ、でもまた同じ本を出してもらうかもしれないですけど…」
「その時はまた声をかけて」
「はい」
にっこりと笑顔の司書のお姉さんにお辞儀をすると、早歩きで机の場所へと戻っていく。
「万実ちゃん、本、返してくれたの?」
「うん」
「本、何を借りたかって…」
万実はスカートのポケットに入れていた紙を取り出して悠海に見せる。
「大丈夫、出してもらった本は書いてあるから」
「さすが万実ちゃん、あとでその紙見せてもらってもいい?」
「いいよ、とりあえず出てしまおうか」
「うん」
カバンを手に持つと、椅子の背が机にひっつくほど入れて整える。
机の上の消しゴムのカスを手早く集めて手に持つとゴミ箱へと持っていけば片付けは終わりだ。
「すみません、急いで出ます」
カウンターで作業をしている司書さんに声をかけると、優しい笑顔で柔らかく首を振った。
「そんなに急がなくて大丈夫よ。気をつけてね、さようなら」
「「さようなら」」
二人は軽く礼をすると足早に図書館から出ていった。
自転車を置いていた場所まで駆け足で行くと、カバンをカゴに入れて鍵を取り出した。
「どうする?」
「どうするって?」
鍵を開けて自転車に乗ろうとしていた悠海は立ち止まって万実の方を向いた。
「いやぁ、ここから石舞神社まで近いからさ、ちょおおおっと行ってみたいかなあ、なんて」
「…ああ、そっか」
万実の問題は、『藩主が住んでいた場所に建つ神社の井戸が埋まったのはいつか』だった。
今日は水害について調べてばかりで、万実の問題は手つかず状態だ。一緒に調べると言いながら自分の問題ばかりだったことに気がついた悠海はしょんぼりと落ち込んだ。
「ごめんなさい、私、すっかり忘れて自分のことばっかりだったね…」
「あはは、いいよいいよ。というか、私は悠ちゃんの問題と私の問題って同じなんじゃないかって思ってたからさ」
「同じ?」
「うん、井戸が埋まる、なんて災害がきっかけのはずだと思って。地震か土砂崩れだろうなって。だから大丈夫なんだよ」
万実の言葉に目からウロコが落ちた。別の問題だから別の答えだと当然のように思っていたけど、同じ答えかもしれないと言われて悠海はその可能性に初めて気がついた。
「万実ちゃん凄い…私、そんなこと考え付きもしなかった」
「へへーん、そうでしょーー!」
悠海に褒められた万実は腰に手をあて胸をそらして上機嫌だ。
「悠ちゃんの問題には『大洪水』、私の問題には『藩主が住んでいた場所』、これはヒントだと思うんだよね。坂森町の藩主が住んでいた場所といえば今は石舞神社だよね?神社の井戸は石舞神社の井戸だと思うんだ。だから行って見てみたいなって」
坂森西小学校にはルールがある。
夜に出かける場合は保護者同伴じゃないといけないとか、子どもだけでお店に入ってはいけないとか、そういうルールの中に家に帰る時間も決まりがある。五月から九月の間は六時までに帰宅しなければならない。
図書館から家までは自転車で十五分ぐらい、鹿石山のふもとにある石舞神社はすぐそこだが、山の傾斜に造られた石段を登っていかなくてはいけない。迂回すれば正面の石段があり、そちらは山の斜面の石段よりは楽に上がれる。しかし少しでも時間を短縮した方がいいのだろうと悠海は考えた。
「こっちから登っていくの?」
「うん、正面に回るのはちょっと面倒だなーって」
「じゃあ三十分には降りれば間に合うかな」
「よし、レッツラゴー!」
悠海万実は自転車こいで石舞神社がある山へと向かう。
二、三分ほどで着く場所には広場があって、夏休みの今ならサッカーで遊んでいる子もいただろう。
時間が時間なのでもう遊んでる子は近所の子ぐらいしかいないだろうけど。
広場の奥には石舞神社へと登れる急な斜面の石階段があって、右に左にと蛇行する階段を上っていくと横に伸びる細い道が現れる。
道といってもコンクリートで舗装されているわけじゃないので、雨が降ってぬかるんでいる時は通らないように三角コーンが置かれて通れないようになっている。ここを左に曲がると正面の石段の方へ繋がるのだが、途中がこの中で一番急な斜面になっている。登るのはいいのだが手すりもないそこは降りていくのが一番怖い。
悠海は右へと曲がって上っていった。
「ここまでくれば、もうきれいな石段しかないからねー」
長い髪をぴょんぴょんと揺らしながら軽い足取りで上っていく万実は元気いっぱいだが、運動がそこまで得意でない悠海はゆっくりとした歩みだ。神社建物近くになるとポツポツとあった石段とは違い、神社正面の石段のようにしっかりとした階段がある。
ただし、正面よりも急なのは変わらず、悠海の息は少し荒い。
「ふう、ふう、着いたぁ」
「悠ちゃん、ちゃんとお参りしよう!」
先に境内に着いていた万実はお賽銭箱の近くにいる。
「万実ちゃん、手水舎は?」
「あっ、忘れてた!」
慌てて戻ってきた万実と一緒に手水舎で手を清める。
ここの神社は常に参拝客がいるわけではないためなのか、手水舎に水は溜まっておらず、手水舎に付いている水道の蛇口をひねらないといけない。
「えーっと、左手、右手、…次なんだっけ?」
「左手で水を溜めて口をゆすぐの」
「あ、そうだそうだ」
バタバタとした動きで急いで行う万実に対して、悠海は静かにきれいに行なっていく。口をゆすいだ水を吐き捨てる際も右手で隠しながら行う悠海に対して、万実はそのままぺっと捨てた。
「万実ちゃん…」
「あ、手で隠すんだっけ?」
「そうそう、左手でね。そのあとはまた左手を洗って、持っていた柄杓の柄の部分に水が流れるように縦にするの」
「こう?」
「勢いよく立てちゃうと…!」
「ひゃあ!」
「万実ちゃん…」
「あいやー、びちょびちょ」
勢いよく立ててしまった柄杓から残っていた水が飛び出してしまい、万実の足元は水で濡れてしまった。
「あー、ハンカチ、ハンカチ」
「大丈夫?」
悠海は自分のハンカチを取り出して濡れてしまっている万実の足を拭いていく。
「ごめんねぇ、ありがとう悠ちゃん」
「いいよ、今が夏で良かったね」
「うん、すぐ乾くと思う」
むしろ階段登ってきて暑かったからちょうど良かったかも、と万実はケラケラと笑っている。
「五円玉持ってたかな、あっ、あった!」
「私はないから一円玉を五枚にしよう」
カバンから取り出した財布からそれぞれお金を取り出すと、お賽銭箱に入れて鈴を鳴らす。
“シャラン、シャラン”
二度とお辞儀をして二回柏手を打つ。
“パンッパンッ”
願い事をしてもう一度お辞儀。よし!
顔を上げた悠海は横を見ると、手を合わせながらチラリと悠海を見ていた万実と目があった。
「あっ!」
「万実ちゃん、願い事が終わったならもう一回お辞儀だよ」
悠海に教えられて、万実は急いでお辞儀をした。
「悠ちゃん、よく分かるね」
「お母さんが神社とか好きなの。だから小さい頃から神社巡りに一緒に行ったりしてるから」
「そうなんだぁ」
「それに、ここの神社は、そこ、そこに二礼二拍手一礼って書いてあるし」
「あ、ほんとだね、これ見れば良かったのかぁ」
ぐるりと見回すと石で出来た大きな何かがある。横には看板が立てられていて、その大きな石の説明が載っているようだ。
「ねえねえ、この辺りに井戸があるのかなあ?」
「うーん、多分。でも、万実ちゃんが聞いた問題って、井戸が埋まった理由だよね?埋まってしまってるなら今はもう無くなってたりするかも…」
「ええー!!?」
「分かんないよ?でも取り壊したりしてたら、もしかしたら…」
「ええー…」
万実はがっくりと肩を落とした。
頑張って登ってきて、神様にお願いもしたのに井戸がないなんて、と分かりやすくテンションが下がっている。
「私もこの神社に来ることがあってもあんまり探検というか、見て回ったことがないから…もしかしたらあるかもしれないけど」
悠海の言葉にガバッと顔を上げた万実はキラキラとした瞳をしている。
「そうだよね!地元だからあんまりよく見てないし、あるかもしれないよね!」
「う、うん」
「よおし、見よう!悠ちゃん!行こっ!!」
「あっ、待って…」
悠海の腕をつかんだ万実はグイグイと引っ張りながら駆け足で進んでいく。悠海は足元の段差につまづきそうになり焦りながらも、神社の周囲への探検に付き合うようにかけていった。
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